差別に立ち向かう、ノルウェー映画界の模索とプロジェクト資金申請に潜む課題
ノルウェー文化における平等と多様性の促進に向けて、映画関係者向けの啓発講義について紹介したいと思います。
バランセクンスト(Balansekunst)は、ノルウェー文化における平等と多様性を促進するための共同作業を行う、ノルウェーでは知られた団体です。首都オスロでは、同団体による「映画産業はみんなに開かれているか?」という啓発講義を開催されました。
同団体のアイヴィン・ブレイリさんは、業界内の構造的な問題に気づき、それに取り組むためにはまず「言葉」が必要だと語りました。平等と多様性に取り組む上で重要なのは、どのような構造が特定のグループにとって難しい状況を生み出しているのかを理解し、それを表現する適切な「言葉」を見つけることだ、と。
わたしたちには言葉が必要だ
「言葉は平等闘争の核心であり、差別的構造を説明する言葉がなければ、それを見つけるのは非常に難しい。つまり、言葉は非常に中心的なものであるにもかかわらず、専門用語を知らなければ、時に障壁となることもあるのです」
ノルウェー映画業界の構造問題
ノルウェー映画業界では、女性のプロジェクトが男性よりも予算が少ないなどの問題が浮き彫りになっています。映画におけるジェンダーや少数派のキャラクターの表現にも課題があります。
同団体が現地の新聞や関連機関の調査を参照にまとめたデータを見てみましょう。
- 2018年、ノルウェー・映画協会から製作助成を受けたプロジェクトにおける女性の割合は48%、長編映画では56%
- 女性監督のプロジェクトは、男性監督のプロジェクトよりも予算が大幅に少ない。女性監督の予算は男性監督の予算の3分の1を占める
- 子ども向けの長編映画における女性の主役の割合は、2016年には0%、2017年には17%、2018年には50%
23年から22年の間に、映画館で配給された230本のノルウェー映画のうち
- 先住民族または少数民族を代表する主役2作品、脇役2作品
- 異性愛者以外の性的指向を持つ主役1作品と脇役2作品
- 規範に反する性自認を持つ主役1作品、脇役1作品なし
- 障がいのある主役4作品、脇役2作品
- 移民一世の主役5作品、脇役9作品
- 女性の主人公に関しては、数字が良くなっており、女性の主人公は230本中102本で観察され、46%に相当
- 2017年、ノルウェーの長編映画の主役の27%は女性が演じた。2018年には、長編映画の主役の女性の割合は52.5%に上昇
- 2017年秋と2018年春には、ノルウェーの長編映画でカメラの後ろの主要な機能(脚本、監督、制作)で女性が占める割合はわずか17%
- 長編映画だけでなく、2018年に公開されたすべての映画を見ると、主要なポジションの女性の割合は33%です。これは、女性の割合が30%であった2017からわずかに増加
「あなたの業界は社会を反映しているか?」
アイヴィンさんはノルウェー社会に住む市民の特長を挙げたました。そして、「あなたの職場はこのような社会を反映していますか?」と問いかけました。このような問いは日本の全ての職場でも必要なものでしょう。
- 5人に1人が多文化を背景としている
- 5人に1人が障がいを抱えている
- 約10%がLGBTQ+-である
- ノルウェーは、少数民族や先住民、さまざまな宗教の人々、さまざまな社会経済的背景を持つ人々、あらゆる性別の人々を受け入れている
「あなたの仕事先はこのような現状を反映していますか?」
これらの問題に対処するためには特権の問題も見直す必要があります。そこで、特権性を自覚するための質問が提示されました。あなたはいくつ当てはまるかチェックしてみましょう。
- 職場やその他の必要な場所で、私だけが自分のアイデンティティを持っていることはめったにない
- 私の仕事の応募書類は、私の名前のせいで選別される危険はありえない
- 階段を登ることができる
- 人ごみの中で人が話していても、何を言っているのか聞き取れる
- 他人に、「あなたは間違ったトイレにいる」「間違った着替え室にいる」、アパレル店で「ここは男性/女性向けの場所で、あなたはあちら」などと言われることはない
- 自分の性的指向を説明する必要がなかった
- 攻撃的だと思われることを恐れずに、自由に直接話すことができる
- 私にとって重要な祝日には、カレンダーに赤い印がついている
- 自分のスタイルを自由に選ぶことができ、自分のスタイルを心配したり、たとえば本来のヘアスタイルが「プロらしくない」と思われる心配がない
- 窃盗や犯罪行為を疑われることもない
- セクシャルハラスメントや暴行、レイプの被害に遭ったときにも、薄着であることを非難される心配がなく、好きなものを着ることができる
- 他人からの批判を気にすることなく、好きなものを食べることができる
- 呼び止められることを恐れずに、警察官の前を通り過ぎることができる
- 初めて会う人には、正しいジェンダー代名詞を使ってもらえる
- 私に似た人々が被害に遭ったり、苦しんだりしている映像に触れることはあまりない
- 私のアイデンティティが公の議論の対象になることはない
- 学校の教科書には、私に似た人たちの写真がたくさん載っていた
文化界における特権
- 私は業界団体の人たちを知っている
- プロジェクトの資金をどこに申請すればいいかを知っている
- 経済的に困難な場合は、家族が助けてくれる
- 自分が所属するグループを代表していると認識されるのではなく、芸術を創作することで自分自身を表現することができる
- クオーター制に関する議論や討論に直面したことはない
- 審査員たちは自分が活動している芸術の伝統を知り、理解している
- プログラムにある美術テキストや展覧会を読み、理解することができる
- 一緒に働く人たちに批判的なフィードバックをすることを恐れることはない
- 仕事で嫌なことがあっても、どこに相談すればいいかわかっているし、解決できる自信がある
- 仕事や給料を得るために好かれる必要はない
みなさんは何個当てはまったでしょうか。筆者は20個以上当てはまり、ノルウェーに住むアジア人移民として、特権性はあまりもたないことを改めて感じました。
特権の問題が根付く「プロジェクトの資金申請」
さて、最後に「特権性」の質問項目にもあった「プロジェクトの資金申請」について考えてみたいと思います。
「プロジェクトの資金申請」においても、特権のある人々が優位に立つことがあり、これが映画業界の不平等につながっています。申請方法の複雑さや特権的な立場による差別をなくすために、システムを改善する必要があります。
まず、物価や税金の高いノルウェーでは、北欧諸国の中でも特に、市民は政府や自治体・団体などから「助成金」をもらうことに一生懸命という傾向があります。日本は「自己責任」論が強いこともあり、ノルウェーほど助成金を求める文化は強くありません。
ノルウェーでは歴史がある団体や企業ほど、このような自分たちの業界の「プロジェクトの資金申請」構造を理解しており、「どのように書類を埋めれば、資金援助がされやすいか」を理解しており、資金申請書を書く専門家の仕事もあるほどです。
社会や各業界の差別構造に気が付き解消していくためには、「その業界の力関係を理解する」ことをアイヴィンさんは指摘していました。
バランセクンストは平等で多様な文化生活に貢献する組織に助成金を提供していますが、その申請方法の問題が指摘されています。申請プロセスの透明性やアクセシビリティを向上させる努力が求められているのです。
問題となったのは、まさにこの申請方法が複雑であり、職種に関連する高学歴者や、過去にヒット作品を出したことがある既存組織のほうが「審査に合格しやすい」ということでした。
そして、「申請方法の動画を出すなど、もっと申請の敷居を低くしてほしい」という声がでました。
それに対して、別の人が「電話すればいいじゃないか。審査員はみんな親切だ」と言いました。
「それがまさに特権のある人の考え方。審査員が良い人かなんて、こちらには分からない。電話するということ事態にためらう人がいることがわかっていないんだ。電話すればいいじゃないか、問い合わせればいいんじゃないかと、そういう言い方がされることと、どうしても触発される」と、会場は議論で熱を帯びました。
「電話すればいいじゃないか」と言った人は、まさか自分が「特権性をもつ」立場だとここで指摘されるとは思ってもいなかったのでしょう。
なぜ電話することにためらう人がいるのか、その背景が見えていなかった。その不自由さを自覚する必要がない特権性をその人は持っていたのです。
映画業界における特権構造の問題は、申請方法だけでなく、制作から配信までのあらゆる段階で見直しを必要としています。これにより、ノルウェー映画業界がより公正で包括的な環境へ向けて進化することが期待されます。
Photo&Text: Asaki Abumi