“井上尚弥の近未来の標的”はなぜ陥落したのか パッキャオを破った元王者が解説
12月9日 フロリダ州ペンブロックパインズ
WBO世界フェザー級タイトル戦
ラファエル・エスピノサ(メキシコ/29歳/22戦全勝(18KO))
判定2-0(114-112, 115-111, 113-113)
王者
ロベイシ・ラミレス(キューバ/29歳/13勝2敗(8KO))
マイアミ近郊で行われたラミレス対エスピノサ戦後、ESPNの解説者としてリングサイドで試合を見たティモシー・ブラッドリーが筆者の質問に応えてくれた。
身長185cmのエスピノサが5回に奪われたダウンから立ち直り、最終回に逆にダウンを奪い返して接戦を制した劇的な一戦。“井上尚弥(大橋)の近未来の標的”になるかと期待されたサウスポーのラミレスを下したことで、エスピノサの注目度は急上昇するはずだ。現役時代はスーパーライト級、ウェルター級の2階級を制し、マニー・パッキャオ(フィリピン)と通算1勝2敗というライバル関係を築いたブラッドリーの目にも、その戦いぶりは印象的に映ったようだ。
(以下、ブラッドリーの1人語り)
”勝利への意志”が”スキル”を上回った戦い
この試合は2023年の年間最高試合だろう。直近バイアスも多少はあるかもしれないが、これほどの決意に秘めたパフォーマンスを見たのは久しぶりだ。こんな戦いがあるからこそ、私は心からボクシングを愛することができるんだ。
他のスポーツでは、ボクシングのようにそれぞれの生き様を示すことはできない。アメリカン・フットボールを見ても、選手がなぜそのスポーツをプレーしているのかは見えてはこない。「試合中に足を痛めてもなぜ戦い続けられたのか」と試合後に問われ、エスピノサは「家族のおかげです」と答えた。リングサイドで見守った彼の妻、娘を見れば、彼が真実を言っていることは明白だった。その姿は私から見ても感動的なものだった。
私がルスラン・プロポドニコフ(ロシア)との戦いで限界に近づいたとき、心を繋ぎ止められたのはもうすぐ生まれてくる予定だった娘のおかげだった。エスピノサの戦いぶりを見て、その時のことを思い出すこともできた。
具体的に戦略面の話をすると、エスピノサの勝利の鍵となったのは手数の多さだった。ラミレスはガードを上げ、相手のパンチを受け止め、隙をついて顔面に強打を放っていくスタイルだが、単発で終わることも多い。今戦でもそれらのパンチを当てることはできていたが、フォローアップは十分ではなかった。
ボディにパンチを返すことができれば展開は変わっていたかもしれない。強力な意志を持った相手にスキルで対抗しようとして、突き破られてしまった。
エスピノサはリーチが長く、それでいてパワーもあり、接近戦もこなすことができた。私の採点では最初の4ラウンドはすべてポイントを奪い、ラミレスに自身の距離を掴むことを許さなかった。5回にダウンを奪われたが、打たれ強さもあり、被弾してもすぐに打ち返していた。
リマッチへの期待
ラミレスが油断していたと見る人もいるのかもしれないが、彼にとって今戦は地元戦といってもいい試合だった。トレーニングキャンプの時から重圧を感じ、気持ちは入っていたはずだ。調整は万全だっただろうから、だとすればやはりエスピノサの勝利への意志を称賛すべきだろう。一発で倒しにいったラミレスを、パンチのボリュームでエスピノサが上回った戦いだった。
エスピノサは11回に100発以上のパンチを出し、さらに12回の手数は120発を超えていた。11回の時点でそれが何ラウンドであるのかわからないような状態だったにもかかわらず、それだけのことをやり遂げたのは見事としか言いようがない。最後は本能の赴くままに戦い、最終回にダウンを奪うことで世界タイトルを手繰り寄せてみせた。
先ほども言った通り、年間最高試合に値するほどの激闘だったのだから、ぜひともリマッチを実現させて欲しい。個人的にも見たいし、エスピノサはリング上で「(ラミレスに)チャンスをもらったから、彼は再戦の機会を得るに値する」と話していた。エスピノサがあれほどのハートとスキルを示したあとで、多くのファンが再戦を歓迎することだろう。
エスピノサが今後も勝ち続ければ、将来的に現在は1つ下の階級で戦う井上尚弥との対戦も視界に入ってくるのかもしれない。ただ、その前にエスピノサはもう少し実績を積み重ねなければならない。
防衛戦でラミレスとの再戦を制し、IBF同級王者ルイス・アルベルト・ロペス(メキシコ)のような同階級の王者との統一戦にも勝てば、ボクサーとしての格は上がる。その頃には井上の現実的なターゲットとして浮上しているに違いない。今後、そんな道を歩んでいけるかどうか、新しいチャンピオンの軌跡を私も楽しみに見守っていきたいと思う。