平和賞で物議を醸さない「安全な」選考をしたノーベル委員会 ノルウェー現地での反応
今年のノーベル平和賞に世界食糧計画WFPが選ばれた。
基本的な情報はすでに日本のメディアで報道されていると思うので、現地ノルウェーでの反応と委員長へのインタビューを掲載する。
選考委員長にインタビュー
今年はコロナ対策のために発表会場に多くの報道機関が出席することは不可能だった。
そのため委員長に順番で単独インタビューという方式がとられる。筆者も3分という時間設定で時間をもらうことができた(実際には5分ほど話せた)。
会場は感染防止対策のために手の消毒を推奨され、使い捨てマスクも配布された。館内ではスタッフがマスクをして歩き回る。ノルウェーではマスク着用の要請・義務は「混雑した公共交通機関内」が基本なので、建物の中でノルウェー人がマスクをする光景は珍しい。
委員長は足の怪我のためにイスに座って各報道機関の相手をしていた。
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ベリット・ライス・アンデシェン委員長の本職は弁護士だ。
委員長「私も他のメンバーも普段はフルタイムで別の仕事をしており、その傍らでノーベル委員会の職務に大量の時間を費やしています」。
あぶみ「協調という言葉が受賞理由で繰り返されました。ノルウェーでも日ごろから頻繁に聞く言葉ですが、なぜこの単語はそこまで重要とされるのでしょうか」
委員長「国際的な協調、多国間協調という言葉は重要です。なぜなら今私たちが向き合う世界的な問題への注目度を高めるために必要な言葉だからです」
「全ての国が飢餓をなくす取り組みをしないといけません。飢餓で亡くなる人を減らすためには、各国の協調は必要不可欠。世界的な問題であり、全ての人を襲う可能性がある危機だからこそ、国際的な協調と団結が必要です」
「市民には日常生活でどのような変化を起こしてもらいたいと思っているか」という質問には、委員長は「意識の変化につながれば」と答えた。
委員長「恵まれた国に住む人は、飢餓で困っている『名前も分からない誰か』の存在を忘れがちです。全ての国には責任があり、問題解決のためにできることがあると、WFPを通して認識してほしいと思っています」
あぶみ「選考基準や平和の解釈については毎年批判がありますが、そのような批判をどのように考えていますか」
委員長「平和の解釈については、食糧と紛争には関係があります。ノーベルの意思に沿って、私たち委員会の仕事は平和のために闘う人々に賞を授与することです。飢餓の問題を解決しようとする行動と国際的協調は、ノーベルの意思に沿った選考基準を満たしていると考えています」
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インタビュー内容は以上で、次はノルウェー現地での反応を紹介する。
国連機関が受賞する可能性は高いと言われていた
国連創設75周年、コロナ渦ということもあり、各国の協力を強化する組織が選ばれる可能性は高いとされていた。
WFPは昨年、おととしと、すでに何度も「受賞する可能性が高い」と指摘されていた。
平和賞を与えることで組織の活動とコロナ対策の後押しが可能となり、「医療的なワクチンがない現代で、カオスに対する別のワクチン」として今年の受賞は全体的に好意的に受け止められている。
WFPが受賞することで憤慨する人、組織、国はあまりなく、国際協力から遠ざかる傾向があるトランプ政権・米国に対しては小さな批判となるかもしれないが、「影響はわずか」とノルウェーのメディアでは伝えられている。
国連や国際組織に好意的で「国際的な協調」という言葉を多用するノルウェー
「国際的な連帯と多国間協調の必要性はかつてないほど求められている」というのが授賞理由の最初の一文には、委員会の伝えたいことが詰まっている。
「国際的な連帯」と「多国間協調」という言葉は、ノルウェーでは非常によく聞く言葉だ。
筆者が現地で取材していると「民主主義」という言葉を聞かない日はないほどで、その次によく聞く言葉のひとつが「国際的な協調」や「協調」(ノルウェー語でサムアルバイド・samarbeid)だ。
ノルウェーを始めとする北欧諸国は人口規模が小さいことから、自分たちだけで国際的にできることは限られているという認識が強い。
だから「他との協調=チームワーク」があってこそ、世界的な貢献を果たし、世界的な課題を解決できると考える傾向が強い。「みんなで協力しあおう」という理想が、アジアや欧州他国以上に高いのが北欧ともいえる。
だから今年のコロナ渦で、WFPやWHOなどの「各国の橋渡しをする組織」が候補者としてより注目されるのは自然な流れだった。
「ノーベル委員会」と「ノルウェー政府や国会」は互いから独立した組織だとされているが、平和賞を誰に与えるかはノルウェーという国になんらかの影響をどうしても与える。
だから中国政府を怒らせるような選択を今のメンバーで成り立つ委員会がする可能性は低いという見方が強い。
平和賞が政治的なイメージと切り離せない証拠として、受賞者の発表直後にノルウェーメディアでコメントをするのは政治記者、首相、国会議員、各政党の党首らだ。
多くの人が「委員会は安全で道理に合った選考をした」と評価している。
「重要で安全な選考」という言葉は、今のノーベル委員会を象徴する言葉ともいえる。中国の人権活動家である劉 暁波さん、EU、オバマ元大統領など、かつての物議を醸した姿勢は今の委員会メンバーにはない。
今後もお利口で「安全な選考」は続くだろう。
推薦者にまたノルウェー国会議員
ノーベル平和賞の推薦者にはノルウェーの国会議員の姿がある。もはや当たり前の光景だ。
そもそも国会議員の思想には所属する政党の思想とも共通点があることが多く、ノルウェーの政党によって指名されるノーベル委員会のメンバー5人の思想にも影響があるとみていいだろう。
WFPを推薦したノルウェーの国会議員は中央党のマーリット・アルンスタ(Marit Arnstad)議員だ。
中央党は中道左派で、首都に権力が集まることを嫌い、地方政策に重点を置き、農家や地方在住者からの支持が熱い。ノーベル委員会のメンバーのひとりも中央党の推薦で決まっている。
アルンスタ議員は1997~2000年に石油・エネルギー大臣、2012~2013年に運輸大臣も務めていた。過去に2回、今回の推薦を含めてWFPを3回も推薦。委員会が受賞者を発表する直前まで、ノルウェー公共放送NRKは国会でアルンスタ議員を生中継でインタビューしており、その勘は正しかったとも言える。
地元メディアだから可能なネットワークと情報収集力は、平和賞の国の公共放送ならではの強みだ。
ノルウェー政府関係者もほっと安心する、コメントしやすい受賞者
受賞直後、現地メディアはノルウェーのソールバルグ首相に「ノルウェーは飢餓のない世界に向けて今後どう貢献していくか」を集中的に聞く。ノルウェーという国は、その年の平和賞が象徴する問題に自分たちもなんらかの形で貢献しようとする傾向がもともと強い。
首相や政府関係者は、ノルウェーはWFPへの金銭的支援をすでに十分に行っていることを強調しながらも、「良い選考だ」と委員会の決定を称賛した。
政府に閣外協力する進歩党のイェンセン党首は、コロナ渦で食糧の買い占め行動に走った市民に対して、「飢餓で苦しむ立場の人たちからしたら、買い占め行為がどのように映るか今一度考えるべき」とも現地メディアを通して釘を刺した。
報道はこれからも有力候補として残る可能性が高い
今回の候補者には、平和賞としては異例とはなるが、「そろそろメディア賞ではないか」という指摘が現地メディアから上がっていた。
報道の自由、フェイクニュースやジャーナリストという危険な仕事などの観点から、これまでも候補者として挙がってきたが、メディアを象徴するような適切な人物や団体がいないことが委員会の悩みの種として公共放送NRKなどは伝えてきた。
コロナ渦での報道の重要性が増していることから、来年以降も報道活動は有力候補として上位になるだろう。
Photo&Text: Asaki Abumi