きしめんの売上20倍の店も!V字回復の原動力「きしころスタンプラリー」が名古屋で開催
長らく低迷傾向にあったきしめん
名古屋名物として知られるきしめん。誕生は江戸時代と伝えられ、また新幹線のホームで気軽に食べられることから、数ある“名古屋めし”の中でも、特に歴史があり、かつ最も多くの人に食べられている一品といえるでしょう。
しかし、近年は長らく「きしめん離れ」が進んでいました。乾麺のうち、ひらめん(名古屋のきしめん、他)の生産量は1998年の5246tから2009年には2276tに。平成半ばの10年間で需要は半分以下に減ってしまいました。
この傾向はうどん店ではさらに顕著に。名古屋ではもともときしめん専門店はほとんどなく、うどん店が麺の選択肢のひとつとして出すケースが一般的なのですが、「きしめんよりうどんを選ぶお客さんの方が圧倒的に多い」という声が多数を占めていたのです。その結果、きしめんをメニューにうたわない店や、メニューから失くしてしまった店すら珍しくない、そんな状況がごく数年前まで続いていました。
きしめんの注文が20倍に!原動力は6年前からのスタンプラリー
ところが、近年はその減少傾向に歯止めがかかり、きしめんが再び盛り返してくる兆しが見えてきました。先の乾麺の生産量も2018年には4520tにまで上昇しています。そして、名古屋市内のうどん店でも、この回復基調は如実に表れています。
「以前はうどん:きしめんの注文数は20:1くらいだった。でも今は逆転しました」。何ときしめんが20倍にV字回復したというのは1926(大正15)年創業の「みそ煮込みの角丸」(名古屋市東区)3代目・日比野宏紀さん。「観光のお客さんに限らず、常連さんでもきしめんを注文してくれる人が増えているんです」といい、地元での復権が失地回復を支えているようです。さらに「単にきしめんがうどんにとって替わっているのではなく、きしめんが名古屋のうどん屋にとっての“売れるコンテンツ”のひとつになっているので底上げにつながっています」といいます。
※参加店の詳細は「あいち麺類組合HP」参照のこと
そのきっかけは、日比野さんも立ち上げメンバーである「きしころスタンプラリー」。きしころとは冷たいつゆで食べるきしめんのこと。名古屋では、いわゆる“冷やしうどん”を“ころ”と呼び、きしめんの場合は“きしころ”“ころきしめん”などと呼びます。これを夏の名物としてアピールする食べ歩き企画を2015年にスタート。名古屋市内を中心に約40店舗が参加し、夏の2か月の期間中に1000杯以上が食べられているといいます。
「どの店に聞いても『以前と比べてきしめんがよく売れるようになった』という答えが返ってきます。『ラリー期間だけでなく、最近は1年を通してきしころがよく出る』という声も多いですね」と日比野さん。きしめんの名古屋めしの中での存在感は、確実に高まりつつあるのです。
そして、このきしころスタンプラリーが今年も7月1日~8月31日の2か月でいよいよ始まりました。当記事では今年の新作・復刻メニュー4品を中心に紹介します。
30年ぶりにきしめんを再開する老舗も
「きしころスタンプラリーのために30年ぶりにきしめんを復活させました」というのは「森田屋」の4代目、玉津亮さん。同店は1888(明治21)年創業の名古屋で一、二を争う歴史を誇る老舗。長らくきしめんを出すのを止めていた理由はズバリ、「とにかく手間がかかるから」。
「きしめんの薄さがうどんの半分なら、長さは倍になるわけです。同じ量の生地を麺にするのに、延ばす・切るが2倍ずつで合わせて4倍の手間がかかるんです。しかも、お客さんからすると口当たりがよくてするする食べられるのでたくさん食べたという気がしない。店にとっては非常に悩ましい麺なんです」と玉津さん。それでも「ここ2年くらいで納得のいく製麺法がわかってきた」といい、「きしめんはラリー期間中だけと決めているので思い切った創作メニューも出せる。昨年は辛口の台湾まぜきしめんを出し、特に女性に好評でした」と手ごたえを口にします。
「うちは看板に『きしめん』とうたっていて、ご近所からも『きしめん屋さん』と呼ばれて親しんでいただいています」とは1939(昭和14)年創業の「摩留喜屋」(名古屋市東区)の森泰憲・謙介さん父子。もともときしめん:うどんの比率は8:2ほどでしたが、きしころスタンプラリーの効果もあって最近はさらに9:1にまできしめんがうどんを引き離しているといいます。今年のラリー対象メニューは定番の海老玉きしころと、普段はスポットで出している牛おろしきしころ。「スタンプラリー中は初めてのお客さんも少なくない。そのうちの何人かでもまた足を運んでくれるようになってくれればありがたいですね」(泰憲さん)
きしめんのルーツと呼ばれる“いもかわうどん”で毎年スタンプラリーに参加しているのが刈谷市の「きさん」。今年はこれをそばのように細切りにし、つけめん&まぜめんのふた通りの食べ方ができるメニューを開発しました。「国産・県産小麦の全粒粉できしめんを打っている店はおそらくうちだけ。名古屋や近隣の人だけでなく全国の人に食べてもらいたいですね」と店主の都築晃さん。
ひと言できしころと言っても、店によって麺の幅も薄さも違い、また具との組み合わせもバラエティに富んでいます。そんな多彩なきしころを食べ歩くのが、きしころスタンプラリーの一番の醍醐味です。しかも、5店舗分のスタンプを集めれば500円分の食事券がプレゼントされるという還元率の高さも魅力です。
合言葉は「『ころ』でコロナを吹き飛ばせ!」
「きしころスタンプラリー」は今年で6回目。しかし、新型コロナウイルスの影響もあって、一時は開催も危ぶまれました。
「もしもうどん屋から感染者が出たら・・・とイベント開催に消極的な意見があったのも事実です」と角丸・日比野さん。それでも、こんな時期だからこそやるべきだと考え開催に踏み切ったといいます。
「営業自粛期間であればいたしかたないが、自粛が開けて店を開ける以上はお客さんに来てもらうために努力するのは当然のこと。同業者の中には売り上げが半分以下に落ち込んでしまった店もあり、苦しい店の力に少しでもなれたらという思いもある。合言葉は「『ころ』で『コロナ』を吹き飛ばせ!です」
きしころはひんやり冷たいが、思いは熱い! 名古屋めしの中でも今とりわけHOTなきしころで、夏の暑さも、コロナの不安も吹き飛ばしましょう!
(写真撮影/すべて筆者)