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たくさんモフモフしたい!→ペットを増やす→【多頭飼育崩壊】に潜む、落とし穴とは?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:mj/イメージマート)

SNSを開くと、生きた「ぬいぐるみ」のようなスタンダード・プードルや猫などが子どもと戯れている動画や写真があります。こんな絵本のような世界を見ていると、自分自身もモフモフの犬や猫に囲まれて暮らしたくなりますね。

その一方で、犬や猫が一世帯で数十匹から二百数十匹飼育され、多頭飼育崩壊が起きるという事件が起きています。

なぜ飼い主は、犬や猫をこんなに数多く(特に猫)飼い、そして共食いまでさせてしまうのでしょうか。

多頭飼育とはどういうことか?犬や猫の命を守るためになにができるのか?今日は、多頭飼育から多頭飼育崩壊に陥るリスクや問題点について考えてみましょう。

日常的に診察室で見る多頭飼育

毎日診察をしていると、多頭飼育をしている人を多く見かけます。

黒岩順子さん(仮名)は、「子猫を拾った」と言っては病院に数匹を連れて来ます。

「道を歩いていたら、鳴いていたので保護してきました。こんな小さな子、放っておくことができません」と言われます。心優しい方ですし、確かにそうなのですが、もう黒岩さんのところでは、10匹以上猫がいるので、筆者は「少し大きくなれば、里親を見つけてくださいね」と諭します。このような子猫は、ウイルス性鼻気管炎といういわゆる猫風邪で来院されることが多いので、黒岩さんは、保護されるとまず、動物病院に連れて来られます。黒岩さんには、多頭飼育崩壊になってほしくないので、水際で止めようとして不妊去勢手術の話も何度もしています。

多頭飼育とは?

明確な定義はないですが、複数の犬や猫を飼っていることです。

犬や猫を適切に衛生的に飼育や管理ができているのであればなんの問題もありません。

多頭飼育の利点とは?

留守番を長くさせる場合、1匹で飼うより、仲がよければ、さみしがらずに待っていてくれます。仲がよくないと、喧嘩になることもあり、その辺りは相性の問題になりますので、注意してくださいね。

後は、飼い主のメリットが多いですね。いろんなタイプの犬や猫と暮らせて、動物が好きな人にはこのうえない喜びですね。疲れて帰ってきても、玄関までお出迎えして、寄ってきて熱烈な歓迎をしてくれる子が多いです。そんなとき、大勢で出迎えてくれるとたくさんモフモフできて、疲れがふっ飛びますね。

多頭飼育の問題点とは?

動物が好きな人が、タイプの違う犬や猫に囲まれて生活したいという欲求は理解できます。その一方で、犬や猫も生きているものなので、その子たちが、猫は猫らしく(上下運動で遊ぶとか)、犬は犬らしく(散歩に行くとか)生活してもらう責任が飼い主にはあるのです。以下のこともよく考えて多頭飼育しましょうね。

・フード代は、匹数分

猫1匹ならそれほどフード代はかかりませんが、それが10匹になると、もちろん1匹の10倍かかることになるので、気をつけてくださいね。

・ウンチやオシッコの世話の時間や費用×匹数分

猫の1匹のウンチやオシッコの世話なら、そう時間がかかりませんが、数匹になると、その数倍はかかります。その中の1匹が下痢などをしていると、その分、時間もかかりますね。猫の場合は、トイレの砂などの費用も多頭飼いだと1匹のときより、多くかかりますね。

・ワクチン代×匹数分

ワクチン接種は、初めは年に2~3回ですが、その後は、1年に1回、ワクチンを打たないといけないので、1回数千円でも、多頭飼育になると高額になりますね。

・フィラリアの予防×匹数分(主に犬)

犬の場合は、フィラリア症という蚊が媒介する病気にかかるので、フィラリアの予防薬が必要です。多頭いると、その予防薬も匹数分必要になります。

・不妊去勢手術×匹数分

多頭飼育崩壊を防ぐために、犬猫は適切な時期に不妊去勢手術をしなと望まない命を生み出すことになります。それで、匹数分の不妊去勢手術代がいります。

・どの子が病気をしたかわからない

吐いたり、下痢をしたりしているのがどの子かわからない場合もあります。よくあるのは、猫で、下部尿路疾患で頻尿や血尿になっている子がいるけれど、どの子かわからず、困って数匹連れて来院するということもありました。

・旅行や入院するときのホテル代やペットシッター代×匹数分

家族で法事や結婚式に行くときや入院するときなど、ペットを預けざるを得ない状況が発生します。ホテルやペットシッターに頼むときは、多頭いると、高額になります。

これからのことを考えて多頭飼育をしてくださいね。

多頭飼育から多頭飼育崩壊へ

だれも多頭飼育崩壊をしようと思って、多頭飼育を始めないと思います。

前記の黒岩さんのように、公園で鳴いている子猫をつい家に連れて帰り、そしてペット用ミルクや離乳食をあげていると、玉のようにかわいくなります。だれかに譲ろうと思っても譲り難くなる。そして、自分が育てた子猫を生後半年のまだ幼さが残っている時期に、不妊去勢手術をする必要があることは頭でわかっていても、なかなか手術に踏み切れずにいるままズルズル時間が経ってしまいます。

すると、いまでは栄養状態がよいので発育が早く、生後半年もすれば猫に発情が来て、周囲に多頭いるので、適当なオスを見つけて交配するのです。犬や猫は、同じ空間で飼われていると、親子、兄弟関係なく交配します。つがいで不妊去勢手術をしない猫を飼っていると、たった1年で1匹から20匹まで増えます。数匹保護していたら、あっという間に、多頭飼育崩壊に陥るのです。

多頭飼育崩壊になると

限られた空間に多頭の犬や猫がいるので、以下のようなことが起こります。

環境省 多頭飼育者が持つ要素とその特徴(案)
環境省 多頭飼育者が持つ要素とその特徴(案)

・不衛生

犬や猫の糞尿が蓄積されて、放置することになります。そのため、床が抜け落ちたりもします。さらに餌の不足などで、共食いなどもありますので、骨が散らばっていたりもします。悪臭や獣臭がします。ハエやウジがいるし、ノミなども大量に発生します。衛生的な環境ではないので、近所から苦情もあります。

・自立困難

飼い主が、老いや病気になり自分で犬や猫の世話ができなくなる場合もあります。身体的能力が下がっていきますし、経済的なことなど精神的に追い詰められて、ペットの世話どころではなくなります。

もし多頭飼育崩壊になったら

多頭飼育崩壊者は、行政に相談すればいいのはわかっているけれど、目の前にいる子たちが全部殺処分されるのではないか、と思ってなかなか相談できないのでしょう。近所の人から、異臭や鳴き声で苦情が来て責められるので、世間に対しても反発を持つケースも想像できます。

札幌で起きた猫238匹の多頭飼育も全部、動物愛護団体が中心になって保護されています。行政も犬や猫を殺処分しない方向に動いているのです。多頭飼育崩壊が起きると多くの犬や猫の命の危険に陥ります。事件が起きると飼い主のバッシングが起きますが、同じような多頭飼育崩壊は繰り返されています。

筆者は、犬や猫を飼う人に不妊去勢手術の必要性を理解していただき、それでも多頭飼育崩壊が起きたときに、だれかに「助けてほしい」と素直に言える社会にならないといけないと考えています。

多頭飼育崩壊は、動物愛護だけではなく、社会福祉部の行政なども動きだし、精神科医や地域包括支援センターなどと連携するようになってきています。

一方的に正論を言うのではなく、多頭飼育崩壊になった人の話を聞くことを始めると、そこから抜け出す糸口を見つけて、ペットの命を救えるのです。孤立を深めながら不器用な「SOS」を出している飼い主に、周りが気づき、犬や猫を助け出す社会にならないとペットの命は守れません。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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