「卵の食中毒が多い」は本当か?約30年間の発生件数の推移と最新状況を探る
卵は日常使いする人が多い食材だ。知り合いのコンビニオーナーさんは「卵と牛乳だけは(店頭に)切らさないようにしている」と語っている。
そんな卵、賞味期限で悩む食材の筆頭にあげられている。食品保存の研究に長年貢献してきた、東京農業大学で教授を務めてきた徳江千代子先生。徳江先生が監修した書籍『賞味期限がわかる本』(宝島社)には「賞味期限のことでよく悩む食材はなんですか?」という質問に対し、200名が答えており、次のように卵が1位となっている。
1位 卵
2位 牛乳
3位 精肉
4位 納豆
5位 ヨーグルト
卵の食中毒発生件数と推移は?
厚生労働省は、食中毒に関する統計資料を公式サイトで発表している(1)。この資料から、卵の食中毒の発生件数の推移を探ってみたい。
1995年から2005年までの10年間は、年間で10件以上発生しており、ピーク時には50件近く発生している。
だが、2006年以降はほぼ1桁台となり、2020年は2件、2021年はゼロ件、2022年は2件に過ぎない。
もちろん、実際の食中毒の発生について、厚生労働省の統計調査で100%把握できているわけではないが、傾向を見ることはできる。
2022年に発生した食中毒の全体像
2022年に発生した食中毒の、主な原因食品別発生件数を見てみる。
魚介類が最も多く、次いで複数の食品を調理した「複合調理食品」だ(2)。
注:「複合調理品」とは、コロッケ、ギョウザ、肉と野菜の煮付けなど、食品そのものが2種以上の原料により、いずれをも主とせず混合調理又は加工されているもので、そのうちいずれかが原因食品であるか判明しないもの(「食中毒統計作成要領」より)
3位が野菜及びその加工品、4位が肉類及びその加工品で、卵類及びその加工品による発生件数は年間で2件となっている。
同じ資料を使って、2022年の食中毒の主な病因別発生件数を見てみると、最も多いのはアニサキス。サバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、サケ、イカなどの魚介類に起因する(3)。次に多いのがカンピロバクター。鶏肉が原因と疑われるものが多く、鶏レバーや、ささみなどの刺身、鶏肉のタタキ、鶏わさなどの半生製品などが挙げられる(4)。卵(鶏卵)による食中毒は、ここではサルモネラ属菌にカウントされる。卵とその加工品の他、鶏肉・食肉・内臓肉、スッポン・ウナギ等の淡水養殖魚介などが原因となっている(5)。
なぜ卵の食中毒は少なくなったのか?
以前は2桁台だった卵の食中毒の発生件数は、なぜ少なくなったのか。日本卵業協会と、卵メーカー、「卵博士」と呼ばれる卵の専門家で京都女子大学家政学部食物栄養学科の八田一教授に伺ったところ、それぞれ次の回答だった(6)(7)。
日本卵業協会の回答
次の要因が考えられます。
・農林水産省の鶏卵のサルモネラ総合対策指針により 農場段階の衛生対策の徹底
・厚生労働省の鶏卵選別包装施設の衛生管理要領によりGPセンター(筆者注)の衛生管理の徹底
・サルモネラの鶏腸管への定着を軽減するサルモネラ不活化ワクチンの普及
・生食賞味期限表示により賞味期限表示後加熱調理の必要性周知
・家庭内での正しい衛生管理の普及
筆者注:「GPセンター」とは、Grading(選別)とPacking(パック詰め)の頭文字を取った略称で、卵を洗浄、乾燥、検査、計量してパック詰めを行う工場のこと(JA全農たまご株式会社「たまご AtoZ」より)
卵メーカーの回答
この20年間での激減は、生産者による衛生管理の徹底、食品取扱業者の食中毒への意識向上が要因であると考えます。直近の動向は、新型コロナの影響により、外食産業での発生が減少し、感染者数が減少したものと考えます。厚生労働省のHP等に掲載されているので参照願います。
京都女子大学 八田一先生の回答
賞味期限制度が始まった、その制度の中で、生産者が衛生管理をしっかりするようになったのと、サルモネラのワクチンが広まってきたのがあって、サルモネラ食中毒は激減しました。
卵は賞味期限過ぎたらどれくらい食べられるのか
関係者の尽力によって、食中毒の発生件数が劇的に少なくなってきた卵。最近では価格が2倍に上がるなど、高騰が報じられてきた。貴重な卵だが、表示されている賞味期限を過ぎたらどれくらい食べられるのか。
前述の徳江千代子先生監修の書籍と、タマゴ科学研究会の書籍『まいにちタマゴ 専門家が教える最高の食べ方』(池田書店)、八田一先生が監修したNHK『ガッテン!』を調べてみた。日本卵業協会の回答も示す。
総括すると「卵の賞味期限は生で食べられる期限なので、多少過ぎても、加熱調理して早めに食べ切れば問題ない」ということになる。この趣旨は、市販の卵パックにも表示されている。
徳江千代子先生の回答
卵の賞味期限は、生で食べられる期限です。
『まいにちタマゴ』の回答
食中毒を防ぐために大切なのは温度管理です。37度の環境にタマゴを1日置いておくと、生食では危険な状態になりますが、10度で保管すれば50日間置いておいても大丈夫です。
八田一先生監修のNHK『ガッテン!』の回答
卵の賞味期限は、最初からサルモネラ菌の一種が中に入ってしまっている「菌入り卵」を基準に定められています。その卵の確率は、3万個に1個、10万個に2〜3個の割合です。でも、外からは見分けがつかないので、仮に菌が入っていたとしても、安心して「生で」食べられる期間として定められているのです。通常は、採卵日から2〜3週間です。「ひびが入っている卵」は、たとえ賞味期限内でも、雑菌が入り込んでいる場合があるので、しっかり加熱して食べてください。卵は、賞味期限が切れてから2週間までなら、加熱調理して食べることができます。
日本卵業協会の回答
卵の賞味期限は「安心して生食できる」期間です。期限を過ぎた卵は加熱調理(70度1分以上、他の食材と混じる場合は75度1分以上)して食べて下さい。
但し保存(常温保存等)の状態によっては腐敗確認し、廃棄した方が安心です。
市販の卵の賞味期限は、25度で保管された場合に生で食べられる「2週間」に設定されています。10度以下で保管した場合、理論的には、産卵から57日間、生で食べることができます。温度管理が徹底できれば、サルモネラ菌は増えることはありません。ただ、産卵から食卓までの温度管理の徹底は、非常に難しいです。よって、安易に10度以下で57日は生食OKと思わない方がよいと思います。鶏卵の日付等表示マニュアルを遵守するのが望ましいです。
まとめ
価格が高騰する卵。昔は乾物屋で売られていたこともあり、冬場はお歳暮として重宝されたこともあった(8)。生で食べる場合は賞味期限を守って食中毒を防ごう。ゆで卵や目玉焼き、卵焼きなど、火を通して食べる場合は、賞味期限が多少過ぎていても大丈夫なので早く食べきり、ニワトリが24時間以上かけて1個生み出した貴重な卵を最後まで食べ尽くしたい(9)。
参考資料
2)農林水産省「平成30年 食中毒発生状況(概要版) 及び主な食中毒事案」p.17
3)厚生労働省 アニサキスによる食中毒(アニサキス症)について
4)厚生労働省 カンピロバクター食中毒予防について(Q&A)
6)卵は賞味期限過ぎたら捨てる?意外に知らない、高騰する卵の活用法 Q&A(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2023/2/23)
7)卵は賞味期限過ぎたら捨てる?意外に知らない、卵の正しい保存方法 Q&A(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/10/26)
8)「卵の賞味期限2週間」実はもっと日持ちする?昔は「乾物」だった卵の知られざる歴史(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2020/11/5)
9)賞味期限切れ卵は生で何日食べられる?ニワトリが24時間かけて産んだ卵を賞味期限で容赦なく捨てる私たち(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2018/5/17)