防災を「自分事」に
東日本大震災から5年が経つ。この時期になると震災関連のテレビ番組などが多くなる。
被災地の人々のことを忘れないようにというのは大事だが、周年事業のような番組や特集記事の陰で、重要なことがずい分忘れ去られようとしていると思う。
ここでは、防災の基本であり、最も重要なことについて考えてみたいと思う。
それは、いつ起こるか分からない災害を、私たち一人一人が「自分事」と考え、同時に地域住民どうしが力をあわせて、常に備えておくことだ。当たり前のことなのだが、堤防やダムなどの防災工事、予報や警報、そして行政の防災情報の充実によって、現代の私たち、とくに都市居住者は防災が「他人事」すなわち受け身になり、地域住民どうしのコミュニケーション、協力が昔よりも希薄になっているのが実情だろう。
地域力の重要性
以下は、被災した場合の避難、救出に関するものだが、どちらも「地域力」の重要性を物語っている。
○大船渡市のAさん(60代女性)は、発災時に自宅にいたが、地域の住民が津波を目視し、放送等が聞こえない中で、大声で地域の仲間に警告してくれた。それがきっかけとなって近隣の住民が協力しあって避難をすることができた。
(東日本大震災の被災地において共助による支援活動に関するヒアリング調査 内閣府、平成26年2月~4月)
※いずれも内閣府『平成26年 防災白書』より
ところでみなさんは、災害に際してまず動くのは誰か知っていますか。
市町村の職員だ。防災の担当者はごくわずかしかいないが、地震や集中豪雨など、災害が予想される場合は大部分の職員に待機命令が出る。職員の数は、概ね自治体の人口200人弱に1人と言われる。土砂崩れなどがよく起こる山間部の、例えば人口5万人の町ならば、市役所の職員は300人見当だろうか。これだけで避難所の用意から住民の誘導、それらにまつわるすべての連絡などをこなさないといけない。しかも覚えておかないといけないのは、彼らやその家族も住民であり、被災の可能性は同じだけあるということだ。
阪神・淡路大震災の際、市役所に行くことのできた神戸市の職員は約2割だと言う。職員数500人なら100人。これでは避難場所を開けるだけで手いっぱいだ。
人数だけでなく、行政には様々な制約もある。いくつか例を挙げよう。
まず、千葉県富津市の例で、市が作るハザードマップが実態に合っていないという問題だ。
【市民の意見】
●市が指定する避難場所はコミュニティセンターになっているが、とてもじゃないが遠くて行けない。自分で判断して避難するようにしている。
●市作成とは別に、行政区(自治会)独自のハザードマップを作成している地域もある。
・市作成のハザードマップよりも細かな避難ルートや個別の家屋に住む人の名前などが掲載されている。
・市の避難場所に指定されていない場所を行政区の避難場所としている場合もある。(例:教会)
●市が指定する避難場所が必ずしも安全ではないことが市民に周知されていない。
【職員の意見】
●地域防災計画では各世帯の細かな避難経路を記載することは不可能。行政が取り組むことだけでは限界があると認識している。
(「総合戦略策定のための市民委員会」及び事業仕分け(2015年実施)の議論から見えた課題)
これは富津市職員が怠けている訳ではないし、富津市に限ったことでもない。すべての自治体は「地域防災計画」を作り、その中でハザードマップや避難経路を示しているが、崩れやすい道路がすべて分かっている訳ではないし、避難場所は原則行政施設の中から選ぶために(スーパーやホテルなど民間の施設を避難場所にする場合は、予め協定を結ばないといけないが、必ずしも多くの民間施設が受けるわけではない)、住民にとって最適な場所とは限らない。
また、次の兵庫県淡路市のような例もある。
【防災担当職員へのヒアリングから見えた課題】
●現場の初動で、最も活躍するのは消防団だが、大半の地域では消防団が避難行動時の「要支援者」の状況を把握できていない。
淡路市における「避難行動要支援者名簿(※)」の登録人数は約2,000人。この名簿は、行政内部では危機管理部および健康福祉部が、行政外部では民生委員が把握しており、一部地域を除いては消防団と民生委員が情報共有していない。
※避難行動時の「要支援者」とは、高齢者、障害者、乳幼児等の防災施策において特に配慮を要する人(要配慮者)のうち、災害発生時の避難等に特に支援を要する人のこと。その名簿への登録は、行政の持つ情報(要介護者や独居等)と民生委員からの推薦、自薦によって行われている。
●食糧等の備蓄を地域(自治会)では行っておらず、行政が備蓄を行っている。備蓄庫は行政の施設にあるため、カギの管理は行政だけで行っている。しかし、行政職員は人数が限られているし、対応しなければならないことが多くある。緊急時の備蓄食糧等の扱い方を自治会が共有しておけば、より柔軟に動くことが可能になる。
●淡路市地域防災計画では、3日分の食糧の確保は住民各自で行ってほしいと記載しているが、住民や自治会などが実際にどの程度食糧を備蓄しているかの把握はできていない。
また、東日本大震災の時にもよく言われたのは、避難が長引く場合に生活の場となる避難所の「運営」の問題だ。避難所には大勢の人の生活があるが、行政、自治会、社会福祉協議会など、それぞれが違う役割を持つ人たちの全体を統括し、被災者の生活が回る体制になかったことがよく指摘された。したがって、折角かけつけたボランティアも当初は機能しなかった所も多かった。
以上から言えることは、日常から住民と行政そして自治会などが十分コミュニケーションをとり、いざという時に適切な分担と連携がとれるようにしておくことが何より大事だということだ。
その重要性に気づき熱心な活動を始めた荒川区南千住のマンション「トキアス」の例を少しみてみよう。
トキアスは隅田川のほとりに2005年に建設された20階建て、620戸数ある大きなマンションだ。災害時に適切に対応するには、平常時から住民どうし、コミュニケーションを密にしておくことが必要だということで、内閣府の地区防災計画のモデル地区に選ばれ、日頃からイベントなどを通して住民同士のつながりを強めてきた。8月の隅田川の花火の見物地なので、そのときに地震がきたら約8万人が帰宅困難になり、恐らくその中のかなりの人を一時マンションで受け入れないといけなくなるのではないか。そういうときにどう対応したらいいのか。あるいは全く地縁も血縁もない新しいコミュニティで、要支援の人の名簿をどうやって作ったらいいのかなど、様々な議論が行われている。
また、災害時における個人情報の取り扱いについて、トキアスでは住民アンケートを行い、マンションの管理組合が行うことで、いち早く人命を救助できる体制をとろうとしている。
こうやってみてくると、防災や救助に関して今までのように「行政が作成し、住民へ周知する対策」から「住民、企業、行政が協力して作成する対策」へと変えていかないといけないという認識が住民、行政の両サイドで少しずつ持たれている。
防災・救助 住民協議会
そこで提案なのだが、自治体(大都市の場合は学校区などいくつかのブロックに分ける)毎に、「防災・救助 住民協議会」というのを実施してはどうか。
手順は次のとおりだ。
1.無作為抽出で住民に案内を送り、参加可能と返事した人を委員とする。(裁判員制度と同様の方式で、通常1,000人の住民に案内を送ると、50人程度の人から参加可能の返事がくる。なお、無作為抽出で案内を送ることで、日頃から防災について関心のない人たちにも参加してもらうことができる。)
2.行政が持っている関連情報を委員に示し、委員が地域での過去の被災経験や多様な知恵を持ち寄って議論して、地域の防災・救助についての計画をまとめる。
3.作成した計画は委員と行政によって地域に周知され、実際の被災を想定した避難訓練を行う。
こうやって住民自身が作成に関わることで防災計画が行政から与えられた受け身のものでなく、「自分事」となる。
(参考)
住民協議会は、既に福岡県大刀洗町や茨城県行方市等で実施例がある。
大刀洗町は町長の諮問機関として住民協議会を条例設置し、無作為抽出で選ばれた町民委員が町の主要な課題を議論している。
行方市はこの先10年間の「総合戦略書」を作成するために、「なめがた市民100人委員会」という名称の住民協議会を設置し、市民委員が地域の魅力や課題を議論して戦略書をまとめ上げた。
内閣府は、昨年12月から『「防災4.0」未来構想プロジェクト』という会議(座長:河野太郎内閣府防災担当大臣)を始めた。これは、気候変動がもたらす災害の激甚化の可能性に対して、国民一人一人が災害のリスクにどう向き合うべきかということを議論しようという趣旨だ。
国民も政府も漸く、災害といえば土木技術で抑え込むという発想から、避ける、助け合うといった方向に目が向いてきたの大変良いことだと思う。「防災4.0」がその流れを進めることに期待したいと思うが、同時に、自治体は国から言われたからやるというのではなく、先に提案した住民協議会のようなしくみを作って、日常から住民が防災、災害救助を「自分事」として捉え、動くようにしてほしいと思う。防災を軸にした住民間のコミュニケーションや協力は、地域の活性化にもつながるなど、必ず思わぬプラス効果を持つと思うし、これこそが本当の国土強靭化だと思う。