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スマホ漫画で追突死亡事故 真実を明らかにしたのはドラレコだった

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
相次ぐ「ながらスマホ」の危険な運転による重大事故。運転者のモラルが問われています(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

■楽しかった夫婦ツーリングが、一瞬の追突事故で暗転

 まずは、この写真をご覧ください。

 高速道路の事故現場から引きあげられた250ccのオートバイが、レッカー車の荷台に横倒しの状態で積まれています。ハンドル周りは原形をとどめず、車体も大破しています。

事故現場からレッカー車で引きあげられた井口百合子さんのバイク。奥に写る夫の貴之さんのバイクと共に運ばれた(遺族提供)
事故現場からレッカー車で引きあげられた井口百合子さんのバイク。奥に写る夫の貴之さんのバイクと共に運ばれた(遺族提供)

 つい数時間前まで、このバイクには39歳の女性が乗っていました。

 夫婦で2台のバイクを連ね、ヘルメットに装着された無線機で楽しい会話を交わしながら、泊りがけのツーリング……。

 しかしその楽しい旅は、自宅まであと少しというところで断ち切られてしまったのです。

 2018年9月10日、午後9時11分、事故は関越自動車道下り線、大和PAから小出ICの間の見通しのよい片側2車線の直線道路で発生しました。

 夫の井口貴之さんは左車線を、妻の百合子さん(当時39)はその後ろを走っていました。

 制限時速80キロの区間でしたが、百合子さんは時速約70キロで走行していたところ、後ろから運送会社のワゴン車が時速100キロのスピードで追突。百合子さんは避ける間もなく、そのままワゴン車の前後輪に轢かれたのです。

■高速道路上に横たわる妻の変わり果てた姿

 無線での会話が、突然の百合子さんの悲鳴とともに途切れたことに異変を感じた貴之さんは、すぐに自分のバイクを路肩に止め、百合子さんの姿を確認しに後方へと戻りました。

 しかし、目に入ったのは無残な光景でした。

 百合子さんは40~50秒後に走行してきた後続車にも轢かれ、脳挫傷等の致命傷を負い、命を奪われたのです。

 現場はその後、7時間にわたって通行止めになったほどの大事故でした。

 事故の翌朝、ワゴン車の運転手は、「なぜこんなことになったんだ」と詰め寄った貴之さんにこう説明したそうです。

「対向車に気を取られて、わき見してしまった」

 結局、運転手は逮捕されることはなく、事故処理されました。

死亡した百合子さんは、地元のFM局でパーソナリティをつとめ、活発で明るく、優しい人柄だったという(遺族提供)
死亡した百合子さんは、地元のFM局でパーソナリティをつとめ、活発で明るく、優しい人柄だったという(遺族提供)

■ドライブレコーダーに写っていた「スマホ漫画」の動かぬ証拠

 ところが、事故から1週間後、思わぬ展開を見せます。

 新潟県警は、ワゴン車を運転していた男性(当時50)を、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死)の疑いで逮捕したのです。

 夫の貴之さんは語ります。

「逮捕後、警察からその理由を聞いて驚きました。わき見という当初の説明は全くの嘘で、加害者は、高速道路に入ってからもスマホの小さな画面で、ミステリーやホラー系の漫画を読みながら、十分に前を見ず運転を続けていたそうです。そして、前方の妻のオートバイに気づかずに追突したのです」

 実は、加害者がスマホで漫画を読み続けていたことは、本人の車のドライブレコーダーにはっきりと記録されていました。

 夜間だったことから、その様子はフロントガラスに反射して写っており、約4時間にわたってその映像が残されていたというのです。

 この映像をもとに警察が加害者から事情を聞いたところ、本人が「わき見」ではなく「ながらスマホ(漫画読み)」をしていたことを認めました。

 また、加害者の車には、運転手の目の動きを感知し、居眠りや脇見を3秒以上検知すると警報ブザーが鳴る装置も取り付けられていましたが、それすらも無視し、マンガを読みふけっていたといいます。

 時速100キロの車は、10秒間に約280メートル進みます。高速道路で10秒以上前方から視線をそらすことが、どれほど危険な行為なのか……。

 検察官は、「これは目隠しをして走っているのと同じだ」と述べたそうです。

 夫の貴之さんは、今回、私に直接連絡をくださった理由について、こう話してくださいました。

「加害者の言い分だけで処理をされた交通事故のことを『Yahoo!ニュース』の柳原さんの記事で知り、妻の事故と全く同じだと思いました。もし、ドライブレコーダーに映像が写っていなければ、この事故は単純なわき見運転で処理されていた可能性が大だったでしょう。なぜこんなことで妻は殺され、私たちの人生が壊されなければならなかったのか……。私は、ながらスマホの危険性、そして加害者が嘘をつくことの悪質性を広く世間に知っていただきたいと思うのです」

事故は夫婦で出かけたツーリングの帰路に発生しました。百合子さんは万一に備え、保護装備のあるライディングウェアを身に着けていたそうです(遺族提供)
事故は夫婦で出かけたツーリングの帰路に発生しました。百合子さんは万一に備え、保護装備のあるライディングウェアを身に着けていたそうです(遺族提供)

■マンガを読みながらの運転は悪質な「危険運転」

 この事故は現在、新潟地裁長岡支部で刑事裁判が進行中です。

 夫の貴之さんは、事故後、心身に大きなダメージを受け、仕事復帰にも長い時間がかかったそうですが、被害者参加制度を利用してご自身も検察官と共に法廷に立ち、6月24日には被告に対して直接尋問を行いました。

 被告が運送業務に携わるプロドライバーであるにもかかわらず、スマホで漫画を読みながら高速走行をしていたこと、そして、事故直後にそのときの閲覧履歴を消去するなどして事実を隠し、「対向車線のほうをわき見していた」と嘘の供述をしていたことの悪質性に言及し、危険運転致死など重い罪を課してほしいと述べたそうです。

「ながらスマホ」による事故のニュースをたびたび耳にする昨今ですが、実際に車を運転していると、信号待ちなどで明らかにスマホに夢中になっているようなドライバーをたびたび見かけます。

 ドライバーはこの行為の危険性を改めて認識すべきでしょう。

 ましてや、スマホの小さな画面でコマ割りされた漫画を読みながら、クルマを運転するなど論外です。

 次の裁判は、7月16日。被告人に対しての論告求刑が行われる予定です。

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ながらスマホ(漫画読み)のワゴン車に追突され命を奪われた井口百合子さん(遺族提供)
ながらスマホ(漫画読み)のワゴン車に追突され命を奪われた井口百合子さん(遺族提供)
ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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