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コロナ禍で落書きが急増? なぜ落書きするのか、その心理が防止のヒントに

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:アフロ)

複数のメディアによると、新型コロナウイルス感染症の影響で、街中の落書きが増加しているという。その背景には、休業店舗や空き店舗が増えたこと、外出自粛やテレワーク導入で人通りが減ったこと、コロナ禍によるストレスが強まったことなどがあるようだ。

なぜ落書きをするのか、どうすれば落書きを防げるのか、犯罪学の視点から考えてみたい。

割れ窓理論とは

落書き問題は、犯罪学では、「割れ窓理論」の枠組みで考えられることが多い。割れ窓理論とは、「管理が行き届いてなく、秩序感が薄い場所では犯罪が起きやすい」という理論である。人ではなく場所に注目する「犯罪機会論」のソフト面(心理面)を担っている。

犯罪機会論は、「犯行のチャンス」をなくそうとするアプローチで、「犯行の動機」をなくそうとするアプローチ(犯罪原因論)とは違う。つまり、動機があっても、犯行のコストやリスクが高く、犯行によるリターンが低ければ、犯罪は実行されないと考える立場である。落書き対策も、この視点から導き出されている。

割れ窓理論は、1982年に、ハーバード大学研究員(後にラトガース大学教授)のジョージ・ケリングが提唱した。ここで言う「割れた窓ガラス」とは、地域社会の乱れやほころびの象徴であり、その背景に住民の無関心や無責任があることを連想させる言葉だ。

ケリングは、かつて自身が訪問した日本の交番が、割れ窓理論のアイデアに結びついたと述べている。確かに交番の役割は、犯人の逮捕(犯罪原因論の視点)というよりもむしろ地域の支援(犯罪機会論の視点)である。

割れ窓理論が、地域に目を向け、その秩序の乱れを重視するのは、「悪のスパイラル」と呼ばれる心理メカニズムを想定しているからだ。

秩序の乱れという「小さな悪」が放置されていると、一方では人々が罪悪感を抱きにくくなり(悪に走りやすくなり)、他方では不安の増大から街頭での人々の活動が衰える(悪を抑えにくくなる)。そのため、「小さな悪」がはびこるようになる。そうなると、犯罪が成功しそうな雰囲気が醸し出され、凶悪犯罪という「大きな悪」が生まれてしまうというのだ。

原語の「ブロークン・ウィンドウズ」は「破れ窓」と訳されることもあるが、誤訳である。「窓破り」は空き巣の手口で、地域の無秩序とは関係ない。無秩序と関係するのは、施設の割れ窓、落書き、不法投棄ゴミ、放置自転車、汚い公衆トイレ、廃屋・廃車などだ。ちなみに、イギリスでは、割れ窓理論が重視する「無秩序」が法律の名前にまで採用されている(Crime and Disorder Act 1998)。

犯罪都市ニューヨークの変貌

割れ窓理論に基づく取り組みのうち、最も有名なのがニューヨーク地下鉄での強盗対策である。

かつて「犯罪都市」の代名詞だったニューヨークでは、地下鉄車内での強盗の横行に手を焼いていた。そこでまず、車両の落書きを「割れた窓ガラス」に見立て、落書き消しに取り組んだ。落書きが姿を消すと、次に無賃乗車を「割れた窓ガラス」に見立て、ハードとソフトの両面から多様な対策を講じた。その結果、地下鉄での強盗は10年間で85%減少したという。落書きだらけだった車両も、今はすっかりきれいになった。

割れ窓理論の導入前と導入後のニューヨーク地下鉄(筆者撮影)
割れ窓理論の導入前と導入後のニューヨーク地下鉄(筆者撮影)

日本でも、『水文・水資源学会誌』で、水質汚濁が著しい河川の流域ほど犯罪発生率が高いという分析結果が報告されている。

しかし、割れ窓理論に対しては批判もある。もっとも、そのほとんどは誤解に基づいている。

例えば、割れ窓理論は軽微な秩序違反行為を容赦なく取り締まるゼロ・トレランス(不寛容)型の警察活動を推進するので、エスニック・マイノリティー(民族的少数派)を過剰に取り締まる人種差別に結びつくとする主張がある。

しかしケリングも、そして割れ窓理論を実践した元ニューヨーク市警本部長ウィリアム・ブラットンも、割れ窓理論とゼロ・トレランスとは別物であると明言している。確かに、割れ窓理論の主役は住民なので、理論上は、警察の役割は住民支援ということになる。

また、研究者が落書きを消しても犯罪は減らなかったという報告もあるが、これも割れ窓理論の主役が住民であることを忘れたもので、住民自らが動かなければ変化は起こるはずがない。なぜなら、住民活動が活発かのように見せかけても、無秩序のシグナルは他の場所で見つかってしまうからだ。いわば、「頭隠して尻隠さず」である。

割れ窓理論から導き出される対策

「無秩序」を印象付けないためには、言い換えれば、「悪のスパイラル」に陥らないためには、落書きされたら、すぐに消し、放置しないことが重要である。なぜなら、落書き犯は、自分で見て自己満足するか、他人に見せて自慢するために書くからだ。

この心理を逆手に取ったのが、落書き公認の街路である。海外の事例では、ストリートアートとして、観光資源にもなっている。ただし、建物のオーナーの許可を取ったり、行政的な承認を申請したりする必要があるという。

ロンドンとメルボルンの落書き公認道路(筆者撮影)
ロンドンとメルボルンの落書き公認道路(筆者撮影)

同様に、落書き犯の心理を踏まえた対策として、落書きを目立たせないような絵を描くことも有望だ。子どもが描いてもいいし、抽象画家が描いてもいい。

チリ最大の港町バルパライソに、民家の壁を利用した「青空美術館」がある。坂の途中20カ所に展示されている壁画は、無料で鑑賞できる。バルパライソ・カトリック大学の教授で画家のフランシスコ・メンデスの提案で始められた。

不思議なことに、壁画が展示されている壁には落書きがないが、壁画が展示されていない壁は、落書きだらけである。仲間を裏切ることになると思うのか、それとも勝ち目はないと思うのか、落書き犯も芸術を汚すことはしないようだ。

バルパライソの街にある、落書きがない壁と落書きだらけの壁(筆者撮影)
バルパライソの街にある、落書きがない壁と落書きだらけの壁(筆者撮影)

まずは、机やテーブルの上を整理整頓し、「できる人間」「使える人間」を演出してみてはどうだろう。

「細部に気を配れ。兆しは些細なところに現れる」―― 海堂尊『モルフェウスの領域』(角川文庫)――

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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