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保護者が心配を口にした、そこからホンモノになった公立小学校の自由進度学習

前屋毅フリージャーナリスト
5年生の自由進度学習の様子。学び合いも重要だ。   写真提供:美女木小

 心配の声が、今年6月、埼玉県戸田市立「美女木小学校」で保護者に公開された5年生の算数における自由進度学習の授業について起きてきた。一方的なクレームではなく、心配する声が聞こえてきたのだ。「教員としては戸惑いました」というのは、美女木小で5年生の学年主任を務める真田尚也さんだった。

|バラバラにしかみえないことが心配になる

 子どもたち一人ひとりが取り組むべき課題と進度を自由に決める学習スタイルが、自由進度学習である。一人で課題に取り組む子もいれば、二人で話し合いながら学習している子たちもいる。グループになっている子たちもいる。子どもたち全員が教壇に立つ教員のほうを向いている一斉授業スタイルとは違い、ひと言でいえば〝バラバラ〟なのだ。

 保護者のほとんどは一斉授業で育ってきた世代であり、自由進度学習を経験したこともなければ、馴染みもない。そんな保護者がバラバラな自由進度学習の光景を目の当たりにすれば、心配になるのも無理はない。

「自分の子は放置されているのではないか」とか「友だちとおしゃべりするだけで学習していないのではないか」、「遊んでいるだけではないか」とおもってしまうのだ。

 一斉授業の場合、子どもたちは教員のほうを向いている。子どもたちは学んでいるようにみえるし、教員も生徒全員に目配りできているようにみえる。日本の学校が長いあいだ守りつづけてきたスタイルであり、「これこそが授業だ」と保護者はおもってしまうし、「我が子は勉強している」と安心してしまう。

 しかし、じつは〝みえる〟だけなのかもしれない。教員のほうを向いて静かにすわっていても集中できていない子もいるだろうし、教員だってクラス全員に目配りも気配りもできているとはかぎらない。授業をすすめながら全員に目配りするのは無理といってもいいくらいだ。さらに、学年主任の真田さんは一斉授業について次のように述べた。

「一斉授業を否定するつもりはありませんが、うちのクラスには40人の子どもたちがいて、学力には差があります。全員に合わせた授業は難しく、どうしても一斉授業では学力の中間層にペースを合わせることになります。すると、すごく勉強のできる子は授業内容が簡単すぎて退屈してしまうし、授業についてこられない子はわからないまま終わることになってしまいます」

 そうしたデメリットを最小限にしようというのが、自由進度学習である。自分が何がわかっているのか、わかっていないのかを見極めて、学ぶべきところを選択し、自分のペースで学習をすすめていく。できる子もできない子も、そして中間の子もしっかり学んでいける。

|いろいろな気づきから始まった

「自由進度学習で、自分で計画をたてて自分で学んでいくことができます。自由進度学習を始めたのは、『自立した学習者を育てたい』という思いがあるからです」と、真田さん。

 保護者にも、そういう説明は年度初めにしてあった。しかし、実際に授業を見学してみると、心配が先にくる保護者が少なくなかったということだ。さらに、真田さんが続ける。

「5年生になると、学習内容が一気に難しくなります。テストでの点数も取りにくくなる傾向があります」

 点数を気にする保護者は、点数を取れなくなったのは学習内容の問題ではなく、「自由進度学習のせいだ」とおもってしまう。自由進度学習に対する不信があり、心配を口にすることになったのかもしれない。

 子どもたちが自分で決めて学習するのが自由進度学習だといっても、教員が学習を子どもたちに丸投げして放置するわけではない。バラバラに学習している子どもたちに目配りしながら、それぞれに教員はアドバイスをしていくのが自由進度学習だ。そのアドバイスがあることで、子どもたちの学びは深まっていく。

 もちろん限られた時間のなかで平等に時間を割り振っていくわけではなく、困っている子をみつけてアドバイスしていく。だから、その時間には教員がアドバイスしない子もでてくる。それは、その子が自分のペースで学べているからである。

 バラバラだから、アドバイスの仕方も内容も違ってくる。ひとつのことを説明していく一斉授業よりも、はるかに教員の負担は大きい。

「一斉授業のほうが楽だし、負担も少ないのは事実です。子どもたちのほんとうの成長を本気で考えなくていいのなら、一斉授業のままでいました。保護者が心配されるのなら、楽な一斉授業に戻してもよかった」と、真田さんはいった。

 しかし、現在も美女木小の自由進度学習は続いている。保護者の心配を無視して、無理やり自由進度学習を続けているわけではない。

 4年生の段階でも自由進度学習は経験したものの、完全にできる状態だったとはいえない。それでも5年生が始まる段階で、オリエンテーションでひととおりの説明をしただけで自由進度学習は始まったのだ。

「子どもたちの可能性を信じ過ぎていたというか、錯覚していたのかもしれません。そして、いきなり完成形を求めていたとおもいます」と、真田さん。

 ひととおり説明して、それだけで子どもたちは自由進度学習ができる、とおもってしまっていたのだ。保護者の心配を聞いて、あらためて子どもや保護者の話に耳をかたむけてみて、そこに真田さんたちは気づいた。

「そこから、いろいろな工夫をしました。ロードマップをつくったのも、そのひとつです。子どもたちが取り組むべき課題をロードマップにして、その段階ごとにプレテストで、理解できているかどうかを確認するようになっています」

 子どもたちが自分の力だけで自由進度学習ができているなら、ロードマップは必要ない。しかし、このロードマップの必要性を子どもたちに質問したところ、8割が「必要だ」と答えたそうだ。子どもたちも困っていたわけで、それが真田さんたちの工夫で解消につながっていることになる。それだけ、学びは深まっている。

|保護者との関係から生まれる気づき

 保護者から心配の声が起きなければ、真田さんたちは気づかずに、不完全なままの自由進度学習をやっていたかもしれない。もしくは、保護者から心配の声が起きないように、一斉授業に戻していたかもしれない。心配のあまり保護者が自由進度学習に徹底して反対していたら、これまた一斉授業にもどっていたかもしれない。いずれにしても、子どもたちのためにはならなかったはずである。

 真田さんたちは、保護者の声に耳をかたむけ、教員の本気度を伝える大切さにも気づくことができた。保護者の理解がなければ、充実した授業はできない。

「点数だけを重視するつもりはありませんが、保護者に理解してもらうためにも、子どもたちにも点数が上がることで学びを実感できる喜びを知ってもらうためにも、テストの点数も大事だとおもうようになりました」

 そこで、算数の2単元でテストをやってみた。すると、どちらの単元も平均点は20点も上がっていた。

「自由進度学習の成果です。詰め込みではなく、子どもたちがほんとうに理解できたことによる成果です」と、真田さん。

 もちろん、点数ばかりを追いかけるようになっては、自由進度学習の本質を見失いかねない。保護者が点数だけに気をとられて、自由進度学習のメリットに目を向けていかなければ、自由進度学習はすすんでいかない。保護者にも、さらなる気づきが必要だ。

「点数だけでなく、ほんとうに保護者に自由進度学習のメリットを、さまざまなかたちで伝えていく努力をしていきます」と、真田さんはいった。

 心配が原因で保護者と教員の関係が悪化していれば、美女木小の自由進度学習の現在はなかったはずだ。保護者も授業の担い手である。両者の歩み寄りがあり、気づきがあるからこそ、美女木小の自由進度学習はホンモノになりつつある。両者の協力が深まることで、子どもたちの学びが進化していくにちがいない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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