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「関わりあいと自由」 ―南北首脳会談の読み方

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
18日、平壌市内の朝鮮労働党中央党舎で首脳会談を行う南北首脳。写真は共同取材団。

印象深い3つのシーン

今日、平壌で起きた出来事の中で、印象深いシーンをいくつか挙げてみたい。

一つ目は平壌の順安(スナン)空港に到着した文在寅大統領を金正恩委員長が出迎え、次の目的地へと向かう際に、文大統領が空港に動員されていた北朝鮮の市民に近寄り、握手をした場面だ。

拍手をしつつ金委員長と共にレッドカーペットの上を歩いていた文大統領は、突然、市民の元に歩み寄り、4〜5人と握手をする。金委員長は数秒のあいだ見守り、文大統領に「行こう」と遠慮がちに催促する。市民たちは握手をしようと待ち構えている。

それでも文大統領がやめないと、今度は腰のあたりに手を添え再度うながす。やっと文大統領がやめ、二人で再度歩き始めたのだが、その瞬間の金正恩氏の顔は紅潮し、とてもこわばっていた。

次のシーンは、カーパレードだ。道路の両側はもちろん、歩道橋やビルの窓にも「祖国統一」を叫ぶ着飾った人々が並ぶ中を、オープンカーに乗った南北首脳がゆっくりと通りすぎる。10万人と推定される平壌市民の一糸乱れない姿は圧巻だった。

そして最後のシーンは、午後3時45分からの首脳会談に先立ち、文大統領と金委員長が交わした発言だ。

金正恩委員長

「文大統領に三度会いましたが、私の気持ちは『私たちが本当に親しくなったな』というものです。さらに大きな成果がありましたが、文大統領の疲れることを知らない努力の賜物です。北南関係、米朝関係がよくなりました。歴史的な米朝対話の会合は文大統領のおかげと言っても過言ではありません。南北関係だけでなく、文大統領もご存知の通り歴史的な朝米対話、朝米首脳会談の火種を探して育ててくれて…(※聞き取れず)今後、朝米の間にも続けて進展する結果が出ると思いましたが(※聞き取れず)文大統領が傾けた努力にもう一度、謝意を表します」

※「聞き取れず」の部分は現地発信映像の音声状態が悪く、プレスセンター全体でコメントが確定していない状態です。

文在寅大統領

「まず、金正恩委員長と李雪主女史、平壌市民の熱烈な歓待に感謝します。本当に期待以上に歓待してくれました。板門店の春が平壌の秋になりました。5か月ぶりに3度目に会いましたが、振り返ると平昌冬季五輪、そしてそれ以前に金委員長の新年辞があり、その新年辞には金委員長の大胆な決定がありました。(これまでの)この過程は、金委員長の決断によるものでしたし、新しい時代を開こうとする金委員長の決断に謝意を表します。

平壌市内を見ると、平壌が驚くほど発展していて驚きました。山にも木が多かったです。困難な条件で人民の生活を向上させた金委員長のリーダーシップに敬意を表し、期待するところが大きいです。一方で、私たちが背負っている、背負わなければならない重さを切実に感じ、重い責任感を感じます。8千万の同胞に秋夕(チュソク)の贈り物として豊かな結果を残す会談になるよう望みます。全世界も注視していますし、全世界の人々にも平和と繁栄の結実を見せてあげられれば良いと思います」

何を読み取るのか

筆者はこの一連のシーンを見ながら、これからも続くであろう南北の和解・交流・協力を見る際、どこに焦点を合わせ評価すればよいのかを考えていた。

ひとつ目のシーンは「民主主義」である。韓国のニュース番組である解説者も述べていたが、「主人はあくまでも市民」であることを文大統領が示した。そして金正恩氏は顔を赤らめた。

ふたつ目のシーンは「全体主義」といっていい。誤解せずにいただきたいが、北朝鮮の人々がロボットだと言いたいのではない。あのような動員ができる体制が未だ維持されているということだ。

みっつ目のシーンは「建前と本音」だ。互いに得たいものがある。北は経済制裁解除が、南は経済発展のための動力と平和が欲しい。そのためには相手をおだてるしかない。

先に「これからも続く」としたのは、すでに南北ともに戻れない所まで来ているからだ。

文政権と金正恩氏の評価(権力ではない)は一蓮托生となっている。一連の動きが裏切られる場合には文政権は再起不能となるし、金正恩氏の国際的な信用はゼロとなる。

ここまで踏まえ、筆者が提案する評価の基準は「関わりあいと自由が広がったか」である。

南北問題は一部の権力者の占有物ではない

韓国民の心も揺れている。06年の北朝鮮による初の核実験後にも北朝鮮との交流、経済協力を続けた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権末期には、「平和繁栄」を掲げた北朝鮮包容政策への支持度は3割に過ぎなかった。

一方、李明博・朴槿恵政権で南北関係が断絶した後に、11年ぶりに行われた今年4月の南北会談への支持は9割に肉薄した。このように一般の市民は結果でしか判断できない事情がある。

南北問題は依然として一部の権力者の占有物となっているのが現実だ。韓国の国民は信じて従うしかない。

だが、韓国が推進する「朝鮮半島新経済地図」に代表される南北経済協力などが進む場合に、必然的に南北の接触が多くなる。

韓国のアイデンティティは「世界最貧国からの経済発展」と「軍事独裁政権からの民主化、民主主義」にある。金正恩氏の絶対的な権力を規定する「唯一的領導体制」を維持する北朝鮮とは、価値観が正面から激突する日が来る。それを金正恩氏が知らないはずはない。

「関与と自由」が増えるか

ひるがえって今の状態をどう見るか。

北朝鮮は昨年11月29日、「核武力の完成」を宣言し対話の場に出てきた。昨年5月に発足した韓国の文在寅政権は、北朝鮮が対話の場に出てこられるよう環境を管理し、米朝の暴発を押しとどめた。

北朝鮮の「核の脅威」を重要視し、対話の際に非核化や核凍結を条件とした過去の李明博・朴槿恵政権の態度は、国家として毅然なものと正当化できないことはない。しかし文政権は「対話無くして非核化もない」と考え、一歩踏み込んだところに3度目の南北会談という今日を迎えたのだ。

とはいえ、今はまだ一般人が南北関係改善のプロセスに参加することができない。筆者もまた特別な過程だと思い見守るしかない。

だがもしも今後、南北関係が正しい方向、すなわち「関わり合いと自由を増やす」ところに向かわない場合には、声を上げなければならない。これこそが今後の進展を測るバロメーターになるだろう。明日の会談の結果がこうした期待に答えてくれることを切に望む。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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