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「スケートボードで人生の考え方がシンプルになった」人気漫画家が至った新境地とは

吉田佳央フリーランスフォトグラファー/スケートボードジャーナリスト
このインタビューを読むとことで、スケートボードと漫画双方の奥深さと楽しさがわかる

スケートボードの様々な魅力を、漫画という親しみあるフィルターを通し、わかりやすく社会に伝えてきた『スケッチー』。そのフィナーレに合わせお届けしている、作者のマキヒロチさんと登場人物のモデルになった村井祐里さんの対談インタビュー。後編は制作の舞台裏や2人の考え、そして作品を通して世の中に伝えたいことを聞いた。(前編はこちら)

アシスタントさんとの涙ぐましい会話

ー今までスケートボードの漫画はあっても、ここまでの長期連載はなかったと思いますが、作品にするうえでなにか大変なことはありましたか?

マキ (以下 マ):もちろんたくさんありましたよ。描いてるのは私だけではないので、まずアシスタントさんにスタンス(立ち位置)のチェックをしてもらうんです。キャラクターでレギュラーとグーフィーは決まってますし、資料写真用に全てデモをしてもらう予算や時間もないので、ネットで動画とか探すんですけど、同じトリックをしてる人が見つからない場合は反転して活用もしていて。そのチェックが甘いと、誌面に載った時に「憧子がグーフィーになってます」って恥ずかしいことになっちゃうんです。

村井(以下 村):いきなりスイッチ(通常とは逆側のスタンスで滑ること)やり始めた。(笑)

マ:そういうチェックがすごく大変だったな。でも最初にしっかり教育したら、最終的にはアシスタントさんの方が気付いてくれることが多くて。そこには本当に感謝してる。デッキ(ボード)も誰がどこのブランドを使ってるっていうのも決めてあるから、素材で「桃はREALですよね」とか、「インディのロゴ、これ期間限定のやつじゃないですか⁉」みたいなやり取りもしてたよ。

村:すごい!

マ:最終的にはそういう涙ぐましい会話が成り立っていて。大変だったけどすごくやりがいがあったな。パーク自体も新品じゃないから、傷の感じもまずは上手い子に描いてもらって、「じゃあ、誰々さんのパークの傷をテイスト合わせてください」って言って、グラインドやウィール痕にもこだわってたし、トリックも同じで、この技はこういう体勢だから、後輪がどこにどう掛かってるかとかも細かくチェックしてたよ。何のトリックなのかをわかりやすくすることが重要だって思ってたから。

村:私、スケボー漫画があったら、『スケッチー』以外も読むんです。でもギアのセッティングとかよく違ってたりするんですよ。そこで製作側がどれだけ詳しいかわかるというか。だからそこってすごく大事ですよね!

あと気になってたのが、マキさんって元々のファンの方も多いじゃないですか!? でも『スケッチー』は過去の作品とは全然毛色が違うと思うんですけど、そういう人の反応とかどうだったのかなって。

初めてゼロから自分で創り上げた作品

マ:もちろん継続で読んでくれる人もいるんだけど、新規読者さんはかなり付いてくれたかな。「スケッチーが一番です」っていってくれる人もいて。

私的に今までの作品って、編集さんが「こういう題材はどうですか」って持ってきてくれた企画ばかりだったから、『スケッチー』はゼロから私がやりたいって思ってできた、初めての長期連載作品なんだ。自分の中ではマスターピースができたって思ってるし、ゆりゆりっていう大事な友達もできたし、今後の人生でも付き合っていけそうな人に何人も出会えたから、本当にやってよかったなって。逆にゆりゆりは今まで私からいろんなことを聞かれたと思うけど、印象的だったことはないの?

村:「スケーターはどういう人が多いの?」って聞かれたことですかね。

その時はこうっていうのはなくて、フリーターもいれば花火職人もいるし、美容師さんなら火曜日しか滑れないとか、手は絶対にケガできないからプロテクター付けてるとか、本当にいろいろな人がいるんですって話したんですけど、それが漫画ではすごく自由な感じで表現されていて「ああ、こういう人がスケボーに出会うとこういうライフスタイルになるんだな」とか「そんなことあるわけないじゃん」みたいなことがひとつもなかったんですよ。 

恋をするのももちろん、「ああ、パークでこういう人いそうだな」とかが全部自然で、私は「あまり話し掛けてないスケーターの中身が見れた!」って感じがしてすごく面白かったです。

現代っ子の苦悩が映し出されたストーリー

マ:ありがとう。それとゆりゆりは題材がアラサーのガールズスケーターっていう『スケッチー』のコンセプト的にもすごく良い取材対象だと思ってたんだけど、10代の子たちとも仲良いのが面白かったんだよね。最初「桃」とか「かりん」とか、若年層は構想になかったんだけど、ゆりゆりの交友関係を見てたら、10代の子の物語も描いてみたいなって思ったんだ。

村:「かりん」の物語はみんな共感してましたよ。私も考えてたことが全部出てて思わず頷いちゃいました。

マ:トップ選手の貴咲(中村)ちゃんを取材した時も、「やっぱり気持ちが続かなかった」って言ってたの。「早くから始め過ぎたからからか、親が『やれ、やれ』って言わないと、やりたくなかった」って。そういう子もいるよねって思ったんだ。

村:すごく良かったです、あのシーン。若い子もグッときてると思います。今はみんなSNSやってるけど、いいとこだけしかあげないじゃないですか。かりんちゃんも絶対にいいところしかアップしてないんですよ。

でも、その裏では葛藤もしてるんだよっていうのが見えてないんじゃないですかね。楽しそうなのばかりアップしてるけど、実はいろいろ悩んでるんだろうなとか、恋してるんだろうなとか。

マ:そこはもちろんだし、あと、かりんのシーンで描きたかったのは、日本って次から次へとすごい子が現れて、毎年コロコロ変わるっていう印象がすごい強いから、ちょっと練習を怠っただけでも、すぐ次のスターが生まれちゃうみたいな緊張感も描けたらなって。

根っからのガールズスケーターの考え方

村:いっそのこと国籍変えちゃった方がいいですよね!? そしたらみんな代表選手になれる。(笑)

マ:ハハッ(笑)。実は私、ゆりゆりのそういう感覚が大好きなんだよね。コンテストで選手たちが付けてるパッドの話とかも。

村:「フィギュアスケートでパッドしてる人いなくない?」って話ですよね!? それは本気でそう思ってて。だってドレスにヘルメットとパッド着けて、スケートリンク入ったら絶対「パッドはダサい」ってなるじゃないですか!? 私からしたらコンテストでパッド着けるのはそれと同じ感覚というか、ある程度の年齢になったら、ストリートはみんな外した方がいいと思います。

マ:あと「スケーターって、何で1~2年やらないだけでやめちゃったとか言うんですかね!? 自転車1~2年乗らない人が自転車やめたとか言わないですよ」っていう話も。そんなこと考えたこともなかったから。(笑)

登場人物が身近に感じられるワケ

村:そうなんですかね⁉ 逆に私はマキさんなんであんなストーリーが思いつくのか不思議なんですよ。

マ:基本的に取材ありきだから。グルメ漫画描いてたときに「実際に行かれて食べるんですか!? すごいですね!」って読者さんに聞かれたんだけど、逆にビックリしちゃって。

食べないと味分かんないし、店の雰囲気もイラストも描けないんだけど、漫画ってフィクションも多いから、ゼロから描けると思ってるのかもね。だから「スケボー漫画を描くにあたって練習しました」って言うと、「ええ、危なくないんですか!? よくやりますね!」とか。

私は、グルメ漫画なら絶対食べて、どんな味なのかもちゃんと知ってから描くし、スケボーならちゃんとやって、これぐらいの練習量でできるのかとかを知った上で描くんだ。でも連載中に習得できないトリックは絶対いっぱいあるから、できる人にどういう所が難しいとかちゃんと聞いて、想像できるようにしてから描くようにしてたよ。そこはどの作家さんでも同じだと思うけど。

村:マキさんの作品って、どれもありがちなキラキラした感じじゃなくて、登場人物が友達のように親近感があるというか、こういう人いそう! っていうのばかりで心地良いなと思ってたんですけど、そういうことだったんですね。

街を一番愛しているのはスケーター!?

ーそろそろまとめに入らせていただきたいんですが、『スケッチー』を通して、世の中に伝えたいことはありますか?

マ:スケートボードをやってみたいってなったらもちろん一番うれしいですけど、それ以外でも、私みたいに前からやりたかったけど、やってなかったことを始めるきっかけになったら嬉しいです。ずっとやってることでも、自分と向き合って、自分の芸術を磨くことにさらに前向きになってもらえたら。

あとスケートボードって、一部の社会的に印象の良くない部分がニュースになって、そのイメージが膨張されて、それで街を汚してるとか人に迷惑かけてると思われている部分もあるんじゃないかなって。

以前都市研究家の方と話した時に「スケーターが街を一番よく見てる。大人になってからこの坂で何ができるかな!? なんて普通考えないから、そこがすごく面白いよね」って。

スケーターは、ただ人生をすごく楽しく遊んでるだけなんですけど、そういう捉え方もあるんだ! って、ほんのちょっとでも見方が変わるきっかけになってくれたらいいなと思いますね。

村:私も同感です! 絶対スケーターの方が街を愛してますよね。私、スポットとかが新しくできたら見に行っちゃいますし。(笑)

フィルマーからすると、ストリートだと美術的なことにもこだわれますし。アングルがどうのとか、夜の撮影だから服は白にしようかなとか、そういったファッションも含めて個性が出るから好きなんです。

それに最近はヨーロッパでもストリートスケートを街おこしに活用する事例も出てきてますし。

スケートボードで人生の考え方がシンプルになった

マ:あと私はスケーターと一緒にいて、人生において考えることがすごくシンプルになったかな。スケーターって「スケートができれば、あとは最小限の生活でいい」みたいな人が多いなって。私自身も昔は欲張りだったんだけど、別にこれだけでも生きていけるよなというか。

男性選びも、マッチングアプリで年収何百万以上で、こういう職業の人みたいなのとかあるけど、そうじゃないよな。人を見るのって職業とかじゃなくて、結局はその人がどういう人かだよなって、いろんなものの見方をスケーターから教わったし、自分もすごく変わったと思う。

村:そういってもらえて嬉しいです! でも本当にそのとおりだし、私もあの人が何の仕事してるとか、結婚してるしてないとか気にならないです。

普通なら「ご結婚されてるんですか」みたいなことって私の年代だとよくあるんですけど、スケーター同士は全くないですよね。

マ:結婚してないとか収入全然ないとか、何かとマイナス要素があってヤバいなって思う人はもちろんいるけど、そう思うのは、最終的にはその人の性格や人格であって、そりゃ結婚できないよね、その仕事だよねって思うし、逆にすごく素敵な人は、別に職業がなんであれ、何で結婚してないんだろう⁉ って思えるし。そういうのも伝わったらいいな。

今後もスケートボード漫画はある!?

村:今後読み切りとかでもいいからスケボーの漫画を描くことってないんですか? すごく読みたいです!

マ:描きたいけど1冊にはしたいな。スケートボード + 何々っていう題材だと、読者さんの間口が広がっていいんじゃないかなって思うんだよね。例えばスケートボード + グルメとか、婚活とか。

村:スケボーって、もともとスポーツではなかったし、いろいろなものと組み合わせやすいですよね。私、全力で協力します! あとは今後マキさんが描く漫画で、さりげなく『スケッチー』に出てた子とかがいたりしてほしいです。

マ:うん、もちろん! スケボーって音楽やファッションもそうだし、街作りや都市開発もそうだし、なんでも関わってくるよね。

村:不自然なことがないというか。そういう視点の作品に興味を持ってくれるところがあったらいいですよね。パリオリンピックも気づいたら一年半後ですし。

"できない"ことがすごく楽しい

ーではこの辺で最後に締めの一言をお願いできますか。

マ:スケボーはダイエットにもなるし、ファッションセンスも磨かれるし、ちょっと「やってる」っていうと、みんな食いついてくれるし、やってていいことしかないから、興味ある人は絶対やってみてください。婚活もできるし、出会いのツールにもなりますよ。(笑)

村:それヤバい! 婚活でヒットするかもしれない。(笑)

スケートボードって、しなくても生きていけるし、生活できるのにもかかわらず、ハマった人はないと生きていけなくなる不思議な乗り物です。子供心も思い出せるし、大人になってできないことってすごく楽しいんだよって。こんな感じでいいですかね⁉

マ:うん。すごくいいじゃん。それで締めよっか。皆さん、最終巻もよろしくお願いします!

<前編はこちら>

撮影:吉田佳央

フリーランスフォトグラファー/スケートボードジャーナリスト

1982年生まれ。静岡県焼津市出身。高校生の頃に写真とスケートボードに出会い、双方に明け暮れる学生時代を過ごす。大学卒業後は写真スタジオ勤務を経たのち、2010年より当時国内最大の専門誌TRANSWORLD SKATEboarding JAPAN編集部に入社。約7年間にわたり専属カメラマン・編集・ライターをこなし、最前線のシーンの目撃者となる。2017年に独立後は日本スケートボード協会のオフィシャルカメラマンを務めている他、ハウツー本も監修。ファッションやライフスタイル、広告等幅広いフィールドで撮影をこなしながら、スケートボードの魅力を広げ続けている。Instagram:@yoshio_y_

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