「わかったつもり」に注意。今日から中小企業「SOGIハラ」「アウティング」対策が義務化
今日から中小企業でも、職場における「SOGIハラ」や「アウティング」の防止対策が"義務"になる。
2019年5月に成立した「パワハラ防止法」によって、すでに大企業では2020年6月からパワーハラスメントの防止対策を行うことが法的に義務付けられているが、今日、4月1日からは中小企業でも対策が義務化される。
このパワーハラスメントの中に「SOGIハラ」や「アウティング」が含まれていることを知っている人はどれほどいるだろうか。
「SOGIハラ」とは「性的指向(Sexual Orientation)や性自認(Gender Identity)に関する侮蔑的な言動」を言い、「アウティング」は「本人の性のあり方を同意なく第三者が勝手に暴露すること」を表している。
SOGIハラ・アウティング事例
具体的にはどんな行為が該当するのか。
筆者は「パワハラ防止法」施行を受けて、2020年7月に共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)を出版。パワハラ防止法の解説や「LGBT」に関するよくある勘違いをまとめ、その中でSOGIハラ・アウティングの事例について、以下のケースを取り上げた。
2021年11月には、特に「アウティング」の問題にフォーカスした単著『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)を出版。そこでは以下のような事例も掲載した。
これ以外にも、「『君は男なの女なのどっちなの、どっちかよくわからないから扱いづらい』と言われた」「レズビアンであることを上司や同僚に伝えたところ、飲み会で男性の上司から『男を知らないからレズビアンなんだろう』『(性行為に)俺も混ぜてよ』と言われた」など、さまざまなSOGIハラ・アウティングが現在も起きている。
参考:「男か女かわからないやつに営業させない」職場のSOGIハラ・アウティングどう防ぐ?
研修内容からも取りこぼされる
パワハラ防止法が施行されてから約2年。性的マイノリティをめぐる企業の対応は進みつつあるが、残念ながらSOGIハラ・アウティング対策が広く実施されているとは言えない。
すでに大企業の中には、ハラスメント研修などでパワハラ防止法について言及されているところもあるだろう。だが、そこで「SOGIハラ」「アウティング」についても適切に取り上げられ、周知されているだろうか。
残念ながら研修担当者の中にも、(実際には"見えていない"だけだが)「うちの職場にLGBTQはいない」と思ってしまっている人は少なくない。
研修担当者や経営層にジェンダーやセクシュアリティに関する基本的な知識がないことによって、「パワハラ防止法」そのものについては従業員に説明するも、SOGIハラやアウティングについてはごっそり抜け落ちてしまっている、といった研修の実態が漏れ聞こえてくる。
厚生労働省が委託実施した調査によると、性的マイノリティに関する取り組みを何か一つでも行っている企業は、大企業に絞ると約4割だが、中小企業を含めるとたった1割となる。
今日から中小企業でSOGIハラ・アウティング防止対策が義務化されるが、果たしてどれほどの企業が適切に対応できるのだろうか。
中小企業、どう対応できるか
企業における性の多様性と労務管理について解説した『LGBTと労務』(労働新聞社)の著者の一人で、社会保険労務士の手島美衣さんは、中小企業の実態として、「企業の規模にもよりますが、SOGIハラやアウティングについて、相談窓口の設置や研修などを実施するにもリソースが足りず、なかなか対策を講じることの難しさがある」と指摘する。
研修の実施が難しい企業に関しては、会社の「ハラスメント防止方針」などを「周知書」として普段の定例会議などで配布するように助言しているという。
周知書には、パワハラ防止法に基づき就業規則を変更したことや、相談窓口を設置したこと、またはそもそも「パワーハラスメントとは、SOGIハラやアウティングとは何か」といった内容を記している。「周知書」の例は『LGBTと労務』にも掲載されている。
相談窓口については、人事担当者から「社内で対応するにも多様な性のあり方について誰も知識を持っておらず、相談がきても適切に対応できない」といった不安の声も寄せられているという。場合によっては、手島さんが相談担当として相談を受けることもあり、他にも外部の専門相談窓口の利用を勧めるケースもある。
もしパワハラ防止法を守れなかったら?
法律によってハラスメントの防止対策を義務付けることの重要性は、企業の「意識の有無」にかかわらず、対策をしなければならないとする強制力にある。
特にSOGIハラやアウティングなどは、ただでさえよく知られておらず、近年は性の多様性に関心が集まりつつあるが、意識のある人とない人とのギャップも広がっている。だからこそ、知識や意識の有無にかかわらず、最低限の防止対策が広がることが重要だ。
もしパワハラ防止法の措置義務を守れなかった場合どうなるのか。
企業が労働関連の法制度を守っているか監督する「労働基準監督署」は、定期的にランダムで調査を行っており、もし調査の対象の企業となったら、パワハラ防止法の定める対策を行っているかヒアリングされるという。
そこで報告に応じなかったり、虚偽の報告をした場合には過料が発生する。さらに、違反が判明し、助言や指導、勧告などを受けても是正や改善などがされなかった場合、企業名が公表される可能性がある。
今後、企業に相談窓口が設置され、SOGIハラやアウティングの問題が顕在化されていくことで、被害を受けた当事者による労働局や労基署への通報や、労災申請が増えていくことも予想されるだろう。
わかった気にならず学び、未然に防ぐ
手島さんは、「重大な事件が起きる前に対策することで、加害者も被害者も生まず、すべての従業員を守ることにつながるという視点を持って欲しい」と話す。
既に深刻なSOGIハラやアウティングの被害は各所で起きてしまっているだろう。ただ、その手前には、偏見や誤解による発言があり、早い段階から学ぶことで防ぐことができることも多いはずだ。
以前、ある企業の人事担当から相談を受けたという手島さん。その企業で、自分らしく働くことをテーマにしたPR動画が作成された際、人事担当はある従業員から性的マイノリティであることをカミングアウトされたという。
担当者としては肯定的に受け止め、"自分らしい姿"で動画に出てもらおうとしたが、部署の上司が「他の人に驚かれるからやめてほしい」と本人に伝えてしまった。
この発言自体をハラスメントと判断することは難しいが、「その上司の主観により行われたもの」なのか、「労務管理上必要な注意であったかどうか」は確認していく必要がある。
「納得のいかない注意を受けることにより従業員のモチベーションは低下し、それは会社の損失にも繋がる」と手島さんは指摘する。
未然に防止対策を行っていたとしても「意図せず発した言動などによって相手を傷つけてしまうことを100%避けることはできません。けれど、間違えてしまったときに指摘してもらえたり、しっかりコミュニケーションをとって学びを深めることが、ハラスメントのない職場環境作りのために重要です」と手島さんは話す。
さらに、近年は性的マイノリティに関する情報が増えたこともあり、逆に経営層などが「わかったつもり」になってしまっている点も問題だと指摘。
「今のところ問題が起きていないように見える企業で、社長もジェンダー格差やLGBTQへの差別などは『問題だ』とは認識しているけれど、一方で『自分は差別していない』と言い切り、うちでは対応は必要ないと考えてしまっているところもあります」と手島さんは話す。
しかし、表面的には"平等"に見える企業であっても、性的マイノリティ当事者の人事担当者や経営層でさえカミングアウトできないというケースが少なくないという。
「だからこそ、これを機に普段のどんな言葉やコミュニケーションが問題となり得るのか、研修や啓発によって学び直すことが重要だと思います」と手島さんは語った。
中小企業のSOGIハラ・アウティング対策、どう広げるか
今後、SOGIハラ・アウティングの防止対策をどのように中小企業にも広げていくことができるだろうか。
手島さんは普段の関わりの中で、中小企業の経営者は、会社で起きた問題について定期的に連絡をとっている税理士に相談するケースが多いと感じているという。
「税理士からも経営者にSOGIハラ・アウティング対策を講じることを勧めたり、または性の多様性に関する専門的な窓口につないでもらうことができれば、より施策が広がっていくのではないか」と話す。
中小企業の人事担当者には、積極的に各都道府県労働局の「総合労働相談コーナー」や、手島さんも所属する、職場と性の多様性に関する課題について活動している「SR LGBT&Allies」などの団体に相談してほしいという。
「施策や解決の方法は一つではないので、セカンドオピニオンのように、できれば二つ以上の窓口に相談して、いろいろな選択肢から企業にあったものを選んで欲しいと思います」と語る。
法律で防止義務、根底には理由がある
「最近はなんでもかんでも◯◯ハラスメントになってしまう」と揶揄する言葉を耳にすることがある。しかし、手島さんは「法律で防止対策を義務付けるということの根底には、ちゃんと理由があります」と指摘する。
何がハラスメントなのかを憶測で理解した気になることで、企業側は「なんでもハラスメントになり対応しきれない」と決め付けてしまったり、一部の従業員も「すべてハラスメントだ」と誤解してしまう懸念もある。
どんな言動がハラスメントに該当するのか、その定義や行為の類型などは、パワハラ防止法や指針などでも明記されている。
何がハラスメントなのかを知り、適切に対策を講じることで、結果的に多くの従業員を守ることにつながるのではないだろうか。
付録:パワハラ防止指針に基づく、SOGIハラ・アウティング対策「10のポイント」
1.ハラスメントの内容と禁止される旨を方針等に明確化し、周知・啓発する
- 「SOGIハラやアウティングをしてはいけない」という前提を就業規則に明記
- 「何がSOGIハラやアウティングに該当するのか」「どうすれば防ぐことができるか」といった具体的な内容を、研修等を通じて周知啓発。(※指針では、特にアウティングについての周知啓発を特記)
2.懲戒規程等を整備し、周知・啓発する
- もしSOGIハラやアウティングが起きてしまった場合に厳正に対処されることを就業規則等に明記。
- 懲戒規程には重い処分もあるため、そもそもどんな行為がSOGIハラやアウティングに該当するのかを明確にし、周知する。
3.相談窓口を設置し、周知・啓発する
- SOGIハラやアウティングについて相談できる窓口を設置し、相談が可能なことを周知する。
4.相談内容や状況に応じて適切に対応できるようにする
- 3に続き、ただ相談窓口を設置するだけでなく、実際に相談がきた際に適切に対応できるようにしておく。
- 例えば、相談担当者が性のあり方について適切な知識を有していなかった場合、「気にしすぎじゃない?」といった発言や、または相談者の性のあり方をさらにアウティングされるなど、相談が二次被害につながってしまうこともある。
- 特に第三者へ情報共有が必要な場合は、必ず本人確認を徹底することが重要。
5.事実関係を迅速かつ正確に確認する
- SOGIハラやアウティングが起きてしまった際に、事実関係を正確に確認する。
- 被害者が「性的マイノリティであるかどうか」ではなく、「性的指向や性自認が何であれ」それらの属性を理由としたハラスメント等が行われていたかどうかを確認することが重要。
- 事実を正確に把握することはもちろん、職場のパワーバランスや性のあり方に関する差別や偏見の状況などから、相談者が適切に事情を説明できない場合もあることを念頭におき、対応する。
- 相談者や行為者にカミングアウトを強制したり、または相談員がアウティングなどの二次加害を起こさないよう情報管理も注意。
6.(パワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合)被害を受けた労働者に対する配慮のための措置を適正に行う
- SOGIハラやアウティングが起きてしまった場合、相談者が不利益を受けないよう適切な対応が必要。
- 特にアウティング被害が生じた場合、現状どの範囲にまで広がってしまっているのか確認し、本人に共有すること、それ以上広まらないよう対処する。
7.(パワーハラスメントが生じた事案が確認できた場合)行為者に対する措置を適性に行う
- もしSOGIハラやアウティング被害が実際に起きてしまった場合には、懲戒規程に該当するか、該当する場合は規定に則って適切に措置を行う。
- 行為者による被害者への真摯な謝罪も必要。
- 行為者が性的マイノリティの当事者である場合もあるため、被害者はもちろん、加害者のプライバシー保護も必要になることに注意が必要。
8.改めて職場におけるパワーハラスメントに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた措置を講じる
- 今後、再びSOGIハラやアウティング被害が起きないよう、改めて周知・啓発。
- 被害が起きた特定の部署だけに周知啓発などを実施すると、憶測を呼び更なるアウティングにつながってしまう可能性もあるため、全体で実施することが望ましい。
9.プライバシー保護
- パワハラ防止指針では、上記の1〜8に「併せて講ずべき措置」として、性的指向や性自認に関する情報を含むプライバシーの保護を強調。
- 性的指向や性自認など、性のあり方に関する情報は、依然として「たいしたことはない」と思われがちだったり、良かれと思って・悪気なく情報が共有されてしまうこともある。→性的指向や性自認などは「機微な個人情報」であることを改めて周知し、社内手続きでの情報の取り扱いなどを点検することが重要。
10.いわゆる「報復」の禁止
- もう一つ「併せて講ずべき措置」として、「報復」の禁止が規定。
- SOGIハラやアウティング被害を相談した人などが不利益な取り扱いを受けないことを定め、周知啓発する。
- 例えばSOGIハラを行った人が、その被害を訴えた被害者への報復のために、さらにアウティングをしてしまうといったことが起きないように対策する。