10代前半の女子スケートボード選手が台頭 なぜ彼女たちは活躍するのか
「スポンジのような子なんです」
先日開催された第4回日本スケートボード選手権大会(以下、全日本選手権)、
ストリート女子の種目で優勝を飾った赤間凛音の指導者、荻堂盛貴さんの言葉である。
赤間の優勝は世間に驚きをもって伝えられた。なぜなら東京五輪の金メダリスト、西矢椛を抑えての快挙だったことに加え、彼女よりもさらに若い12歳で勝ち取った栄冠だったからだ。
抜群の吸収力と類い稀なセンス
赤間のことを指導し続けてきた荻堂さんは、出会って間もない頃から彼女に光るものを感じていたそう。
「始めたての小2の頃から見ているのですが、直感的にスケートボードが上手くなりそうな子だと思いました。吸収力がすごくて、実に素直。人の言うことをしっかり聞いて、なんの疑いもなく真摯に取り組む。しかも『ここを軸にして、足をこうやって伸ばすといいよ』といったアドバイスも、すぐに身体で実践できてしまう。一言で言えばセンスが違ったんです。
それでいて負けず嫌いなところもあるから、勝負事になると本気で悔しがっていました。ただ年齢的な未熟さもあってか感情が表に出やすく、泣きながらやっている姿も何回も見ています。それでも真面目に取り組んできたからこその結果だと思います」
筆者も彼女のことは2018年頃から見ており、同年の大会でも西矢椛と中山楓奈を抑えて優勝を飾っていたので注目はしていた。今回はコロナ禍を挟んでおよそ2年半ぶりの開催ということもあって、体格もスキルもトリックも別次元に進化しており、正直言って驚かされた。
当時の彼女はストリート種目に出場してはいたものの、繰り出すトリックは、パーク種目でよく見るアールと呼ばれる、湾曲した滑走面を使ったものばかりだった。それが今大会ではタイプの全く違うレールを使ったトリックを数多く織り込み、さらにはバーレーグラインド(身体とボードを180度回転させて後ろ側の金具を当て込み、前方を下げて滑らせるトリック)といった他の選手がやらないトリックチョイスも見せてくれた。いわば勝つための戦略も出来上がっていたのだ。
競技環境の整備と指導者の出現が生み出したもの
この辺りは荻堂さんの指導によるものが大きい。
彼女の「世界で活躍するプロスケーターになりたい」という夢を叶えるため、幼少期から将来を見越した指導を根気強く続けてきた成果が今回の優勝であり、以前のパーク種目に寄った技の構成も、実は荻堂さんが意図的に行ってきたものなのだ。
というのも、ストリート種目のセクションと呼ばれる障害物への対応は、自らの脚力で跳び上がって行うため体格や基礎的な身体能力に左右される部分が大きい。そのためまだまだ身体が小さい幼少期でこなすことは難しく、身体が成長するまではアールから練習を始めて、まずはボードに乗り慣れることが大切だと言われている。
実際に男子ストリートで金メダルを獲得した堀米雄斗も、小学生まではバーチカルと呼ばれる、スノーボードでいうハーフパイプのような湾曲面を滑走する種目を主戦場としており、ストリートへの転向は中学生になってからだった。そういった過去の事例の積み重ねなどを経て、選手が大成するであろう指導方法を確立してきた荻堂さん。それらの全てを彼女に注ぎ込んだのである。
また今回はパーク女子の種目でも、13歳の草木ひなのが競技歴わずか4年で日本一に輝いている。スケートボードの世界における若年層の強さがより顕著になった格好ではあるが、彼女がホームとするアクシススケートパークもまた、30~40代のパーク種目ジャンルを得意とする猛者が集う場所として有名であり、成長する上では最高のメンターが数多くいる環境にある。
「競技としてのスケートボード」の歴史
「フィギュアスケートと一緒で、女子は体が軽い子供の方がいい点数を取りやすい競技なんだろうな」
今回初めて全日本選手権に注目されたという方は、このような印象を持ったのではないだろうか。もちろんそういった側面があるのも事実ではある。ただ、今回はそれ以上に競技環境の整備が進んだことが大きいと考える。
五輪でのメダリストたちの印象もあり、スケートボードのコンテストは昔から若年層が活躍していたように思われるかもしれないが、実はそうではない。出場選手の低年齢化が急速に進んだのは2010年代に入ってからだ。その背景には、歴史を重ねたことでようやく親子で楽しめるところまで成熟し、「ファミリースポーツ」としての認知度が増したことがまず大きい。そこに、オリンピック競技への採用だった。
世界的なコンテストに招待制だけでなく国の代表として参加する道が開けるなど、システム化が一段と加速。同時に、パークの建設やスクールの導入といった環境面の充実も図られてきた。今回の赤間や草木といった10代前半の選手たちの活躍は、それらの取り組みが実を結んだ結果と言えるだろう。
熱狂のオリンピックを経て、新たな時代へ突入
筆者はオリンピックを境に、またひとつスケートボードの時代が変わったと感じている。なぜなら現在の20歳前後の世代の選手と今の10代前半の選手とでは根本が全く違うからだ。
誤解を恐れずにいえば、今のようなコンテストシーンや指導スタイルが確立される前の世代が、気合いだけでひたすら練習しても、それだけでは絶対に限界が来てしまう。
しっかりとした競技施設と指導者の元で、幼少期に徹底的にアールの練習をするなど、いかにボードに乗り慣れるかという基礎を、競技種目の選択をする前の段階で完璧にマスターしておき、しっかりとした根っこが張れているかが、ものすごく重要なのだ。極端な話、オーリー(ボードと一緒にジャンプする技)やキックフリップ(ボードを縦に1回転させる技)といったストリートのトリックは、その後から本格的な練習を始めても構わないと言えるほど、「幼少期にボードに乗り慣れること」は将来の成長を見据えた上で重要なことと言える。
ただ、いったいどれだけの根っこが張れているのか。そこからどのようにして綺麗な枝を伸ばしていけば良いのか。それらは、選手を競技スタート時から指導し続け、本人の性格のみならず動きの特性とそれに適したトリックまで理解している指導者、つまり種を植えた者でないとわからない。
赤間にしろ草木にしろ、彼女たちにはスケートボードを始めた段階で、良き先生やメンターに恵まれる環境にあった。それが今回の優勝につながっている。ただ、その彼女たちもまだ10代前半。発展途上の段階であることに変わりはない。彼女達が身につけた今のスタイルをもとに、これからどういう動きのトリックを習得させていくのかで、将来が決まっていくだろう。
今回の全日本選手権は9歳で出場する者も出てくるなど、下の世代もどんどんと育っている。男子パークにしてもスコア上はこの種目の第一人者、22歳の笹岡建介の圧勝に終わったが、決勝進出者の大半は10代前半だった。スピードとエアーの高さが点数の評価基準となるこの種目では、彼らが年齢とともに体格が成長してくれば脅威となることは間違いない。なぜならトリック単体の難易度だけで言えば、笹岡を上回る者もいたからだ。
これらの事実から、次のパリ五輪では、東京五輪に出ていた選手も厳しいと言われる世の中になっていても、決しておかしくはないだろう。
多くの五輪選手が出場しなかったワケ
選手のさらなる低年齢化の流れの一方で、他の種目の全日本選手権ではあまりない出来事が他にもあった。東京五輪代表の多くが出場しなかったことだ。10人の代表のうち、出場したのは西矢椛とストリート男子の白井空良のみで、残りの8名は欠場している。
平野歩夢に関しては、北京五輪に向けてスノーボードのワールドカップに出場中というわかりやすい理由があるが、それ以外の選手の不出場を不思議に思った人も多かったのではないだろうか。ただ、こうなることはあらかじめ予想されていた。
もともとスケートボードの世界では日本一を目指すという考えは希薄で、小さな頃から本場アメリカでの活躍を目指す。日本選手権は世界への切符獲得のための大会、強化指定選手として海外コンテストに出るためのもの、という位置付けだ。
今大会は来年の杭州アジア大会代表と強化指定選手の選考会も兼ねていたのだが、現在アジアレベルでは日本の強さは抜きん出ており、シーンもまだ成熟していないアジアの大会への出場意義を見出せない者も少なくない。しかも男子ストリートにおいては、約2週間前に「TAMPA AM」という伝統ある世界最高峰のアマチュア大会があったこともあり、そちらを優先した結果と、オミクロン株の出現もあり帰国が延びたことで、隔離期間と大会の日程が被り出場をキャンセルした者もいた。
もちろん手首を負傷していた開心那など、ケガという欠場不可避な理由(直前まで現地で練習して出場に向けた調整はしていた)があった選手もいるが、堀米雄斗や西村碧莉といった既に抜群の実績を誇る選手たちにとって、全日本選手権は出場する意義が薄い大会であるのは事実だ。
さらに堀米雄斗に至っては、五輪以降はSLSなど世界最高峰の大会にすら出場していない。今月初旬にリリースされた『Yuto Horigome's "Spitfire" Part』という映像作品の制作のためだろう。12月初旬というタイミングでの公開は、業界最大手の専門誌、Thrasherによる「Skater of the year」という、サッカーでいうバロンドールのような賞の獲得を狙ったものでもあると思われる。
ただ、結果で言うと堀米は獲得できなかった。今年の同賞を獲得したマーク・スチュウは、10月末から12月初旬という短い期間に、4本という驚異的なペースで映像作品を発表している。これは見方によっては、フルパート(1人のスケーターのトリックやラインを数分にまとめた映像作品)と呼ばれるこの世界特有の映像文化が、五輪の金メダルの価値を上回った評価であるともとれる。この辺りに”試合に勝つだけが全てではない”という、スケートボードのカルチャーとして面白みが詰まっているのである。
メダリストの価値と役割
上記のような理由から、すでに五輪で世界一の称号を手にしている西矢にとって、今回の全日本選手権は必ずしも「出なければならない大会」という訳ではなかっただろう。しかし金メダリストが大会に出るか出ないかでは、世間からの注目度に大きな差が出てしまう。実際メディアの数は女子ストリートが最も多く、すれ違うファンにも写真撮影を求められるなど、注目度の高さも段違いであった。
また、今回は男子ストリートの決勝が結露により中止となってしまったが、言い換えればそれほどの事態が起こってしまうほど、シーズンオフのこの季節での開催は異例のことだった。コロナ禍がなければ、もっと早い時期に行われていただろう。そういったバッドコンディションかつ多忙なスケジュールの中、唯一のメダリストとして出場、オリンピックさながらの笑顔を振りまき、多くの話題を作ってくれた彼女には、心からお礼の言葉を送りたいと思う。
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