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菅義偉は本当に「安倍路線の継承者」になるのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(532)

長月某日

 安倍総理は在職期間が7年8か月と史上最長を記録したが、掲げた目標は何一つ成し遂げられずに13年前と同じく突然辞任を表明した。安倍総理が自らの政権で必ず成し遂げると国民に約束したのは、拉致問題の解決、憲法改正、北方領土返還の3つだが、いずれもまったく何も進展しなかった。

 その後継を巡って岸田政調会長、石破元幹事長、菅官房長官の3氏が争う構図となった。ところが総裁選挙の日程ややり方が決まる前から、自民党内各派閥は雪崩を打つように菅氏支持を打ち出し、総裁選挙はほとんど意味をなさない。

 理由はコロナ禍で政治空白が許されないため、安倍政権の路線を継承するのにふさわしい官房長官が適任という理屈である。これは事実上の「禅譲」を意味する。かねてから安倍総理は岸田氏への「禅譲」を表明していたが、その「禅譲」先を菅氏に変えたのだ。

 それを「禅譲」と思われないように一応総裁選挙をやるが、安倍総理の意中の人物が選ばれるよう派閥を動かした。二階派が菅氏を推すことは分かっていたが、真っ先に第二派閥の麻生派が菅支持を決め、第一派閥の細田派も菅支持を決めたことがそれを物語る。

 麻生氏と菅氏はこれまで確執を繰り返し、犬猿の仲と言われた時期もある。麻生派は岸田氏が所属する宏池会から分かれた経緯もあり、再び手を携える構想があることから岸田氏を推すのが常識だった。また細田派の事実上のオーナーは安倍総理だから細田派が安倍総理の意向を無視することはできない。

 麻生派も細田派も安倍総理の意向を確かめて菅支持に回ったと思われる。第一派閥と第二派閥が支持すればその候補者が最も強い。他の派閥はそれを見てポスト欲しさに雪崩を打って菅支持になったのだと思う。

 そこで問題は党員投票で総裁選挙を行えば、国民に人気がある石破氏が菅氏より上位になる可能性があることだ。その結果を国会議員票で逆転させて菅政権を誕生させれば、国民の目に自民党の古い体質が焼き付き1年以内に行われる総選挙を不利にする。そのため党員投票による総裁選挙は行わず、国会議員と都道府県連の代表だけで総裁を選ぶことにした。

 このやり方を主導したのは二階幹事長である。二階幹事長は第一派閥の細田派と第二派閥の麻生派が岸田氏を支持すれば、菅政権の可能性がなくなることから、岸田氏が安倍総理の「禅譲」先にふさわしくない状態を作り出し、菅政権誕生のシナリオを書いた。

 フーテンはかねてから安倍総理がなぜ「禅譲」にこだわるのかを書いてきた。「禅譲」という政権移譲の方法は自民党の歴史に一つしかない。中曽根総理が竹下、安倍、宮沢の3氏を競わせて竹下氏に「禅譲」した例である。

 現役記者だったフーテンは中曽根総理の首席秘書官と竹下氏に密着してその裏舞台を見た。ブログで詳細を書けないほどのすさまじい政治ドラマであった。中曽根氏が「禅譲」を考えたのは、ロッキード事件とリクルート事件という戦後の日本を代表する事件で摘発されてもおかしくない過去があったからだ。

 そのため自分に忠節を尽くす後継者の選び方をしないと安心できなかった。それを竹下氏は受け入れた。一方、金丸信氏や小沢一郎氏は堂々と総裁選挙をやるべきと主張して竹下氏と対立する。これが後の自民党分裂の出発点になる。

 竹下氏は中曽根氏を守り通した。安倍総理が「禅譲」を口にした時にフーテンが思ったのはそのことだ。それ以後自民党に「禅譲」はなかった。それがなぜ安倍総理は「禅譲」を言い出したのか。総裁選挙に勝った総理は独自色を出そうとする。しかし安倍総理には中曽根氏同様に守って貰わなければならない事情があった。

 黒川弘務元東京高検検事長に助けられて事件化されなかった「モリカケ」問題や、現在裁判が進行中の河井克之・案里夫妻の公職選挙法違反事件との関りなど、総理を辞めると不都合な真実が明るみに出るかもしれないのである。そのため黒川氏を検事総長に据えようと画策し、「禅譲」を言い出す必要があった。

 岸田氏への「禅譲」は当選同期の岸田氏をコントロールしやすいと見たからだろう。一方で菅氏に対してそれはない。官房長官で力をつけてくれば自分の寝首を掻くかもしれないと警戒していたはずだ。特に菅氏が「令和おじさん」になった直後、拉致問題を口実に米国を訪問し、ペンス副大統領らと会談したことは「安倍の次」を考えていると思ったはずだ。

 側近の今井尚哉総理秘書官兼補佐官は露骨に菅外しに動き、コロナ対応から官房長官を遠ざけた。一方、昨年来「週刊文春」には菅氏が入閣させた菅原一秀元経産大臣、河井克之元法務大臣、さらに菅氏側近の和泉洋人総理補佐官のスキャンダルが炸裂し、菅氏は攻撃にさらされた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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