ロビイストに求められる資質とは?食品ロス削減推進法の立法過程におけるNPOのアドボカシー事例から考察
今回は市民アドボカシー連盟の理事で、現役ロビイストの一般社団法人全国フードバンク推進協議会事務局長の米山 広明氏より「食品ロス削減推進法」の成立に向けて実施したアドボカシー活動についてお話を伺いました。
■参考記事
食べられるのに廃棄される食品は年間632万トン!貧困世帯の子どもを支援する『フードバンク』を広げよう(明智カイト)
明智 では、まず自己紹介をお願いします。
米山 2008年に母が立ち上げたフードバンク山梨という団体でボランティア参加者として活動に協力したことが、フードバンク活動に関わるきっかけでした。山梨で活動していた当時は、フードバンク活動全般、組織基盤強化事業、困窮世帯への生活相談支援、農作業を通じた自立支援等、新規事業の立ち上げや自治体への事業提案を担当していました。
2015年11月の全国フードバンク推進協議会設立時より事務局長を務め、翌年の2016年の4月から政策提言活動に集中して取り組むために東京に引っ越しています。現在は政策提言や新設フードバンク団体の立ち上げ支援、食品企業等向けの渉外等も担当しています。
明智 ありがとうございます。それではさっそく食品ロス削減推進法について教えてもらえますか。
米山 食品ロス削減推進法は、食品ロスの削減に関し、国・地方公共団体等の責務等を明らかにし、基本方針の策定、その他食品ロスの削減に関する施策の基本となる事項を定めることにより、食品ロスの削減を総合的に推進することを目的としています。概要は以下の通りです。
【食品ロス削減推進法の概要】
- 国・地方公共団体・事業者の責務、消費者の役割、関係者相互の連携協力
- 食品ロスの削減に関する理解と関心を深めるため、食品ロス削減月間(10月)を設ける
- 内閣府に食品ロス削減推進会議を設置、食品ロスの削減の推進に関する基本方針を策定
- 都道府県・市町村は、基本方針を踏まえ、食品ロス削減推進計画を策定
- 国及び地方公共団体が取り組む基本的施策を規定
出所:消費者庁「食品ロスの削減の推進に関する法律(概要)」(2019)を元に作成
国及び地方公共団体が取り組む基本的施策の中には、フードバンク活動への支援についても明記されています。
明智 食品ロス削減推進法の成立に向けたロビイングについてどのようなことをしてきましたか?
米山 食品ロス削減推進法の早期の成立に向けて、2018年の5月から約1年間集中してロビイングに取り組みました。期間中は年間30回議員会館に訪問して、議員立法は全会一致が原則ですので、超党派の合意形成に向けて与野党にロビイングを行いました。具体的には与野党の国会議員の先生方への情報の周知、法律の必要性の訴求、早期の成立に向けて党内手続きを進めていただくための要請を行いました。また、2018年は6月と11月に2回、院内集会を開催しています。
明智 国会議員へのロビイングで気を付けたこと、大事なことはなんですか?
米山 ロビイングにおいて最も重要なことは、アドボカシー(政策提言)活動の目的・成果目標の達成のために、「いつ」、「だれを」、「どのように説得するか」を常に意識することだと思います。
タイミングが重要なので、まず国会や各党の党内手続きのスケジュールを把握する必要があります。また、各党における合意形成に向けて、党内の意思決定に対して影響力が大きい人物の特定や、もしくはその影響力の大きい人物を間接的に説得できる人物を特定すること、さらには面談相手を説得するにあたって必要な情報収集を行うことも重要です。
ただ、ロビイングを過度に難しく考えるべきではないとも思っています。ロビイングには人を説得するための特別な交渉術や、営業マンのように人を説得するためのトークスキルが必要と思われがちですが、特別話すことが上手でなくても大丈夫です。
もちろん説得が上手に越したことはないですが、法律の社会的な意義や必要としている人がいることを、現場の視点から丁寧に説明するだけで十分な効果があります。
それから、法案に関する説明も重要ですが、まずロビイスト自身が信頼に足る人間であるという印象を持ってもらうことも大事です。初対面の国会議員の先生方と直接お話しして感触が良かったと感じる時は、「また来てくださいね」と帰りがけにお声かけいただくことが多くありました。そう言ってもらえればその日のロビイングは成功だと思います。
どんなに話していることが正しくて、的確であっても、そもそも信頼できない人の意見に賛同していただくことは難しいと思います。要するに、まず人として好かれることが大前提だということです。
明智 ロビイストに求められる資質などありますか?
米山 ロビイストに求められる資質には、次のような項目が挙げられます。
・バランス感覚
・判断力
・行動力
・立法活動に関する知識(国会の仕組み、予算要求等のスケジュール)
・忍耐力(怒りの感情のコントロール)
・議員との信頼関係、人脈
・権威
・社会的な認知度
・代表性
ただ、ほとんどの資質は実は持っていなくても大丈夫です。
判断力や知識、経験、人脈などは他者から借りて、補完することができるからです。
もちろん、他者から借りて補完することができない資質もあります。特に行動力と忍耐力、この2つは中心的にロビイングを担うロビイスト自身が持っていなくてはいけない資質で、両方とも他者に補完してもらうことが難しい資質です。
行動力がないと物事を進めることができませんし、忍耐力がないと続けることができません。また忍耐力の中でも、怒りに関する忍耐力がないと、怒りに基づく一つのミスでそれまでの全ての工程を台無しにするほどの失敗につながるリスクがあるため、怒りの感情は完全にコントロールしなくてはいけません。
とはいえ、あまり難しく考えずに、先人の知識と経験と人脈に遠慮せずに依存すれば良いと思います。
私も基礎自治体向けのロビイング経験はありましたが、国政でのロビイングの経験はほとんどありませんでしたので、この分野で実績のある「認定NPO法人シーズ・市民活動を支える制度をつくる会」の関口 宏聡さんや、「認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」の大西 連さんの知識や経験、人脈などをたくさんお借りしましたし、時には議員会館を一緒に回ってもらったりもしました。
明智 ロビイングで大変だったことはありますか?
米山 ロビイングで大変だったことは、自分の力が及ばないこと、コントロールできない要素が多すぎるということでした。国会議員や省庁のスキャンダル等で国会の審議が止まったり、大きな自然災害や突然の選挙、政党の解散や新設など、様々な要因で国会のスケジュールが変わったり、政党内や政党間の合意形成がやり直しになることもあります。そういった困難な中でも、とにかく忍耐強く、焦らず、丁寧にロビイングを続けることが重要だと思います。
明智 今後の取り組みなどを教えてください。
米山 頻度はかなり減りましたがロビイングは継続しています。アドボカシー活動においては、法律の成立はあくまで一つのステップでありゴールではありません。アドボカシー活動には、法律が成立して、実際に社会に良い影響を与えるようになり、その状況が継続し、さらに改善し続ける工程も含まれると私は考えています。
そのため、法律の成立後も気を抜かずに、法律で定められたことがしっかりと実行に移されているか、ウォッチしていかなくてはいけませんし、改善点があれば継続的に提言していかなくてはいけないので、私にもまだまだやるべきことがたくさん残されています。