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絶望の淵にいたノルウェー先住民、国王と面会へ

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
泣きながら抗議を続けていたサーミの人々 筆者撮影

最後の願いを国王が聞き入れた。16日、ノルウェーの先住民サーミ人はノルウェー国王と面会をする。

4日間に渡って続いた先住民サーミ人とノルウェーの若者たちによる抗議活動がひとまず終わりを告げる。ノルウェー政府はフォーセン地域に風力発電所を設置したが、サーミ人の文化・生業であるトナカイ放牧地が難しくなった。ノルウェー最高裁は「政府は人権侵害をしている」と判決を下したが、それから2年経っても風車は稼働したままだった。

数々の合法・違法な抗議活動をつづけた活動家たちは、「もう他に行くところがない」と、王宮前広場に座り込み、「王宮から返事がくるまでは動かない」と国王に話を聞いてもらうことを要求した。なんと要求の数時間後に、王宮は「3日後に面会をする」という異例のスピードで返事をする。

サーミ人たちの「他に行くところがない」という絶望的な叫びは事実だった。活動家たちはすでに今年に1度大きな抗議活動をしており、その際はノルウェー政府と首相が「人権侵害をしている」ことを正式に認め、謝罪した。最高裁がすでに判決をくだしていても、政府はそれまで公式に認めて謝罪をしていなかった。しかし、政府は「風車は撤去しない」「対話で解決したい」という態度を崩さなかった。風車が稼働しているフォーセン地域でトナカイ放牧をするサーミ人は「意味のない話し合いを重ねて、我々の気力がなくなっていくだけ」と追い詰められていた。

前回の抗議では「政府が公式に人権侵害を認め謝罪する」というタイミングで抗議活動は終わったが、今回は政府はなにかしら状況を変える兆候は見せていなかった。全ての省庁を封鎖しても、政府は態度を変えない。そのため、絶望的になったサーミ人たちは泣きながら国王に助けを求めたのだ。「国王が面会を受け入れる」という急展開で、今回の抗議活動は解散となった。

国王と面会することで何か変わるのか?

王宮前から行進を開始する人々 筆者撮影
王宮前から行進を開始する人々 筆者撮影

だが、ここで疑問が湧く。ノルウェーでは国王はそもそも政治的な干渉はしない、国をまとめる「象徴的な」役割を担う立場だ。国王にサーミ人が辛さを訴えたところで、何が変わるのだろう?国王がもし風車に口出しをしたら「政治的な介入」となり、国民は分断されるだろう。ノルウェーの誰もが先住民側というわけではない。

サーミ人の多くは民族衣装で抗議活動をした 筆者撮影
サーミ人の多くは民族衣装で抗議活動をした 筆者撮影

それでも、サーミ人の声を聞いてから、世論の動きや政府の考えを変える「なんらかのメッセージ」を国王が発してくれるのではないか。筆者がサーミの人たちから話を聞いていると、そのような希望を持っているようだった。

いずれにせよ、寒い秋の季節に何日も外で座り込む・野宿する行為は体力的・精神的にもきつい。「国王が面会する」という展開は、「抗議活動に意味があった」という希望を最後に活動家たちに持たせるものだった。

14日は活動家たちが解散前の締めくくりとして、市内を行進し、国会前で関係者がスピーチをする形で幕を閉じた。

筆者撮影
筆者撮影

突発的に続いた異例・違法の抗議活動

この4日間で、活動家たちは11の省庁を封鎖し、公務員らはテレワークをせざるを得なくなった。風力発電所を建設し、莫大な収入を得ているとされる再生可能エネルギー供給企業スタットクラフトの出入り口も全て封鎖し、活動家たちは警察に担ぎ込まれて強制退去させられた。国会内の広間にも座り込み、ここでも警察に担ぎ込まれて強制退去させられる。オスロ中心部にあるカール・ヨハン通りも封鎖して交通を止めた。国会前の広場にはいくつものサーミ人の移動式住居ラヴヴォを設置し、座り込み野宿を続けた。そのうち1人の活動家は1か月間、座り込みを続けた。

警察に注意をされても動くことを拒み、警察に担ぎ込まれて撤去させられる「市民的不服従」は「違法行為」であるが、ノルウェーでは最終的な抗議活動として実行されることが多い。

スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥーンベリさんは今年の抗議活動は両方とも応援に駆けつけており、抗議場所から警察に担ぎ出されている。グレタさんの存在や発言力で、この騒ぎは他国のメディアでも報道された。

国会前で「山を生かして!」と叫び参加者たち。風車が建設されたトナカイ放牧地は山にある 筆者撮影
国会前で「山を生かして!」と叫び参加者たち。風車が建設されたトナカイ放牧地は山にある 筆者撮影

共に行進するグレタさんとスウェーデンからやってきた仲間たち 筆者撮影
共に行進するグレタさんとスウェーデンからやってきた仲間たち 筆者撮影

カール・ヨハン通りを行進する市民 筆者撮影
カール・ヨハン通りを行進する市民 筆者撮影

中心人物のひとりであったエッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンさん(白いスカーフの女性)筆者撮影
中心人物のひとりであったエッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンさん(白いスカーフの女性)筆者撮影

サーミのダンスグループがサーミの歌唱法「ヨイク」でダンスを披露 筆者撮影
サーミのダンスグループがサーミの歌唱法「ヨイク」でダンスを披露 筆者撮影

サーミの歌唱法「ヨイク」はアクティビティ、抗議活動中に歌われるものでもあり、行進中はアーティストたちがヨイクで場を盛り上げた 筆者撮影
サーミの歌唱法「ヨイク」はアクティビティ、抗議活動中に歌われるものでもあり、行進中はアーティストたちがヨイクで場を盛り上げた 筆者撮影

人権が幾度となく国によって脅かされているサーミ人は何度も抗議と抵抗運動を繰り返してきた 筆者撮影
人権が幾度となく国によって脅かされているサーミ人は何度も抗議と抵抗運動を繰り返してきた 筆者撮影

ノルウェー社会以上にサーミ社会ではジェンダー平等は浸透しているようで、女性や若者が運動の中心でもある 筆者撮影
ノルウェー社会以上にサーミ社会ではジェンダー平等は浸透しているようで、女性や若者が運動の中心でもある 筆者撮影

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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