魔法をかけられた王子ではない、その大きな意味。分断の時代に輝くおとぎ話『シェイプ・オブ・ウォーター』
「自分と異なるものを恐れている今の時代に、このストーリーは必要だと感じた。しかし、時代設定を現代にすると、なかなか人は耳を傾けてくれない。"昔むかし、あるところ、1962年に声を持たない女性と獣がいました"というおとぎ話のような語り口だと、人々は興味を抱いてくれると思ったんだ」
1月30日の来日会見でそう話していたギレルモ・デル・トロ監督。
アカデミー賞で作品・監督・美術・作曲の4冠に輝いた『シェイプ・オブ・ウォーター』(原題:The Shape of Water)は、その言葉どおり、おとぎ話のかたちを借りて描かれる物語です。
1962年、冷戦時代のアメリカ。幼い頃のトラウマがもとで声を失ったイライザ(サリー・ホーキンス)は、政府の極秘研究所で清掃員として働く独身女性。さまざまな日課を規則的に繰りかえしながら、職場と自宅を往復する日々を送っているようですが、隣人ジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)や同僚ゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)という友人たちに恵まれています。
ある日、イライザは研究所で水槽の中の不思議な生きものを目撃。"彼"(ダグ・ジョーンズ)に心を奪われた彼女は、密かに"彼"のもとへ通い、心を通わせていくのですが、やがて、 "彼"を待ち受ける運命を知ることに…。
『シェイプ・オブ・ウォーター』というタイトルにふさわしく、水を思わせる青のイメージのイライザの部屋。その壁紙には、北斎の描いた鯉にインスパイアされた鱗調の模様があったり、水の中で二人が愛しあう幻想的な美しさなど、全編にデル・トロらしいマニアックなこだわりや世界観に貫かれた世界。
イライザがコートにつけているブローチのモチーフも、デル・トロ・ファンを喜ばせてくれますが、愛を知ることによってイライザが赤を身につけはじめ、次第にその分量が増えていくのも観客の心を躍らせる。色彩の変化が心情の変化を映し出すのは、映像表現の常套手段とも言えますが、デル・トロの手にかかると、ひとつひとつのシーンが一幅の絵のように美しい。
さらに、「テレビの登場によって映画が衰退した62年は、(新たな娯楽の登場によって)映画が衰退している現代と通じる」として、「映画への愛をこめた」という世界は、イライザが暮らす部屋が映画館の上というのもロマンティックなら、思いがけないミュージカル仕立てで恋の喜びを楽しませてくれもする。"彼"に惹かれていくイライザを言葉を使わずに演じるサリー・ホーキンスの愛くるしいことといったら。恋のときめきを湛えるイライザの瞳は、まさに輝いているのです。
しかし、この作品の真価は、冒頭に紹介したデル・トロの言葉にあるとおり。
「1962年は、"Make America Great Again"という言葉に、人々が思い浮かべる時代。人々が将来に希望を持っていた時代だが、人種差別や性差別など、現代と変わらない問題があった」とも語ったように、ファンタジックなラブストーリーをとおして、世界各地でさまざまな対立が、差別や偏見や憎しみをもたらし、分断が深まっていると危惧される時代に、自分たちとは違う存在を認めることの大切さを描いてることにあります。
イライザと愛しあう"彼"は、アマゾンの奥地で現地の人々から神と崇められる存在とはいえ、人間ではありません。それゆえ、本作の悪役である軍人ストリックランド(マイケル・シャノン)は、"彼"を自分たちとは違う存在として、残忍な仕打ちを繰りかえすことになんの罪悪感も抱きません。
けれども、イライザとゼルダは違います。イライザは"彼"とあたりまえのように愛しあい、ゼルダも2人の関係に嫌悪感など抱かない。"彼"とのセクシャルな話題について話す彼女たちの楽しげな様子は、観ているこちらが驚くほど。そこには、自分たちと違う存在への偏見も恐れもないのです。
ヒロインが愛したのが、魔法が解ければ自分たちと同じ人間の姿に戻る王子様などではない。そもそも、"彼"は自分たちとはまったく違う存在。そこにこそ、デル・トロが、分断の時代と言われる現代に、このファンタジックな物語を紡いだ大きな意味がある。
「私たちの業界で最も素晴らしいことは、境界線を消すことができるところ。世界がその線を深くしようとしているときこそ、私たちは消し続けていくべきです」
ハリウッドで働く多くの人たちと同じように、自身も移民であると語ったデル・トロ。その監督賞受賞スピーチが、胸に深く響きます。
『シェイプ・オブ・ウォーター』
全国公開中