『キングダム』の王騎将軍は、巨大な矛をブン回す。いったいどれほど強いのか?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。
春秋戦国時代末期の中国を舞台に、武将たちが知力と体力の限りを尽くして戦う『キングダム』。敵に囲まれて絶体絶命! と思ってページをめくると、次の見開きで大逆転! そんなどんでん返しが果てしなく続いて、本当に面白い。
この傑作で忘れられない人物といえば、王騎(おうき)将軍だろう。「ンフフフ 相変わらず大雑把な戦いぶりですねェ」などと、穏やかなおネエ言葉で話す特異なキャラだが、この人こそは、かつてその名を轟かせた「秦の六将軍」最後の生き残りであった。
『キングダム』は最初から面白いが、王騎将軍が登場すると、面白さのギアが一段上がる。そしてこの人が、主人公・信に「将軍とはどんな存在であるべきか」を伝え、華々しく戦い、静かに退場していくまでの展開は感動的ですらある。
ここでは、この王騎将軍の武人としての強さについて考えたい。彼はズバ抜けた知将で、軍の指揮にも長けているが、作中でも「将軍自ら先頭を行くとき 王騎軍は鬼神と化す」と言われており、彼本人がモーレツに強かったのだ。
◆王騎将軍のデカさとは!?
主人公・信が初めて王騎将軍に会ったとき、その威圧感ゆえに自分の何倍にも大きく見え(そんな絵が描いてある!)、信は「なっ…何だ こいつは――!!(中略)強さも怖さも でかすぎて解からねェ!!!」と独白している。
実際、王騎将軍の体格はどれほどなのか?
信はこのとき15~16歳という設定で、あまり大柄ではないから、身長1m60cmと仮定しよう。それに比べて王騎将軍は、2人が並んでいる複数のコマで比較すると、その1.5倍ほどはある。――ってことは、身長2m40cm!?
さすがに巨大すぎるのでは……という気がするが、実は別のシーンでもこの体格を裏づける表現がある。
それは、嬴政(えいせい)が弟の成蟜(せいきょう)を討った戦いの終盤で、王騎が城壁から飛び降りたシーン。
高さ20mほどの城壁から着地すると(←これがすでにすごい)、足元の石畳に「ビシッ」とヒビが入った!
ヒビの直径は1.6mほどで、石畳の厚さを10cmとすると、540kgの石が破壊されたことになる。高さ20mから飛び降りてこれだけの破壊をする体重とは、なんと280kg。そこから推測される身長は2m47cm。驚くことに、コマの描写で測った身長と同じくらいだ。
この場合、王騎将軍の腕の直径は29cmということになり(一般の男性は10cmほどだろう)、そこから推測される腕力は、普通の人のなんと8.4倍だ。
◆日本刀の30倍も重い矛!
そんな王騎将軍は、いつも右手に「矛」を持っている。
矛は「柄の先に刃のついた武具」で、槍と似ているけど、柄に刃を差し込んだのが槍で、刃に柄を差し込んだのが矛。つまり、矛のほうが刃がデカい。
しかも王騎将軍の矛はサイズが尋常ではなく、マンガのコマで測定すると、王騎の身長が2.4mなら、刃の長さは96cm、柄は1m89cm。両方合わせた全長は2m85cmだ!
重さもすごいだろう。絵で測ると柄の直径は6.4cmほどで、武具に使われる頑丈なカシでできているとすれば5.2kg。また、柄のうち刃に近い64cmほどは装飾のついた鉄板に覆われているので、これが推定9.1kg。柄だけで14.3kgだ。
刃は複雑な形だが、幅の平均を12.8cm、厚さの平均を2cmとすれば、刃だけで19.4kg。柄と合わせると、合計33.7kg。日本刀が1kgほどだから、その30倍以上である。
これほど重い棒状の物は、重心あたりを持つのがいちばんラクで、この2m85cmの矛の場合、それは中心から50cmほど刃先に寄った部分。
ところが王騎将軍は、柄の端から50cmのあたりを片手で持っているのだ。これは中心から刃先と逆側に94cmの位置。この持ち方だと、てこの原理が働いて、実際の重さの4.8倍もの力がかかる。剣や刀も柄の端のほうを持つが、それは軽いからできることなのだ。
王騎将軍は、この大矛を片手でブンブン振り回す!
棒状の物体を振るのに必要な力は、重量だけでなく、長さの2乗にも比例する。しかも、重心が刃先に近いから、なおさらだ。
計算すると、33.7kgもある矛を振るための力は、長さ1mほどの日本刀を振る場合の410倍! さっき「普通の人の8.4倍」書いたばかりだけど、早くも訂正いたします!
◆人間13人を輪切りに!
この大矛の威力が炸裂したのは、趙の巨漢・渉孟と(もうしょう)の戦いだった。
王騎は戦場に渉孟を見つけると突進し、その胴体と、彼が乗っていた馬の首を同時にスパッと斬った! 両方とも高さ10mくらいまで飛び上がった!
いったい、どんな矛の振り方をすれば、こういうことができるのか。
たとえば、肉屋さんが、幅8cm、厚さ5cmの骨つき鶏モモ肉を叩き切る際、500gの包丁を時速30kmで振り下ろすと仮定して、これを元に計算してみよう。直径80cmはありそうな渉孟の胴体と、同じく30cmほど馬の首を切り、さらにそれらを10mほどもスッ飛ばすには、王騎が時速360kmで矛を振らねばならない。新幹線より速い!
もっとすごいシーンもあって、趙荘(ちょうそう)軍との戦いでは、大矛の一振りで13人ほどの兵士の首をスパッと斬って、宙に飛ばしていた。
これに必要なスピードは、なんと時速475km。王騎将軍はオソロシイほど強い!
――しかし『キングダム』では、これほどスゴイ人が戦いで命を落とすのだ。
「なんで!? オレの推しを殺さないで!」と言いたくなるけど、それは史実に沿った物語だからどうしようもない。王騎将軍も実在した人で、紀元前244年に亡くなってしまったのだ。無念……。
なお、『キングダム』第1話の冒頭には、成長した主人公.信の姿が描かれているけど、そこで彼が持っているのは、王騎将軍から譲られた大矛だ。
受け継がれた思いにしみじみ感動してしまうが、よく見ると、体の小さな彼は王騎将軍のように柄の端を持たず、刃に近い部分を握っている! なんて細かな描き分け……!
ワタクシはここにも感動してしまいました。