顔にアザがある女性=大人しく恋に臆病。その勝手なイメージを覆す新たなヒロイン像に込めた思い
今年も数々の映画を通して、さまざまなヒロインと出会ってきたが、映画「よだかの片想い」の主人公・アイコは日本映画において最もいそうでいなかった画期的なヒロインといっていいかもしれない。
顔にアザのある女性という、ひと昔前であれば悲劇のヒロインとしてしか語られない、護られるべき存在を、ほとんど真逆といっていい、主体性のある、自らが主導権を握る女性として存在させた。
強くてしなやか、そしてしたたかなアイコは、男性にとって「かわいい」存在というロジックにほぼ落とし込まれる近年の日本映画のヒロインの中に入ると異彩を放つ。
このアイコという存在で何を描き、彼女にどんな思いを込めたのか?手掛けた安川有果監督に訊く。(全四回)
飛坂は好きになってしまうと、やっかいな男性
前回(第一回はこちら)、原作を読む中で主人公のアイコに目が行き「なにか新たな女性像を描けるのではないかと思いました」と語った安川監督。
一方で、アイコが心を寄せることになる飛坂の存在にも目がいったという。
「映画監督の飛坂は、好きになってはいけないタイプというか。
ちょっとずるい男性で、気持ちの所在がどこにあるのかわからない、見えてこない。
だから、相手からすると、ある瞬間、ものすごく愛されているように感じるんだけど、次の瞬間には、もうわたしから心が離れているのではないかと感じてしまうようなところがあって。
自分のことをちゃんとみてくれているのかわからなくて、気持ちを不安にするところがある。
しかも、それを本人が自覚しているのか、自覚していないのかもわからないし、悪気があるのかないのかもわからない。
好きになってしまうと、やっかいな男性だと思うんです。
そんな男性に、アイコが立ち向かっていくじゃないですけど、関係を深めようとするところがいいなと思ったんです。
また、飛坂も描きがいがあると思いました。
というのも、彼は匙加減を間違えると、一気にいい人にも悪い人にも振れてしまう。
描き方ひとつで彼は、善人にも、悪人にもなってしまう。
ただ、この物語にある恋愛の要素を考えると、あまりいい人間過ぎても、あまり悪い男でも成立しない。
微妙な塩梅が求められる難しい人物で、だからこそ描いてみたいと思いました」
顔にアザがあることをアイコはどうやって受け入れたのか?
そこにきちんと思いを馳せたかった
本作のメイン登場人物である、前田アイコは理系の大学院生、一方の飛坂逢太は、映画監督。
顔の左側にアザのあるアイコは、そのコンプレックスから恋愛には距離を置いてきた。
その状況に変化の兆しが表れるのは、飛坂の存在。
アイコが「顔にアザや怪我を負った人」をテーマにしたルポルタージュの本の取材を受け、その本の映画化を考えたのが飛坂で二人は出会うことになる。
当初、アイコは映画化に消極的。しかし、飛坂の人柄に触れ、考えが変わっていく。同時に男女としての関係の距離も縮まっていく。
そこから彼女自身は大きく変わっていくのだが、アイコを描く上で考えたことをこう明かす。
「直接的になにか描いたというわけではないのですが、わたしの気持ちとしてはアイコの抱えてきたことをしっかり踏まえた上で彼女を存在させたいと考えました。
おそらく顔にアザがあるということは彼女にとっては大きいことで。
現在は受け入れているように見える。でも、そう受け入れるまでには、おそらくかなりの時間が必要だったと思うし、嫌な思いもしてきただろうなと。
いろいろと諦めたり、葛藤したり、苦しんだりしながらようやく受け入れたのではないか。でも、なにかの拍子に受け入れていない部分が出ないとも限らない。
受け入れようとする過程で、フェミニズムとかにも興味を寄せていたかもしれないし、ルッキズムの議論にも関心があったかもしれない。
そういったことに当事者として意見があったかもしれない。積極的ではなかったかもしれないですけど、顔にアザを負った人への取材に最終的に応じていますし。
気持ちとしてそういう傷跡があることを思いながらアイコを描いていこうと考えました」
アイコはおそらく気づいたと思う。
『わたしは誰のものでもない、わたしはわたしだ』と
結末にかかわるので詳細は伏せるが、アイコは飛坂との恋愛を通して、己と向き合い、自分でも気づいていなかった自分の「生き方」に目覚めるところがある。
「さきほど話したようなことを意識しながらも、彼女一人に社会的なテーマを背負わせるのは違うかなという意味で、イデオロギーを全面に出すような描き方はしない方がいいかなと思いました。
あくまでごく普通の女性というか。恋しているときというのは、どこか盲目になってしまい、ときめいてしまう。
ちょっと相手に距離を感じたら、不安になるし、ちょっと元カノの存在とか見え隠れしたら嫉妬心も出てくる。
そういう彼女の女性としての素直な気持ちはほかの女性となんら変わらない。
そこはストレートに感じられるものにしたいと考えました。
ただ、彼女の意識は変えたかったというか。原作から受けた印象としても、アイコは飛坂との恋愛で確実に自己が変化している。
アイコはおそらく気づいたと思うんです。『わたしは誰のものでもない、わたしはわたしだ』と。
社会からも、男性からも、求められるものがある。それについ応じてしまってきたけども、実は決定権は自分の手にこそある。
そのことにアイコは気づいた。そこは大切にしたいと思いました。
だから、飛坂とアイコの恋愛について、たぶんアイコがもう少しわきまえたら順調にいったんじゃないとか、アイコが一歩引いたらあのまま全然続けられているんじゃない、といったように感じる人も多いと思います。アイコの我慢が足りないという人もいるかもしれない。
その意見はすごくわかるところがあるんです。相手に合わせるのが女性だろうという意識が、社会に根強く残っているので。
ただ、アイコはそうではないことに気づいた。その彼女の気づきは大切に伝えたいと思いました」
(※第三回に続く)
【安川有果監督「よだかの片想い」インタビュー第一回はこちら】
「よだかの片想い」
監督:安川有果
脚本:城定秀夫
原作:島本理生「よだかの片想い」(集英社文庫刊)
出演:松井玲奈、中島歩
藤井美菜、織田梨沙、青木柚、手島実優、池田良、中澤梓佐
三宅弘城
公式HP:https://notheroinemovies.com/
全国順次公開中
場面写真はすべて
(C)島本理生/集英社 (C)2021映画「よだかの片想い」製作委員会