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「ひきこもり」に対する「偏見助長」後に起きていること

加藤順子ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士
ひきこもりの当事者団体や家族会ウェブサイトに掲載された声明(コラージュ)

5月29日に神奈川県川崎市で児童と保護者計20人が殺傷された事件で、市が、事件直後に自殺した岩崎隆一容疑者(51)が「『ひきこもり傾向』にあった」と会見して以降、「ひきこもり」と「事件」をキーワードにした報道が駆け巡っている。

筆者は、2012年に友人たちと「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」という対話型のイベントを立ち上げ、この7年間、数多くのひきこもり当事者・経験者たちと一緒にIORIを運営してきた。そこで出会った彼・彼女らは、私にとっての友人となり、ときには取材に役立つ弱者の本音を教えてくれる師匠であり、共に生きる仲間である。そうした交友関係に身を置く立場として、この嫌な空気の中で、記事を書く。

■当事者や家族が慎重な報道を求めた呼びかけはどこへ?

川崎殺傷事件の要因が「ひきこもり」にあったと誤解されるような報道が相次いだことに関して、ひきこもりの当事者でつくる団体や家族会たちは一斉に、違和感を表明し、慎重な報道を呼びかけた。

まず5月31日、ひきこもり経験者主体の団体「ひきこもりUX会議」(林恭子代表、恩田夏絵代表)がウェブサイトに、「誤解と偏見を助長するもの」などと慎重な報道を呼びかけると、翌6月1日には、国内に53支部を持つ「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(伊藤正俊代表、中垣内正和代表)も、「家族の不安、偏見を助長するような報道は控えて」と声明を公表した。また、ひきこもり当事者・経験者だけで執筆・発行しているメディア「ひきポス」(石崎森人編集長)は、事件直後から、ウェブサイトに川崎殺傷事件に寄せた記事を連投し、いずれも、報道による偏見拡大に対する懸念を表明している。

これらを受けて、川崎事件とひきこもりを結びつけようとする各社の報道姿勢は、いったん収まったかのように思えた。

ところが、31日から1日にかけて、福岡市と東京都練馬区で起きた2件の家族間の刺殺事件の背景にも、「中高年のひきこもり」が絡んでいたことから、今度は、性急に「中高年のひきこもり」特集を組もうとするメディアも入り混じるようになった。

6月2日にかけての週末は、当事者たちが利用するSNSには、どの番組が、どんな取材をし、どんな素材をどんなやり方で探しているかという情報も飛び交った。そして週が開けた3日は、「ひきこもり」は、「事件」とパラレルに扱われたままで、1週間後の今日も、偏見が助長される報道が続いている。

当事者や家族たちからの、祈るような思いで発信された数多くの声は、このまま「焼け石に水」になってしまうのだろうか?

■落ち込む中高年の当事者たち「怖くて外に出られない」

こうした事件報道のあり方は、すでに、ひきこもり当事者へ負の影響を与えていることを知ってほしい。

ひきこもる本人や家族を支援するNPO「楽の会リーラ」(東京都豊島区)には、岩崎容疑者と同年代である、40代・50代のひきこもり当事者4人から相談があったという。

相談の対応をした市川乙充事務局長は、こう憤る。

「当事者の落ち込み方は、尋常ではありません。『自分も犯罪者扱いされるのではないか』『外に出るのが怖くなった』といった、川崎の事件を受けての内容ばかり。こんな状態では、本人たちはまたひきこもってしまう。報道では、これ以上、『ひきこもり』という言葉を使ってほしくない」

■親や兄弟姉妹にも広がる動揺

家族たちの動揺もひろがっている。

冒頭で触れた声明を出した団体の一つ、KHJ家族会は、5月30日の理事会で、川崎事件を受けた声明文を緊急討議した。各地の支部で、「うちの子どもも事件を起こすのではないか」などと不安に駆られた親たちから、相談が来ていると報告があったからだ。

そうした直後に、今度は6月1日に東京都練馬区で、76歳の父親が、44歳の長男を刺し殺すという痛ましい事件が起きた。全国各地の親たちが懸念していたことは、この家庭で、最悪の形で現実化してしまった。

練馬刺殺事件のその後の各社の報道によれば、殺された長男はひきこもっていて、周囲とのトラブル、家庭内暴力もあった。逮捕された父親は警察に、「川崎の事件があり、長男が第三者の子供に危害を加えるのが危険だと考えた」といった趣旨の供述をしているという。

供述からは親としての日頃の苦悩の深さが伝わってくるが、この父親は、区の相談先に相談した形跡もないというから、長男の「ひきこもり」に関しては支えが得られず、孤立状態にあったのかもしれない。そうしたところに、ダメ押しのように、「ひきこもり」の偏見を助長するような、事件報道が溢れたのだろう。

KHJ家族会によると、3日以降も、親たちや兄弟姉妹からの問い合わせが相次いでいるという。

■報道機関は、適切な支援や相談に結びつく情報の掲載を

川崎刺殺事件からの1週間、ほぼ全てのメディアがそれぞれの事件を「ひきこもり」に絡めて報じていたが、事件後3日間で、公的な支援や相談機関や制度、家族会に関する情報をわかりやすく掲載していたのは、31日の産経新聞だけだったように思う。

KHJ家族会の上田理香事務局長は、週明けの3日になってから、メディアからの取材に対し、ニュースに合わせて家族会や公的機関の情報を出すように呼びかけ始めた。

「正直、この過熱報道で、おびえ、萎縮してしまう家族や本人は少なくないと思います。元々、外部に助けを求めに行くこと自体がハードルが高いが、今は、さらに高くなってしまっている可能性があります。なので、家族以外の親戚でも友人でも知人でもいいので、誰かが相談や情報につながれるようにと、中高年のひきこもりの相談先のリストやテロップは出してもらいたいです」

地名の間違えを修正しました(6月7日8時)

ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士

近年は、引き出し屋と社会的養護を取材。その他、学校安全、災害・防災、科学コミュニケーション、ソーシャルデザインが主なテーマ。災害が起きても現場に足を運べず、スタジオから伝えるばかりだった気象キャスター時代を省みて、取材者に。主な共著は、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)、『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)、『下流中年』(SB新書)等。

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