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「シルワン―侵蝕される東エルサレム―」・2〈家屋破壊・2〉

土井敏邦ジャーナリスト

工場を破壊された木工職人モハマド(2019年7月/撮影・土井敏邦)
工場を破壊された木工職人モハマド(2019年7月/撮影・土井敏邦)

〈家屋破壊―モハマド・アルアバッシーの場合〉

【土地は私の“魂”】

 「私はモハマド・アルアバッシー、32歳です。結婚し3人の子どもがいます。シルワンで家具職人として働いています。この工場の建物は家具を制作し販売するために建てました。しかし裁判所は破壊命令を出しています。2ヵ月前の2018年5月24日に破壊される予定でしたが、弁護士の努力で、次の警告まで破壊を引き延ばすことができました。しかし破壊命令自体はまだ生きています」

 「建設許可が得られず、『違法』だとわかっていてもこの工場を建てたのは、他に選択肢がなかったからです。この土地は祖先から受けついたものです。他の場所にも土地があります。しかしそこもここと同じくイスラエルによって破壊される危険にさらされています。

 この工場の建設に50万シェケル(約1,500万円)がかかりました。人件費は15万シェケル(約450万円)です。生活費を稼ぐため、この工場のために、自分には土地があるのに、なぜ家を借りて家賃を払わなければいけないんですか。イスラエル当局はこうやって私たちをシルワンから追い出し、『アパルトヘイト壁』(ヨルダン川西岸とイスラエルとの間との『分離壁』)の外に私たちを追い出したいんです」

建設費は1,500万円。この工場の建物には木工所、絨毯店、レストランなどが入っていた。(2018年7月/撮影・土井敏邦)
建設費は1,500万円。この工場の建物には木工所、絨毯店、レストランなどが入っていた。(2018年7月/撮影・土井敏邦)

 「建設許可を申請しました。しかしそれを得るのは最初から難しく、実際、拒否されました。エルサレム市当局はこの地域を『神聖で歴史的な盆地』と宣言しています。つまり古代ユダヤ国家の遺跡の土地だというのです。そこに私たちパレスチナ人が家を建てるのを禁止しています。私と弟はそれぞれ3エーカー(1.2ヘクタール)の広さの土地を二箇所持っています。それなのに、どこへ行けというのですか?」

 「5年前の2013年、私のこの工場の『建設許可の拒否』の最終決定が出ました。私たちは『工場を守れるかどうかは神の手に委ねよう。敵と向き合い、抵抗しよう。そのための代価を引き受けよう』と覚悟を決めました。だから『建設許可証』の発行を拒絶されるとわかっていても、この瞬間まで、自分たちは計画を進めています」

 「市当局による破壊命令に私は心理的に打ち壊されました。この工場の建物に生活を依存しているのは私だけではありません。3家族32人がこの建物に生活を頼っているんですよ。しかも固定資産税として毎年6万9千シェケル(約207万円)が課せられます。家が破壊されてもその固定資産税は支払い続けなければなりません」

「自分の土地なのに、どこへ行けと言うんですか!」と訴えるモハマド(2018年7月/撮影・土井敏邦)
「自分の土地なのに、どこへ行けと言うんですか!」と訴えるモハマド(2018年7月/撮影・土井敏邦)

 「イスラエル当局のこの『家屋破壊』政策の主な目的は、政治的なものです。これは純粋に政治的な目的です。イスラエルはこの土地からパレスチナ人を追い出すという目的のために『宗教上の理由』を持ち出しているのです」

 「私の祖父はこの大通りのこちら側の土地の所有者でした。この大通りはかつては狭い農道でしたが、エルサレム市当局が『ここに大通りを造るので、土地を提供してほしい』と祖父に言ってきました。祖父は公共の利益のために無料で提供しました。それは広い土地でしたが、その見返りは求めませんでした」

 「この土地は私たちの土地です。この土地を世界のどの土地とも交換することはできません。仕事や勉強のために海外へ出ることはかまいません。私自身、4年間、エジプトの大学に留学しました。しかしその後は祖国にもどってくるべきです。永久に故郷から離れることはできません」

 「私にとって“土地”とは何かって?“土地”は私の魂であり、宗教です。私の子ども時代もここにあります。コラーンにも言及されているように、エルサレムはイスラムに重要な場所なのです」

【1年後の破壊】

 1年後の2019年7月、シルワンのモハマドを再訪すると、5日前に仕事場の工場はエルサレム当局に破壊されたばかりだった。かつて工場のあった場所は、瓦礫の山となっていた。

破壊された直後のモハマドの工場(2019年7月/撮影・土井敏邦)
破壊された直後のモハマドの工場(2019年7月/撮影・土井敏邦)

 「最後の1ヵ月半は慌ただしく、3つの裁判が行われました。地方裁判所、控訴裁判所、最高裁判所での裁判です。最後の最高裁での判決が出たのは7月17日です。正午に最高裁で判決が出て、13時にはもうブルドーザーがここに来ていました。つまり既に準備は整っていたのです。朝8時からブルドーザーは近くのジャバル・ムカッビル地区に来ていて、いつでも破壊を始められるように準備万端だったのです。

 特殊部隊の兵士が80人、警察官が28人、あと市の職員です。ここに13時から6時までいました。約3時間です。大きなブルドーザー2台で破壊しました。

 破壊される前に家から取り出せたのは、仕事用の機器です。研削機、木工用の機械など重い機械は持ち上げるのに特別な機械が必要で、1~2時間では外に出せませんでした。建物の中にあったレストランの冷蔵庫や他の機器など全てが破壊されました。建物の中にあったほとんどの物が破壊されたのです。この損害は780,000シェケル(2,340万円)です」

 「自分で建物を破壊する『自己破壊』をすれば、『破壊』にかかる費用は支払わずにすみます。しかしできませんでした。自分の手で建物を壊すのは耐え難かったのです。私たちは壊すために建てたのではないのです。もし私が自分で壊していたら、イスラエルが世界に向けて喧伝する『家主が違反者だと認めたから、自ら家を壊したんだ』というイメージ操作に利用されますから」

 「ブルドーザーがやってきて破壊するのを目撃したとき、私は笑っていました。笑えてきたんです。もちろん悲しかったです。人生を懸けて建てた建物でしたから。でも打ち負かされたとは感じませんでした。屈しません。

 妻と子どもたち――5歳の息子マフムードと4歳の娘ターラは破壊跡を見て、『次の日から建て直しを始めて』と私に言いました。『パパ、一から建て直して』と言うのです」(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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