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中小企業の3割が淘汰される? ~ 菅官房長官の中小企業基本法改正案はどこへ行く

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・中小企業基本法の改正など中小企業政策全般の見直しへ

今日には自民党の新しい総裁が決まる。そして、それは内閣総理大臣への就任が決まることも意味する。

 菅官房長官の選出が確実視されている中で、就任後は、自身の政策に批判的な官僚は異動させるなどと発言し、話題を呼んでいる。

 その中で、中小企業経営者や中小企業関連団体などが懸念するのは、中小企業基本法の改正など中小企業政策全般の見直しへの発言だ。コロナ対策などで陰に隠れてしまっている感もあるが、多くの中小企業に影響する可能性が大きい上に、コロナ禍によって経営の悪化が深刻になる中小企業にとっては新たな懸念材料の一つともなりかねない。

・規模を拡大することで経営の効率化や生産性の向上を

 話題になったのは、日本経済新聞が9月6日に報道した菅官房長官へのインタビュー記事だ。その中で、日本の中小企業の生産性が諸外国に比較して低いことに懸念を示し、小規模の利点を生んでいる中小企業基本法の区分要件の改正と、合併などで中小企業を再編し規模を拡大することで経営の効率化や生産性の向上を図りたいという発言をしたと報道された。

 これらは、中小企業基本法のみに止まらず、政府の中小企業政策、産業政策にも大きな影響を与えるものだ。

・メリットを享受するためにあえて資本金額や従業員数を制限する経営者も

 まず、中小企業基本法の区分要件の改正である。これは、中小企業基本法で定められている「中小企業」の定義を変更するというものだ。

 現在、日本の企業の99%が中小企業ということになっている。しかし、その定義は、かなりおおざっぱである。

 中小企業という定義に当てはまれば、様々な優遇制度を利用できるために、中には中小企業であることによるメリットを享受するためにあえて資本金額や従業員数を制限する経営者も存在する。

 昨年2019年の消費税引き上げの際には、スーパーや百貨店などの小売企業で、資本金を5000万円以下に減らす減資を行うケースが相次いだ。中小企業になれば、政府が消費税増税に伴い、2019年10月から導入したポイント還元制度の適用対象となったためだ。

 一方で、コロナ禍に対して政府が実施した様々な補助制度では、商業・サービス業などで小規模企業向けの支援制度が利用できないと批判の声があった。その理由は、小規模企業の定義が製造業・その他では、従業員20人以下に対して、商業・サービス業では従業員 5人以下となっているためで、「製造業では従業員が15名いても申請できるものが、商業では6名いるだけで小規模企業向けの支援制度が利用できないなど、不満を訴える商店主などが多くいる」とある中小企業診断士が言うように、その定義については、中小企業経営者側からも疑問が出ていた。

 もちろん、こうした定義づけというものは、完璧なものは存在せず、その時々の状況から判断されるもので、中小企業の定義づけに関しては、すでにコロナ禍以前から経済産業省でも検討が行われていた。

・衰退旅館群 約3割

 大きな問題になりそうなのは、中小企業は生産性、効率性が低いから、再編し、合併で中堅企業化したり、大企業に吸収させ規模の拡大することで問題解決を図るという点だ。

 実は、すでにこうした方向性で進んでいることを示すものが、7月に観光庁から発表された。観光庁が2020年5月から3回にわたり実施された「旅館への投資の活性化による『負のスパイラルの解消』に向けた支援のあり方に関する分科会」の資料として発表した地域旅館の再生や新陳代謝の促進のための新たな仕組みだ。

 これによると、地域の旅館を以下の三つに区分している。

(1)成長・新興旅館群 約2割 ⇒資金調達意欲旺盛。若手経営者

(2)成熟旅館群 約5割 ⇒地域で中心的地位。しかし、資金調達意欲は乏しい。新規借り入れ困難

(3)衰退旅館群 約3割 ⇒生産低く、赤字傾向 →経営困難旅館(極めて生産性が低い)

 (1)については、特に問題はないが、(2)と(3)に関しては、次のようなことを提案している。

 廃業や倒産が見込まれる(3)を束ねて「地域旅館統合プラットフォーム」を設立し、それを「(2)の地域有力旅館又は新規事業者」に一括転貸し、経営を任せる。さらに、地域内の旅館から、「共同仕入れ・セントラルキッチン・ダイニング・共同労務管理(人材共通化)・共同マーケティング・集客」などを一括して引き受ける「地域旅館共通機能プラットフォーム」も設立し、「生産性向上」を図るというものだ。要は、温泉地の複数の旅館が、すべて一社による経営や管理に任せることで、生産性向上と収益性向上を図るという案だ。

・東京資本のチェーンの軍門に下るか、最悪、中国企業など外国企業に買収されることになりはしないか

 要するに菅官房長官の話の通り、規模を拡大することで生産性、効率性を向上させ、収益確保に向かわせるというものだ。しかし、これには、様々な問題がある。地域の中で、プラットフォームを形成できるだけの資本調達力のある旅館が存在するのか、さらにそこに資金を提供できる地方金融機関が存在するのかという点だ。

 「地方でやろうとすると、結局、地方自治体が巨額の税金を投入する第三セクター方式になってしまうが、すでにそんな余力はない。地方銀行も、経営が悪化している。だとすると結局、東京資本のチェーンの軍門に下るか、最悪、中国企業など外国企業に買収されることになりはしないか」と北陸地方のある地方自治体職員は懸念する。「将来性のある中小企業は、大手に買収され、残った企業をまとめたところで、本当に採算ベースに乗るのか」とある地方金融機関の職員も疑問を持つ。

・生産性が低いのも、収益性が低いのも、IT導入率が低いのも、すべて小規模のせい?

 こうした一連の菅官房長官の中小企業再編案は、小西美術工芸社社長であるデービッド・アトキンソン氏の主張に極めて近いと指摘されている。

 アトキンソン氏は、著書やインタビューなどで、日本の中小企業の問題点を、品質は高いが価格設定が低く、収益性が低いために、社内留保金も少なく、コロナ禍のような非常事態が起こるとすぐに経営が行き詰まると指摘し、さらにリモートワークなどを見ても、中小企業では導入が非常に遅れていることも問題視している。

・生き残らせるのは、360万企業のうち半分程度?

 そして、こうした中小企業の低生産性や低収益性、さらにはIT導入の低さなどは、すべて規模の小ささに起因しているとし、小規模企業は中堅企業に吸収されるなど合併吸収される形で淘汰されるべきだと提言している。そのために、小規模企業ほど手厚くなっている現在の中小企業政策を、中堅企業育成中心に転換すべきだとしているのだ。その上で、アトキンソン氏は、現在約360万ある企業のうち、140万から150万程度を残せばよく、残りは淘汰されるべきだとしている。

・戦中からある「過小過多の解決は合併で」

 さて、中小企業政策をおおざっぱにおさらいしておく。実は、生産性、品質、効率性を向上させるために、中小企業の企業統合、合併を行うことは、過去にも行われてきた。

 特に、第二次世界大戦前には、中小企業の「過小過多(規模が小さすぎ、数が多すぎる)」と言われ、大戦開戦後には軍需物資の安定供給を目的に、政府によって半強制的に中小企業(戦争末期には大企業も)を合併させることが行われた。

 第二次世界大戦後も、規模拡大によって中小企業問題を解決しようとする方向は継続する。実は、1963年に制定された中小企業基本法は、「企業間における生産性等の諸格差の是正」のが目的だった。しかし、政府が強制的に合併させるわけにはいかず、協同組合を設立させることで「集団化」を図ることで、規模の拡大を目指す政策が取られた。

 しかし、1970年代以降、ベンチャー企業などが登場し、「技術や経営に独自性を有するやる気のある中小企業」として評価し、その活動を支援する方向に転換してきた。それらを反映して1999年に現在の中小企業基本法に改正されたのだ。さらに、2000年代に入ると、地方経済の衰退を反映し、「地域や生活を支える中小企業」として政府が支援するという方向に転換してきた。

 つまり、生産性や効率性、収益性の低さを規模の小ささを原因とし、合併や統合によって規模を拡大するという手法は、新しいものではない。

 関西地方の中小企業支援機関の職員は、「多種多様な中小企業が多数存在するところから、次の産業を牽引するイノベーションが起こってくる。逆行するようなことにならないか」と懸念する。

 また、中小企業経営者の一人は「中小企業の生産性が低いと言うが、低収益になっているのは、大企業が中小企業に対して、一方的にコストに見合わない取引条件を押し付けているからだ。私は納得がいかない」と言う。

 一方、別の中小企業経営者は、「アトキンソン氏の書いていることを読むと、経営者としてはドキッとする部分も多い」と言い、コロナ禍の中で淘汰される企業が出るのは、ある程度仕方ないとする。「しかし、私は中小企業経営者であることを誇りに思っているし、政府がどういうかに関係なく、流れに逆らってでも、独立した企業としてやっていきたい」とも言う。

・なにもしていない中小企業は約3割 廃業予定の中小企業が約1割

 実は、コロナ禍の影響に関する様々なアンケート結果を見ると、いずれでも中小企業経営者のうちコロナ禍の影響で「廃業を予定している」と回答しているのが約1割、さらに「助成金などの申請をしていない」、「売上げ低下に対策を行っていない」といった経営者は、どれも約3割だ。この数字は、観光庁が発表した「衰退旅館群」の割合とほぼ同じだ。

 そう考えると、中小企業の3割が淘汰されるという話には現実味がある。

・規制緩和による大企業や外資優遇で大丈夫か

 産業政策に詳しい保守系の地方議員の一人は、「菅官房長官は、竹中平蔵氏と非常に近い。規制緩和による大企業や外資優遇に走る可能性がある。中小企業政策というと、あまり関心を集めないが、多くの人が考えるべきことだと思う。次世代を担う中小企業を外資に売却してしまうようなことは絶対に避けるべきだ」と話す。

 もちろん、地方自治体職員の言う次のような意見も少なくない。「中小企業基本法を改正したくらいで、中小企業の再編が進むとが思えない。しかし、生産性ばかりを振り回されて、せっかく芽が出始めた起業家創出やソーシャルビジネスなどを切り捨てるようなことがあれば、悪影響が大きい」と言う。

 

 中小企業政策というと、あまり関心が集まらないが、実際には多くの人の生活に影響する。新首相は、あまり批判には耳を傾ける姿勢はないようだ。しかし、少なくとも約3割の中小企業を淘汰に追い込む政策だけでは、問題の解決には繋がらないのは確実だ。一部の経済人の意見だけではなく、より広範な議論が求められる。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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