「男か女かわからないやつに営業させない」職場のSOGIハラ・アウティングどう防ぐ?
企業にパワハラ防止対策を義務付ける「パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)」の施行から1ヶ月。大企業ではすでに職場におけるパワーハラスメントを防ぐことが”義務”となっている。
しかし、机を叩く・怒鳴るなど”イメージしやすい”パワハラですら、依然として多くの職場で確認されている。
その上、今回パワハラ防止法に含まれることになった「SOGIハラ(性的指向や性自認に関する侮蔑的な言動)」や「アウティング(本人の性的指向・性自認について同意なく第三者に暴露すること)」は、それ自体をハラスメントとすら認識されることなく横行している。
2022年4月からは大企業だけでなく、中小企業でもパワハラ防止対策が義務化される。今後、どれだけの企業がこの法律を守れるかがハラスメントをなくす上で重要な鍵となる。
実際に起きているSOGIハラ・アウティング例
厚労省が行ったLGBTに関する職場実態調査によると、LGBTではない人の約9割が「世の中にLGBTと呼ばれる人がいること自体」は認識している一方で、「自分の職場には当事者はいない」と思っている人は約7割に上る。
なぜなら、職場でカミングアウトしている当事者は1割前後であり、多くの人は周囲にいる当事者の存在について気づいていないからだ。
そのため、行為者も”悪気なく”「SOGIハラ」や「アウティング」を起こしてしまうのだろう。突然「SOGIハラ」と名前が付けられ法制化されても、何が問題なのか、どう気を付けたらいいのかわからないと感じる人は少なくないかもしれない。
ここでは、実際に起きているSOGIハラ・アウティングの事例について紹介していきたい。(個人が特定されないよう事例は一部加工している)
会社の飲み会で男性社員が女装し、社員同士が抱き合っている様子を見て、他の同僚が「お前らホモかよ気持ち悪いな」と嘲笑っているのを見た。
二次会のカラオケでは自分の言動が女性的だからと「オカマみたいできもい」と何時間も執拗に責められ、辛くてなるべくトイレにこもっていた。この職場では絶対にカミングアウトできないと思った。
同僚の前で上司に「この人は元男性で...」とトランスジェンダーであることを暴露され、その後職場で「気持ち悪い」と責められるようになった。
法律上の性別を変え結婚をしているが、結婚相手に対しても「そんな”物好き”がいるのか」と言われた。
こうした性のあり方を嘲笑され攻撃される例は、当事者・非当事者を問わずこれまで見聞きしたことがある人は多いのではないか。
中には、
レズビアンであることを上司や同僚に伝えたところ、飲み会で男性の上司から「男に興味がないなら良いだろう」と言われ胸を触られた。「男を知らないからレズビアンなんだろう」「(性行為に)俺も混ぜてよ」と言われた。
など、SOGIハラであり、かつ明らかにセクハラや性犯罪にも該当するものもある。
「噂」として広がり追い詰められる
「噂」として広められてしまうことで精神的に追い込まれるケースも少なくない。
特定の人にしかゲイであることをカミングアウトしていなかったのに、いつの間にか噂として広められてしまい、一部の人たちから無視されるようになった。
陰では「オカマちゃん」と笑われていることを知った。さらに、得意先にまでアウティングされ、営業中に「彼女を作るべきだ」と説教されるようになった。
トランスジェンダーであることを暴露され噂が広がってしまい、わざわざ別のフロアの従業員が物珍しさに覗きにくるようになった。
カミングアウトした人たちには、「やっぱり声は低くて”男”だね」と言われ、一方で「座るときの所作は女っぽいね」などと身体や言動の男らしさ/女らしさを評価され苦痛に感じた。飲み会では常に「”下”はどうなっているの」と身体の状態について聞かれ続けた。
トランスジェンダーであることを伝え、性別適合手術を予定していることを職場の上司に伝えていたところ、オフィスで営業電話をかけている際、「お前は手術して男になるために稼ぐんだろ、もっとがんばれ」などと大声で言われた。
営業先では「君は男なの女なのどっちなの、どっちかよくわからないから扱いづらい、担当を変えてくれ」と言われた。
カミングアウトする/しないの強制
カミングアウトを「強制する」ことがハラスメントに繋がる可能性もある。
トランスジェンダーであることを上司に伝えたら、朝礼で全員に説明しろと言われ、実際に複数回カミングアウトを強制させられ適応障害を発症し、退職することになった。
自分らしく働きたいので、他の従業員にカミングアウトをしたいと上司に伝えたところ、「みんなが戸惑って仕事に支障をきたすからカミングアウトするな」と言われた。
このように、カミングアウトを”させない”強制にも同じく注意が必要だ。
また、上記のようなものの中には「良かれと思って」行われてしまったハラスメントも少なくない。
レズビアンであることを先輩社員に伝えたところ、ある時取締役に呼び出され、そっとLGBTに関する本を渡された。
おそらく理解を示すために本を渡してきたのだと思うが、その後自分がレズビアンであることが上司にも伝わっていることや、人事情報としても引き継がれていることが発覚。廊下を歩く時に、誰が知っていて誰が知らないのか、評価に影響するのかなど疑心暗鬼になり誰も信用できなくなってしまった。
被害者はLGBTだけじゃない
SOGIハラの被害者は必ずしも「LGBTの当事者」に限定されるわけではない。
会社でバイセクシュアルであることをオープンにしている社員と仲が良く、よく社員食堂でランチを一緒に食べていたら自分も当事者だとレッテルを貼られ「はやく言えば良いのに」などと嘲笑されるようになった。
飲み会で端から順番に「お前は男が好きなのか」と聞かれ不快だった。「あの人は結婚していないから絶対ゲイだろう」と噂を流された。
デスクにピンク色の物が置いてあったことで「オカマみたいな物をデスクに置いてるんじゃねえ、もっと男らしくしろ」「オカマみたいな奴には営業はさせられない」などと責められた。
また、ある特定の人に対する直接的な言動だけでなく、一般論かのような嘲笑にも注意が必要だ。
職場で「レズとホモ、どっちがマシか」という話題で笑いが起きていて辛かった。セクハラ関連の研修後に受講した社員が「とはいえホモとかやっぱり気持ち悪いよね」と笑いながら職場に戻って行ったのを目撃した。
SOGIハラの「SOGI」は「性的指向(Sexual Orientation)」「性自認(Gender Identity)」の頭文字からとった言葉だ。
性的指向が異性や同性に向くことや、生まれた時に割り当てられた性別に対し、性自認が一致している/していないかは、LGBTだけでなく”全ての人”に当てはまる属性。
例えば「男性が女性的な振る舞いをしている」からという理由で、憶測で「あの人は同性愛やトランスジェンダーだろう」と判断し、「ホモ」や「オカマ」などと嘲笑するという事例は、学校や職場などで見聞きしたことがある人が多いのではないか。
被害者はいわゆるLGBTの当事者だけでないことから「LGBTハラスメント」ではなく「SOGIハラスメント」という言葉が使われている。
認知度が低かった「マタハラ」という言葉
ちなみに、妊娠・出産等に関するハラスメントを「マタニティハラスメント(マタハラ)」と呼ぶが、男女雇用機会均等法や育児介護休業法で、企業はマタハラ防止措置を講じることが義務付けられている。
連合によると「マタハラ」という言葉の認知度は2013年時点で約6%だったのが、2015年には約93%まで上昇している。マタハラ自体がなくなっているわけではないが、少なくともマタハラを「してはいけない」という認識自体は広く共有されてきていると言えるだろう。
厚労省の調査によると、「SOGI」という言葉の認知率は約2〜7%だった。もちろん言葉が知られることは通過点でしかなく、マタハラや今回のSOGIハラなどについても、わざわざ「○○ハラスメント」と括らなくても既存のセクハラなどの枠組みで対応できる方が良い。
しかし、残念ながら既存の法律では範囲の対象とならず、多くの人はハラスメントと認識していない現状を変えるためには、新たに「枠」を設ける必要がある。
今後「SOGIハラ」や「アウティング」という言葉の認知度が上がることで、社会に残る多様な性のあり方に関する差別について認識が広がり、ハラスメントやアウティングの未然防止に繋がることを期待したい。
鍵は企業の「取り組み率」を上げていくこと
2013年に集英社新書から牟田和恵さんによる『部長、その恋愛はセクハラです』が出版され、セクハラに関する加害者と被害者の認識のすれ違いを解説し話題を呼んだ。
約7割が「うちの職場にLGBTはいない」と思っている2020年現在、企業に求められるSOGIハラ・アウティング防止対策についてまとめた『LGBTとハラスメント』が集英社新書より出版される。また、7月17日(金)にはオンラインで出版記念イベントを開催する。
いかに「SOGIハラ」「アウティング」について認識が広がり、一社でも多くの企業がパワハラ防止法で定められる「義務」を守り、実施するか。企業の取り組み率をいかに上げていくかが今後の課題だ。