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新型コロナの間隙を縫って習近平氏の中国共産党指導部が「香港にデモをさせない」法律

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国の「香港への国家安全法」導入の動きに抗議する香港の若者ら(ロイター/アフロ)(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの感染対策に国際社会の視線が向けられるなか、その隙を突くように、中国政府が香港での抗議活動を封じ込めるための法整備を打ち上げた。習近平指導部が香港への関与を強める姿勢を鮮明にした形で、香港市民らは「一国二制度がなし崩しになる」と危機感を募らせる。

◇「天安門事件のような事態の再発」警戒

 23年前、香港が英国から中国に返還されるにあたって、高度の自治を認める「一国二制度」が適用され、言論・報道・出版、集会・デモの自由などが保障された。香港は現在でも中国本土とは異なる法体系を持つ。

 香港の「ミニ憲法」といわれる基本法には、政府に対し「反逆、国家分裂、反乱扇動、中央政府転覆、国家機密窃取を禁止する条例」を制定するよう義務づける条項がある。基本法がつくられた1990年4月当時、中国ではまだ、政府が民主化を求める学生らを武力弾圧した天安門事件(1989年6月)の記憶が生々しく、中国側には「香港が中国政府転覆の発火点になるのでは」との警戒感があったためだ。

 ところが、香港でこの条例制定の作業が進まない。

 2003年に董建華行政長官(当時)が「国家安全条例」案を立法会(議会)に提案した途端、50万人規模の抗議活動が起きた。中国政府寄りの人の中にも条例案に反対する動きが出て、董長官は撤回を余儀なくされた。それ以来、制定の動きは止まっていた。

 香港ではここ数年、政府に対する抗議デモが激化している。中国当局には“香港に国家安全条例が整備されていないためデモが活発化している”とのいらだちがあり、条例制定の動きを加速させるべきだとの指摘が出ていた。このため共産党の重要会議である第19期中央委員会第4回総会(4中全会)が昨年11月、香港に国家安全を守る法制度と執行の仕組みを確立すると決定した、という経緯がある。

 香港の親中派勢力からこれに賛同する声が上がったものの、林鄭月娥行政長官は任期中の制定に難色を示した。抗議行動が激化するなかで、親中派から「中国政府が主導で条例制定を」と求める声も上がったこともあり、中国はタイミングを見計らっていたようだ。

 そして、22日開幕した中国の全国人民代表大会(全人代=国会)。李克強首相は「香港の国家安全を守るための法制度・執行メカニズムを確立し、憲法によって定められた責任を香港政府に履行させなければならない」と主張した。詳細は語られていないものの、香港基本法の付属文書の中に中国の国家安全法を組み込む形にして、この法を香港でも適用できるようにするとみられる。

◇「一国二制度」形骸化に危機感

 中国本土の全人代の主導で香港にこうした仕組みが整備されれば、「一国二制度」によって保障される香港の高度な自治が損なわれることになりかねない。また新たな措置が導入されれば、警察当局が「中国共産党の方針に反する」とみなしただけで摘発することが可能となり、抗議活動に対する取り締まりのハードルは低くなる。

 それはすなわち、政治活動や言論の自由の統制につながる――香港の民主派は強い危機感を募らせる。

 香港では新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着き、若者らの抗議の動きが再び始まった。ただ感染拡大防止策として9人以上の集会は禁じられており、若者らが5月10日、商業施設に集まると、警察は解散を命じ、若者らを排除した。一部が繁華街の道路を封鎖して放火するなどしたため、警察は約230人を逮捕した。

 今回の新たな措置の導入の動きは市民感情をさらに刺激するのは確実で、香港情勢の悪化が進むのは間違いない。

 民主化デモ「雨傘運動」(2014年)の中心人物で民主派団体「香港衆志」メンバー、周庭氏は22日、ツイッターで「中国政府による香港の完全破壊が始まった」「香港の立法会で審議せず、中国政府が直接、香港の法律を制定」「デモ活動や国際社会との交流などがこれから違法となる可能性が高い」とつぶやき、「一国二制度の完全崩壊です」と締めくくった。

 米国も香港に対する中国の動きに警戒感を強めている。

 英BBCなどによると、米国防総省は「香港の人々の意思を反映しない制度を導入しようとする試みは、状況を非常に不安定なものにし、強い非難を受けることになるだろう」とコメントした。トランプ大統領は具体的内容について「まだ誰も知らない」と前置きしたうえで、実際に導入すれば米国は「極めて強硬に対応する」と警告した。

 これに対し、中国外務省の趙立堅副報道局長は22日の定例記者会見で「香港の国家安全に関わる立法は中国の内政であり、外国に干渉する権利はない」と反発した。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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