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アウシュビッツ博物館、ツイッター(X)のブロック機能廃止に反対・マスク氏に訴え

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

「アウシュビッツ絶滅収容所で犠牲になった人たちの記憶を傷つけることになります」

ツイッター(X)のオーナーのイーロン・マスク氏が2023年8月18日に、特定のアカウントによる連絡や投稿の閲覧、フォローを制限する「ブロック機能」を廃止する予定を明らかにした。マスク氏はDM(ダイレクトメッセージ)以外のブロック機能は廃止する予定で、ブロック機能には意味がないとしている。

このイーロン・マスク氏のツイッター(X)によるブロック機能の廃止に対して、アウシュビッツ絶滅収容所博物館がブロック機能廃止の反対を訴えていた。

「アウシュビッツ絶滅収容所博物館の投稿に対して反ユダヤ主義やホロコースト否定論のコメントをしてくる人たちに対処しないことはアウシュビッツ絶滅収容所で犠牲になった人たちの記憶を傷つけることになります。アウシュビッツ絶滅収容所博物館では、ホロコーストの否定と反ユダヤ主義の憎しみを助長するユーザーをブロックしてきました。それは私たちがアウシュビッツ絶滅収容所で起きた悲惨な歴史の記憶を後世に伝えるという使命から決定したことです。守られるべき安全な空間が必要です。アウシュビッツ絶滅収容所の犠牲者の記憶を悪用しようとする人々やアカウントと議論することは、我々の価値観に反します。このような人たちは議論を望まないで、ただ攻撃的な痛々しい発言をしてきます。そのためツイッター(X)でのブロック機能は、反ユダヤ主義者やホロコースト否定論者がアウシュビッツの記憶を攻撃し続けることを止めるために必要な手段です」とコメント。

さらに「現代のデジタル社会においてSNSのプラットフォームは重大な倫理的な責任を負っています。ヘイトスピーチに積極的に対抗して阻止すべきです。アウシュビッツの犠牲者の記憶を守っていく必要性を無視するSNSは敬意と共感が存在しないオンライン環境です。ブロック機能はただのアクションではなく現実的な手段です。反ユダヤ主義やホロコースト否定などの敵意を広めるアカウントを通報しても応答がないことがしばしばあります。ブロック機能はアウシュビッツの地獄を経験し殺害されていった人たちの記憶を守っていくための方法です」と訴えていた。

現在でも欧米やアラブ諸国では反ユダヤ主義が根強く「ホロコーストはなかった」「ユダヤ人はそんなに殺されていない」といったホロコースト否定論者が多く、そのようなホロコースト否定に関する投稿はネットやSNSにも多く、あっという間に拡散されている。特に若い人たちはSNSでのホロコースト否定の情報を鵜呑みにしてしまう傾向が強い。ホロコースト生存者は高齢化が進み、ホロコーストを体験した人たちは年々減少している。「ホロコーストは当時、実際にあった」と証言できる生存者らがいなくなると、「ホロコーストはなかった」という"ホロコースト否定論"の投稿や情報が世界中に蔓延することによって「ホロコーストはなかった」という虚構がいつの間にか事実になってしまいかねない。いわゆる歴史修正主義だ。このようなことをアウシュビッツ絶滅収容所博物館や世界中のホロコースト博物館やユダヤ団体は懸念している。

Facebookやツイッター(X)などはホロコースト否定や民族憎悪に関する投稿は禁止されており、投稿が発覚すると削除される。だが、反ユダヤ主義やホロコースト否定の投稿は機械的には発覚しにくいような隠語や仲間内でしかわからない言葉で書かれていることがほとんどで、発覚しにくく削除されないものも多い。

犠牲者の誕生日に写真、生まれた場所、殺害された場所を毎日発信

アウシュビッツ絶滅収容所博物館ではツイッター(X)で毎日情報発信を行っている。アウシュビッツ絶滅収容所博物館のツイッター(X)では、毎日、アウシュビッツ絶滅収容所で犠牲になった方々の誕生日や殺害された日に、彼らの写真とともに生まれた場所、いつ殺害されたかを投稿している。110万人以上が殺害されたアウシュビッツ絶滅収容所なので、毎日誰かしらの誕生日である。ナチスドイツではヨーロッパ中のユダヤ人を絶滅することを政策として掲げていたので、支配した地域でもユダヤ人をリスト化していた。そしてどの地域で何人のユダヤ人をどこの収容所に送るという"ノルマ達成"を官僚主義的に行っていたが、その際にもきちんとユダヤ人の情報をリスト化していた。現在ではデータベース化されており、アウシュビッツ絶滅収容所博物館ではその日が誰の誕生日かがわかる。

写真が残っていない犠牲者の場合は文字だけで犠牲者の情報を投稿している。ユダヤ人にとっては家族や友人らとの幸せだった時代の写真は貴重なものでアウシュビッツまで持ってきたが、ナチスドイツにとっては全く価値のないものだった。そのためすぐに焼却されてしまったので、平和な時代の写真が残っているのはとても貴重である。だがアウシュビッツでは強制労働に適していると判断された囚人らは3方向から写真撮影されていた。それらの写真がデジタル化されて保存されており、3枚の写真が犠牲者の誕生日に掲載されることが多い。

さらに大量にある犠牲者の写真の他にも文書、遺品などをデジタル化して保管しており、それら貴重な歴史的コンテンツを毎日ツイッター(X)で世界中に発信している。アウシュビッツ絶滅収容所博物館では、2019年8月に「解放75年を迎える2020年1月までに、ツイッター(X)のフォロワーを75万人まで目指す」と掲げていた。当時は55万人程度のフォロワーだったが、2019年末には75万まで到達し、目標はクリアした。その後、アウシュビッツ絶滅収容所博物館では「フォロワーを2020年1月27日(国際ホロコースト記念日)までに100万人」と目標を上方修正し、この目標もクリアされ、2022年末までにフォロワー数150万の目標を掲げていて、それもクリアしていた。

アウシュビッツ絶滅収容所の博物館のツイッター(X)ではホロコースト関連のニュースや犠牲者の情報、生存者の体験など決して明るいニュースや情報ではなく、目を覆いたくなるような写真や生々しい情報も多い。また当時のホロコーストの様子やニュースだけでなく、現代社会のヘイトスピーチや民族憎悪、欧米では根強く残っている反ユダヤ主義に対しても警鐘を鳴らしている。

▼イーロン・マスク氏のブロック機能廃止に対して、アウシュビッツ絶滅収容所博物館のアカウントは反対を訴える

▼アウシュビッツ絶滅収容所で犠牲になった犠牲者を追悼。このように犠牲者の誕生日に写真付きで毎日発信されている

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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