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世界選手権連覇の宇野昌磨、今季は表現に注力「自分が感動するようなフリープログラムに出来たら」

沢田聡子ライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

今の宇野昌磨は、表現に全力を注いでいる。

宇野は、10月7日にさいたまスーパーアリーナで行われた「カーニバル・オン・アイス2023」で、今季の新しいフリープログラムを初披露した。黒地に深緑の差し色が入った衣装をまとった宇野は、冒頭からセーブすることなく渾身の表現をみせている。

今季のフリーは、世界選手権で初優勝した一昨季のショートプログラム『オーボエ協奏曲』、世界選手権連覇を果たした昨季のフリー『G線上のアリア/Mea tormenta, properate!』と、2季続いて共に傑作を創り上げてきた振付師・宮本賢二氏によるプログラムだ。

使用する音楽は『Timelapse』『Spiegel im Spiegel』で、全体を通して静かで内省的な曲調になっている。『Timelapse』は静止画を続けて表示する撮影方法を意味するようだが、流れの中で次々と印象的なポーズをとっていく宇野の演技には、そのタイトルを体現するような美しさがあった。

哀愁を帯びた『Timelapse』から温かみのある『Spiegel im Spiegel』に曲が変わると、宇野のスケートにも穏やかさが加わった。一歩一歩を踏みしめるような独特のスケーティングがプログラムに重厚感を与え、観る者の視線を吸い込んでいく。

フリーを滑り終えてほっとしたような表情をみせ、一度リンクから出た宇野は、拍手に応えて再び氷上に姿を現した。『I Love You』が流れ、今季ショートの終盤部分を滑り始める。何処となく不穏な雰囲気も漂う曲を全身でダイナミックに表現した宇野は、氷に膝をつき大きく背を反らすポーズで演技を締め括った。

昨季の宇野は、4回転4種類5本を組み込む高難度構成のフリーを滑っていた。ジャンプをすべて跳び終えた終盤のステップシークエンスでみせていた鬼気迫る表現が、今季のプログラムでは全体を通してみられる。この日もトリプルアクセルと4回転は跳んだもののコンビネーションジャンプは組み込まない構成に抑えたのは、何よりも表現を重視する強い意志の表れだろう。

その翌日に行われたグランプリシリーズ2023の記者会見場に姿を現した宇野には、どこか達観したような雰囲気が漂っていた。

「今年の目標は「自己満足」です」

「自己満足」と自筆で書いたフリップを手に、宇野はそう宣言している。

「まずこの2年間、本当に自分が思っていた以上の結果を出すことができました。ただ結果には満足していますけれども、どうしても自分の演技に関しては、なかなか満足できるものというか、もう一度観たいと思えるような演技をしてこられていないというのが、僕の感想です。

その理由としては、やはりジャンプが中心のプログラムになってしまっている。そういうところから、やはり日々の練習のやりがい、試合が終わった後の自分の演技に対しての感想が『ジャンプが跳べたか・跳べなかったか』それだけになってしまっているということが、すごく(昨)シーズン後半で辛い部分もあったので。

このシーズンオフいろいろなアイスショーに出て、『自分にとってスケートの何にやりがいを持てるのか、自分が満足できるのか』ということを考えた先に、表現力というところを今年は頑張っていきたいなという思いを込めて、こういう言葉を書かせていただきました」

「正直、ジャンプを頑張ることが競技の順位・点数を求めるにあたって一番必要なことだと思っているので、この2年間ジャンプを頑張りましたが、書いてある通りに、ここからは自己満足のために自分の表現力というものを頑張っていきたいなと思っています」

さらに宇野は、グランプリシリーズの解説者として会見に出席していた町田樹氏の質問に答える形で、今季のプログラムについても説明している。

宇野は、ランビエールコーチの振付はいつも挑戦的で難しいと感じているという。しかし、今季のショートは例年よりも「僕のやりやすい部分がちょっと前に出たプログラムになっている」と述べ、「今年は例年よりもクオリティの高いショートプログラムがお見せできるんじゃないかなと思います」と自信をのぞかせた。

逆に、フリーを振り付けた宮本賢二氏には「初めから自分の体になじむようなプログラムをいつも作っていただく」と感じているが、「今年はちょっと挑戦的なフリープログラム」と説明。ジャンプを跳ぶ直前まで表現することを心がけると同時に、体力のペース配分を考えずに「前半で使い切るつもりで、日々練習しています」とも述べている。

「まだまだできないところもありますけれども、これをワンシーズン通して、自分が感動するようなフリープログラムに出来たらなと思っています」

宇野の言葉の端々から、表現へ傾ける圧倒的な熱量が感じられた。

ジュニア時代から卓越した表現力で知られた宇野は、当時はトリプルアクセルの習得に苦しんでいた。それから鍛錬を重ねて高難度ジャンプを習得し、世界選手権連覇を成し遂げた今、宇野は自分を納得させられる高度な表現を求めている。

正解がない表現力を磨き上げようとしている宇野は、常に自らを冷徹な視線で見つめるスケーターでもある。宇野が掲げた『自己満足』というテーマは、実はこの上なく厳しい課題なのかもしれない。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。2022年北京五輪を現地取材。

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