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立志伝中の人物・金東兗氏が新党『新しい波(イカ党)』を結成、閉塞の韓国政治で「第三極」になれるか

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
24日、新党『新しい波』発起人大会で挨拶する金東兗代表。同党提供。

来年3月9日の投票日まで130日余り。議席数の95%を独占する与党と最大野党の間で争いが激化する中、「どちらが勝っても同じ」と根本的な政治改革を掲げる新党『新しい波』が発足した。

●代表に金東兗「大韓民国の未来はない」

「以前は国が国民を心配したが、今は国民が国を心配しています」

24日午後、ソウル市内で行われた新党『新しい波』創党(結党)発起人大会で、金東兗(キム・ドンヨン、64)は挨拶をこう切り出した。先月から同氏がFacebookなどで好んで引用してきたフレーズだ。

同氏が過去2年半にわたり全国を回り市民の声を集める中、韓国南西部のある漁村で会った人物の言葉だという。

「国民が国を心配する」とは少しおおげさに聞こえるが、筆者を含め似たような感覚を抱いている韓国の有権者は少なくない。

これはやはり政治改革を唱える韓国の少数政党『時代転換』の趙廷訓(チョ・ジョンフン)議員の表現を借りると、「国民の水準に政治が追いついていない」と読み解くことができる。

新党『新しい波』を支える発起人は、こんな韓国政治の現状を憂える有権者たちと言える。金東兗代表の訴えの中心は正に「政治の改革」にある。

●「小川から龍」のキャリア

韓国には「小川から龍が生まれる」という慣用句がある。文字通り、身分の上昇を成し遂げた人物を表すものだが、金東兗氏はこの言葉を最後に体現した人物とも言われる。

1957年生まれの同氏は、幼い頃ソウルに移住するも11歳の時に父を失い、違法なバラックに住みながら、その日の食事にも困るほどの貧困に直面していたと回想している。

5人きょうだいの長男として商業高校を卒業後、銀行に就職し家計を支える中、同僚の捨てた「考試(合格すると社会的に成功とされる難しい国家試験)」の本を拾い勉強を始めた。

25歳の時にいわゆるキャリア官僚としての登竜門である「行政考試」と「立法考試」に合格し、経済計画院(現企画財政部)で本格的な官僚の道を歩み始める。また、後に公務員のまま米国に奨学生留学し、ミシガン大学で政策学の修士・博士号を取得している。

その仕事ぶりは優秀で、革新派・保守派を問わず各政権に重用された。

革新派の盧武鉉政権時の05年から06年にかけては国家25年の大計『ビジョン2030』をまとめる局長となり、保守派の李明博政権時には企画財政部の予算室長として国家予算をまとめ、12年には第二次官となる。

13年2月に保守派の朴槿恵政権が発足すると各行政組織を指揮する重責、国務調整室長に任命される。その後、息子を白血病で亡くすなどの事情により、翌14年7月に職を辞した。

15年からは京畿道(キョンギド)水原(スウォン)市にある亜洲(アジュ)大学の総長を務めた。韓国で上位に入る大学の一つだ。同大では、学生の起業を支援し国際化に力を注ぐ一方で、学生との触れあいを重視するなど、学生から「神」と呼ばれるほど大きな支持を得ていた。

このように金氏は、バラック小屋という「小川」で育つも、苦学しながら花形の企画財政部の次官、そして大学総長さらに後述する経済副総理へと登り詰める「龍」となったとされる。

筆者も過去に一度、講演を聞いたことがあるが、その成長過程から社会的弱者への共感を事あるごとに語る姿は印象的だった。

今年7月に発売された金東兗氏の著書『大韓民国の禁忌を破る』。政策集だ。筆者撮影。
今年7月に発売された金東兗氏の著書『大韓民国の禁忌を破る』。政策集だ。筆者撮影。

●過去の「挫折」から改革への強い意志

文大統領が大統領に就任した17年5月、亜洲大学の総長を務めていた金氏に経済副総理を務めて欲しいという電話があった。韓国経済の舵取り役という重責だ。文大統領とは面識が無かったという。

背景には前掲の『ビジョン2030』の存在があった。過去の韓国の成功体験に囚われず、成長と福祉の「同伴成長」を目指し、制度改革と先制投資という政府の役割を強調するものだった。

当時は予算をめぐる政争に巻き込まれ実現できなかったが、明確なビジョンを示した点は各所から評価されていた。文大統領は金氏に就任をお願いする際、「韓国経済のパラダイムを変えてほしい」と頼んだという。

しかし17年6月から18年12月までの任期中、金氏は再び政治と政策のジレンマに直面することになる。

当時、文政権は「所得主導成長」という最低賃金上昇による成長政策を目玉にし、これを強く推し進めていた。別の成長政策も必要であると考えていた金氏はこれに危機感を覚えたものの、結果として韓国経済の改革を成し遂げることはできなかったからだ。

この経験から、金氏は「既存のパラダイムの堅固さ、核心的な意思決定者の意識と力量」について疑問を抱き、これを変える必要があると感じたことを、著書『大韓民国の禁忌を破る』で吐露している。

●三つのビジョンと政治改革

「このままではいけない」という強い問題意識は、金氏が政治を志す大きな原動力となっている。その片鱗はこの日挨拶文の随所に見て取れた(詳しくは文末の全文訳を参照して欲しい)。

同党はまず、格差・少子化・低成長などの韓国社会の根本的な問題の背景には、韓国社会の「勝者総取り構造」があるとする。「勝者が機会を独占し、格差や不平等を固着化させる」という認識だ。

これを変えるためには「既得権を打破し、構造的な問題を解決する」必要があるとし、「国民、特に若者たちにより多くの機会、より均等な機会、より良い機会を与える」と主張する。その具体案として以下の三つを提示した。

まずは「青年投資国家」だ。「若者のスタートアップ天国を築く」とし、政府は雇用を提供するのではなく、仕事を提供するという転換を述べた。

次に「機会の両極化の解消」では、▲不動産問題の解決と住居権の補償、▲教育格差解消による世襲社会の防止、▲首都圏一極集中から全国での多極化へ、というビジョンを明かした。

そして最後の「政治改革」では、4年再選可能で分権型の大統領制への転換をはじめ、草の根市民の参加による「下からの反乱」を可能にするプラットフォームとしての役割を果たすとした。

印象的だったのは党名についてだ。『新たな波』は『イカ党』になる可能性があったと金氏は述べた。世界中で話題の韓国ドラマ『イカゲーム』のように、勝者総取りで敗者は死ぬ韓国社会を変える党という意味合いがあったという。

同党の発起人・支持者たちが「各々が夢見る国」を掲げている。左から「青年が思いきり起業できる国」、「正直者が勝つ国」、「夜道が心配にならない国」とある。同党提供。
同党の発起人・支持者たちが「各々が夢見る国」を掲げている。左から「青年が思いきり起業できる国」、「正直者が勝つ国」、「夜道が心配にならない国」とある。同党提供。

●「第三極」なるか、趙廷訓議員に聞く

今回の『新しい波』結党への動きは、来年3月に大統領選挙を控えていることもあり、各メディアがこぞって取り上げた。

この日の発起人大会には与党そして最大野党の党首や第二野党・正義党の院内代表、さらに韓国政界の「キングメーカー」とされる金鐘仁(キム・ジョンイン)前国民の力非常対策委員長が出席するなど、その存在感を見せつけもした。

『新しい波』をどう受け止めるべきなのか。議席数95%を占める与党・共に民主党と最大野党・国民の力の「両党体制」に対抗する「第三極」を形成し、韓国社会に旋風を巻き起こすことができるのか。

冒頭で引用した、やはり政治改革を唱える少数政党『時代転換』の趙廷訓議員(代表)は25日、筆者との電話インタビューで「韓国政治ではこれまで『第三極』が浮沈を繰り返し、これまでは第三極が低調であったのが事実だ。しかし、今はふたたび盛り上がる時期にきている」と現状を評価した。

趙議員はさらに「両党の候補が国民の基準に大きく満たない中で、合理的で正常な候補に対する渇望が大きいと感じる」と述べ、「両党の代表が発起人大会に訪れたのも、そうした批判を意識してのことだ。国民の関心がある」と見立てた。

なお、『時代転換』は9月に『新しい波』を支持することを表明し、趙議員みずからも『新しい波』の戦略企画本部長を務めている。さらに金東兗氏と趙廷訓議員は世界銀行で机を並べ、亜洲大でも共に働いたことがある。

こうしたことから両党の結合に対する関心が高まっている。趙議員はこれについて「党の指導部や党員と議論をする予定だ。どうやればシナジー効果を出せるか模索している」と明かした。

今年10月、スタートアップに関する映画を共に観賞する金東兗氏(左)と趙廷訓議員。趙議員のfacebookより引用。
今年10月、スタートアップに関する映画を共に観賞する金東兗氏(左)と趙廷訓議員。趙議員のfacebookより引用。

●新党への期待

『新しい波』も巨大両党以外の政党との連携に積極的だ。

金氏はこの日、正義党(6議席)の大統領候補となった沈相奵(シム・サンジョン)議員や、近日中に出馬表明すると明かした国民の党(3議席)の安哲秀(アン・チョルス)代表と、「対話は開かれている」と述べている。

『新しい波』は今後、正式な結党へと向かう。韓国では新党を結成する際、「創党(結党)準備委員会」を結成する必要があるが、その第一段階が発起人大会だ。これを経て、地方に5つ以上の支部を結成した上で「創党大会」を開きようやく党として認められる。

これまで詳細に触れてきたことからも分かるように、筆者は新党に期待を抱いている。

背景には先の無い韓国政治の革新への期待と共に、韓国社会で切り捨てされる人々が両党体制の下でいつまで経っても減らないことに対する失望・怒りがある。

新党が既存の『正義党』などと力を合わせ強力な第三極を形成することを願って止まない。

なお、互いをけなすだけの、ストレスの溜まる巨大両党の大統領予備選を眺めながら失望を禁じ得なかった筆者としては、日本の皆さんに韓国の政治改革という側面を今後お伝えできるきっかけを得た喜びがある。

今回の大統領選は『新しい波』や正義党などの第三極を積極的に追ってみようと思っている。

以下は24日、金東兗氏が新党の発起人として行った挨拶だ。韓国社会が抱える問題の現在地がうまく記されていると考えるため全訳する。翻訳は筆者。

●『新しい波』の発起人代表 金東兗 歓迎辞

私は34年間務めた公職を離れた後、2年半以上、全国を歩き回りました。多くの方々に会いました。農民、漁民、小商工人、自営業者、青年、就活生、大学生などです。

切迫した生活の現場を見ながら、公職生活ではかつて気付くことのできなかった多くのことを学びました。麗水(ヨス、全羅南道)の小さな漁村で会った方はこう言いました。「以前は国が国民を心配したが、今は国民が国を心配しています」。

結党の準備をする過程で、わずか2日で数百人のボランティアが殺到しました。一週間も経たずに数千人が自発的に発起人として参加してくださいました。

今日、全国各地から様々な分野の発起人たちがこの場に参加してくださいました。また、多くの方々がzoomとYouTubeを通じてご覧になっています。

ただの一人も動員したり強要したりしていません。この方々に小さなイベントを提案しました。各々が夢見る国とはどのようなものかを短く書いて、SNSに投稿してほしいというものでした。

さあ、一度見てください!こんな内容です。

ある方は、「平凡な人が汗を流しただけ良い暮らしができる国」と書いてくださいました。

またある方は、「国と社会が子供たちを一緒に育ててくれる国」と書きました。

多くの政治家がきらびやかな言葉で国のために何かを行うと言っていますが、こらの言葉よりももっと真正性のある言葉がどこにあるでしょうか。

本日、私たちはこのような方々と共に、『新しい波』を結党します。

このような、私たちの国民が夢見る国を作るために『新しい波』を結党します。

大韓民国がこのままではいけないという切迫した思いで『新しい波』を結党します。

政権交替を超える政治交代のため『新しい波』を結党します。

今、韓国政界における強固な両党構造では、大韓民国が20年以上にわたり抱える構造的な問題を解決することはできません。大韓民国を変えることはできません。

国を半分に分けて生死を争う現在の選挙の構図では、誰が当選しようが、誰が政権を握ろうが、大韓民国の未来はありません。

結党の過程で、党名をめぐって最後まで悩みました。

結局『新しい波』に決めましたが、最後まで競合していた党名がありました。それは『イカ(オジンオ)党』でした。

私は初め、冗談で言っているのかと思いました。しかしそうではありませんでした。一緒に働く方々が、とても真剣に党名として提示したのです。

なぜでしょうか?『イカゲーム』が、今の韓国社会の姿を、私たちに見せてくれるからではないでしょうか?

勝者と敗者がはっきり分かれる社会、勝者が総取りする構造、その中で死んでいく登場人物たち。まさに韓国社会の自画像ではないでしょうか?

政治の世界は、最も典型的な『イカゲーム』の場です。最も強い勝者による総取りの構造と、既得権のカルテルを持っています。大韓民国の市場の中で、最も参入障壁が高い市場がまさに、政治市場なのです。

この政治の壁を取り壊すため、この政治の勢力図を変えるため、今日わたしたちは『新しい波』を結党します。

こんな側面から、『新しい波』の別名を『イカ党』としても良いでしょう。

私たちは既存の政党と別のことをします。

三つの面で異なります。

『新しい波』はまず、問題への見方を別にします。目に見える現象としての問題ではなく、根本的な原因を探します。問題の枝ではなく根っこを探します。

格差、少子化、低成長などの現象として現れた韓国社会の問題の根本的な原因は、この社会の「勝者総取り構造」です。

勝者は機会を独占・寡占し、格差や経済的不平等を固着化させます。その中で作られた既得権は、自分たちだけのリーグを作り、強固なカルテルを形成します。そうして、公正と革新、信頼の価値を害します。

『新しい波』は問題を実質的に解決します。既得権を打破し、構造的な問題を解決する代案を提示します。

過去の経済発展勢力(産業化勢力)は今や守旧既得権となり、変化を恐れます。民主化勢力は今や既得権に安住する集団となりました。今、大韓民国には変化があまりにも切実に求められています。

国民、特に若者たちにより多くの機会、より均等な機会、より良い機会を与えることのできる解決策と代案を提示します。

第一に「青年投資国家」を作ります。若者世代が本当に必要とするのは、福祉ではなく投資です。機会を作ってあげることです。

若者に挑戦する機会を提供し、スタートアップ天国を築きます。規制改革を通じ、「働き口を提供する政府(雇用政府)」ではなく「仕事を提供する政府(仕事政府)」を作り、政府は仕事を、企業は雇用を創出していきます。

第二に、南北分断に続く第二の分断である「機会の両極化」を解消します。所得、不動産、教育、地域間格差で国が二つに分かれています。

亡国的な不動産問題を解決し、住居権を保障します。教育の格差を解消し、世襲社会を防ぎます。首都圏一極(集中)体制を、全国の多極体制へと変える強力な地域均衡発展戦略を進めます。

第三に、勝者総取りの政治構造を破る「政治改革」です。政治を変えなければなりません。

今のシステムでは、誰が大統領になっても問題を繰り返すでしょう。帝王的な大統領制を4年の重任(再選)・分権型の大統領制に変える改憲が必要です。

既得権両党(共に民主党、国民の力)のうち、一つだけ選択される政治構造を打ち破るために、選挙法も変えなければなりません。

『新しい波』は問題を解決方法も全く新しいものにします。一人の指導者、特定の政治グループが社会を先導する時代は過ぎました。

改革の真の動力は、市民たちの理解と政治的な支持です。国民の参加と集団知性を通じ解決策を探していきます。『新しい波』が、誰でも政治に参加できるプラットフォームになろうとする理由です。

自身の場所で誠実に働くすべての草の根市民の参加と討論を導き出します。「下からの反乱」を作り出します。

巨大両党(共に民主党、国民の力)の予備選挙は、ただひたすら「政権維持」と「政権奪還」のために相手を傷つけるネガティブキャンペーンで、支持層を興奮させています。

国民の希望と未来のための代案を語る論争は、完全に姿を消しました。政治と候補者を嫌悪させる「非好感度のワールドカップ」をこれ以上放置してはいけません。

今こそ、第2のろうそく革命が必要です。「特権・既得権・政治交替」のために、再びろうそくを灯さなければならない時です。今回の大統領選挙がまさにその場にならなければなりません。

『新しい波』の始まりは小さく弱いものです。しかし世の中の変化は大きいものよりは小さいものから、中心よりは辺境から始まります。

今はささやかな小川ですが、一人一人の意思と行動が集まれば結局、ほとばしる河の流れとなるでしょう。

小さな火種が野原を燃やします。今日出発する『新しい波』が荘厳な滝となり、既得権共和国を打ち破る先頭に立ちます。共に新しい大韓民国、機会が川のように流れる国を作りましょう。

ありがとうございます。

2021年10月24日

発起人代表 金東兗(キム・ドンヨン)

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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