「卵の賞味期限2週間」実はもっと日持ちする?昔は「乾物」だった卵の知られざる歴史
かつて、卵は日持ちの長い「乾物」を扱う乾物屋で売られていた―――。
現在、卵はコンビニやスーパーへ毎日配送される、日持ちの短い「日配品(にっぱいひん)」に分類されることも多く、乾物屋で売られていた事実はあまり知られていない。特に冬場は卵の日持ちがいいため、お歳暮として重宝されたという記録が残っている。海外では、今でも乾物屋のような店で常温で販売されることもある。
一方、現在、日本で市販される卵の賞味期限は「真夏に生で食べられる期間」にもとづいて、一律「パックされてから2週間」と、冬でも短めに設定されている場合がほとんどだ。
今回、創業67年の老舗「篠原養鶏場」の代表、篠原一郎さんにお話を伺った。長年業界の変遷を見てきた篠原さんのご経験にもとづく「卵の歴史」は、現代の賞味期限を考える上で示唆に富むものであった。折しも、11月5日は「いいたまごの日」(一般社団法人日本養鶏協会により制定)。この機会に、あらためて「卵の賞味期限」について考えてみたい。
卵の賞味期限の誤解
筆者は「賞味期限切れ卵は生で何日食べられる?ニワトリが24時間かけて産んだ卵を賞味期限で容赦なく捨てる私たち」で卵の賞味期限の誤解について書いた。
現在、一般消費者向けの卵は、産卵してから1週間以内にパックされ、「パック後2週間」程度が賞味期限とされている場合がほとんどだ。だが、これは、夏場に生で食べられる日数をもとに設定されている。
卵が生で食べられる期間は保存される温度が鍵となり、冬場には産卵から57日間生の状態で食べられるというデータがある。しかも、「生で食べられる」ことが前提のため、賞味期限を過ぎていても加熱調理をすれば十分食べることができるのだ。
また、レストランなど法人向けの卵は、「温度管理がしっかりしている」という理由で、冬場は2ヶ月近い賞味期限が設定されている(参考:日本卵業協会:表示とタマゴの安心)。
もちがよく、歳暮としても重宝された卵
歴史をさかのぼってみると、卵を売るための養鶏は明治10年(1877年)、大阪で始まり、全国に広がっていった。この時代、東京の「卵問屋」は170戸あって繁盛しており、鶏卵生産高は年間4000万〜5000万個だったとのこと(時事新報 1888年3月3日 / 出典元『近代日本食文化年表』小菅桂子 雄山閣)。
明治34年(1901年)の記録では、「鶏卵が歳暮用品として高値に。冬の卵はもちがいいところから歳暮として重宝され、歳末になると卵の相場は高値を示した」(時事新報 1901年12月5日 / 同上)とある。
卵を保管して最適のタイミングで卸す「卵問屋」が繁盛し、お歳暮として扱われていたという記録から推し量るに、卵は今よりずっと長い期間食べられていたのではないだろうか。にもかかわらず、現在は短い賞味期限が設定され、大量の卵が「期限切れ」として処分されている。
そこで、過去に卵はどのように食べられていたのか知るべく、埼玉県東松山市で養鶏場を営む篠原養鶏場の篠原一郎さん(86歳)に話を伺った。篠原さんは昭和28年(1953年)の創業から67年間、今に至るまで卵業界の変遷を目の当たりにしてきた「生き字引」のような存在だ。卵の生食での味にこだわり、独自の餌や飼育法を研究し続け、「卵は作品」という姿勢を一貫している。また、卵をおいしく安全に楽しんでもらいたいと、自身の経験にもとづく知識を公式サイトでも発信し続けている。
- 篠原さんは、快く取材を受けてくださり、元気に語ってくださったが、お顔を撮影されるのは苦手とのことで、撮影はご遠慮させていただいた。
卵は何ヶ月も持つ乾物だった!
篠原一郎さん(以下、篠原):昔は4〜5月の農繁期から卵が売れなくなって安くなる。その時期に卵問屋は農家を廻って買い付け、その卵を秋口まで取っておきました。
卵問屋というのは、いわゆる「調整機関」です。卵の相場が上がって需要が出るまで寝かせておいて、それを売って利益を得るわけですね。
8月20日の旧盆過ぎに、卵の相場が上がってきてから高く売る、というわけです。保管していた泥やフンのついた卵を希塩酸で洗ってきれいにして乾物屋に持っていくわけ。
卵はひびが入ると持たないんです。衝撃には弱く、ちょっとしたことですぐひびが入って、そうなると腐敗菌が侵入して腐って黒くなる。でも、ひびが入らない限りは持つんです。電灯ですかして中をのぞいてみて、中が黒くて見えなくなったときは腐っているんですよ。そういうものは、はじきながら、一年中、乾物屋が売っていたんです。
―その頃は、賞味期限はなかったのですよね。
篠原:うちで賞味期限的に言っていたのは、夏場がだいたい1ヶ月、冬場が3ヶ月。その期間は、いちいち(光にかざして)のぞいて確認しなくてもいいですよ、食べられますよ、と。賞味期限というのが出てきたのはもっとずっと遅くて。
―確か1980年ごろですよね(筆者注:一般の食品に賞味期限表示が導入されたのが1985年、卵に賞味期限表示が義務化されたのは1999年、日本卵業協会公式サイトによる)。
篠原:そうですね。それまで乾物屋で卵を売っていたのが、いわゆるスーパーで扱う日配品(にっぱいひん:毎日配送される、日持ちが短い食料品の総称)になったんです。今まで乾物扱いだったのが、急に、牛乳と同じ扱いになったわけです。牛乳と卵は全然性質が違うんですよ。子牛がその場で飲む牛乳を人間が飲む場合、いろんな検査や消毒や殺菌が必要です。ところが卵は完全に殻の中に入って、自分で独立して、安全な形で進化も保存もしてきたわけでしょう?
―篠原さんのところでは、賞味期限表示ができてから食べられる期間を21日にされたのでしたっけ。
篠原:冷蔵保存で2週間。
―でも、本当はもっと持つとお考えなのですね。
篠原:そう。「永久に持つ」と言ったら語弊があるけれども。昔は卵をどれくらい持たせたかというと、だいたい3ヶ月か4ヶ月は当たり前ですよね。卵問屋というのは各地にいたわけです。それが今、一軒も残っていないです。そういう流通がなくなっちゃったから。
卵は寝かせることでおいしくなる
拙著『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』では、「少し寝かせた卵のほうがおいしいことが、フランスでは広く知られている」「食感や白身の泡立ちは、あえて時間をおいた卵のほうがはるかに上」と書いた。採卵日から10日経った卵は「す」(茶碗蒸しなどでできるポツポツした気泡)の原因となる二酸化炭素が抜けていて、ゆで卵や目玉焼きにしたとき、プリプリの食感が楽しめるという。
―卵は、本当は、寝かせたほうがいいんですよね(注:寝かせる=熟成させるために、一定の温度でしばらく置いておく)。
篠原:寝かせたほうがいい。アミノ酸やイノシン酸が増えるとか、いろんな変化があるんだけれども、それがだいたい2〜3ヶ月経ってからなんです。
「熟成」することで味わい深くなる
日本には、初物・生ものなど、新しいものや新鮮なものをありがたがる風潮がある。なんでも「新しければ新しいほどいい」と考えて買い物する人も少なくない。一方で、熟成食品も注目を浴びている。ワインはよく知られているが、肉や魚、果実、お茶、日本酒、泡盛、味噌、酢、魚醤(ぎょしょう)など、いろんな熟成食品が登場している。卵にも熟成させることで味わい深くなる性質があるという。
―私も自分の本では「(卵は)賞味期限が過ぎても食べられるけど、加熱して食べましょう」と言っています。でも篠原さんは、2〜3ヶ月寝かせて熟成したものもおいしく食べられるとお考えなのですよね。
篠原:そのほうが美味い。昔のように、夏場を越した卵のほうが、香りとか味、複雑な味は出てくるわけで、うま味成分の1つであるイノシン酸が増えると言われていました。
―昔は秋口になるまで何ヶ月も寝かして、値が高くなってから売るとおっしゃっていましたね。昔の日本人も、2〜3ヶ月経ったものを生卵で食べていたんですか?器に割り入れるとペターンとなっちゃうような、こんもりしない卵でも。
篠原:ペターンとしているのを見ている暇はないですよ。すぐお醤油を入れて、かき混ぜて、みんなで分けて食べていた。
―昔だから冷蔵庫に入れていなくて。
篠原:そう、入れない。
自分の頭で考えることが一番大事
筆者は、拙著『賞味期限のウソ』で、賞味期限は思考停止ポイントだと書いた。メーカーが決めた賞味期限によりかかって思考停止するのをやめて、自分の食べるものについて、自分で考えよう、と呼び掛けた。
篠原さんは、本来は長持ちする卵と、常温にはさらしておけない牛乳が、同じ「日配品」というカテゴリにあてはめられることを不合理に感じている。「本来、比較や検討をして自分の頭で考える、というのが一番大事なのに、それがなくなっている」と嘆きながら語った。鵜呑みにされやすい賞味期限も、同じことが言えるのではないだろうか。
取材を終えて
2020年9月14日の取材の日に産まれた卵。常温で1ヶ月保管し、生で食べてみたが、まったく大丈夫だった。
もちろん、昔大丈夫であったことが、すべて正しいわけではない。例えば気候変動の影響で気温は上昇しているため、昔と今では「常温」も異なる。サルモネラ菌汚染などのリスクがあるため、生食できる期間を過ぎたら加熱して早めに食べるに越したことはない。ただ、夏に生で食べられる期間にもとづいて設定された「賞味期限」が過ぎたからといって捨ててしまうのはいけない、とあらためて実感できた。
篠原養鶏場のほかにも、自主的に卵の賞味期限を1ヶ月など、長めに表示している生産者はいる。経験から、もっと長く食べられることをわかっているからだろう。
ニワトリは24時間かけてようやく1つの卵を産卵できる。「賞味期限」を参考にしながら、どのように味わっていくか、あらためて自分の頭で考えてほしい。ニワトリが苦労して産み落とした卵を、1つも無駄にすることなく、大切にいただきたいものだ。
【追記】文頭、“(卵は)「乾物」として売られていた”という旨の記述を、“「乾物」を扱う乾物屋で売られていた”と、一部修正いたしました(2020年11月7日)。
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参考:
【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】