“反移民”暴動でロンドンでも逮捕者続出――それでもイギリスがヘイト対策の先進国である理由
- イギリスでは7月末に発生した女児殺害事件をめぐり、“犯人はムスリム”というフェイクニュースをきっかけに反移民デモがエスカレートした。
- 移民反対を叫ぶデモ隊は各地で暴徒化し、外国人への嫌がらせ・襲撃だけでなく警察襲撃も多発し、400人以上が逮捕される事態となった。
- ただし、不法行為を警察が断固として取り締まっただけでなく、“反・反移民デモ”が反移民デモを上回る規模で拡大したことは、イギリスの自浄能力を示したといえる。
“内乱”から一夜明けたイギリス
イギリスでは騒乱がひと段落ついたようだ。
ロンドン警視庁は8月8日、「昨夜は成功の夜だった」と発表し、10日近く続いていた反移民のデモ・暴動がとりあえず沈静化したとの見方を示した。
イギリスでは7月末から移民・難民に反対する抗議がエスカレートし、難民収容所やイスラームの礼拝所(モスク)が襲撃された他、警察、商店、駐車してある車などに対する破壊行為が各地で頻発していた。
これに対して、7月4日の総選挙で就任したばかりのキア・スターマー首相は“断固たる法的措置”を明言した。
その結果、逮捕者は400人以上におよび、とりわけ情勢が不穏だったイングランド北部を中心に、数千人の警察官が配置された。
暴動参加者には逮捕・起訴だけでなく、サッカーの試合観戦禁止といった懲罰も検討されている。
フェイクニュースが煽った暴動
各地に飛び火したデモ・暴動のきっかけは、7月29日に中部サウスポートで3人の女児(全員10歳未満)がナイフで殺害されたことだった。
この事件では17歳の少年が逮捕されたが、SNSなどで“犯人はムスリム”というフェイクニュースが拡散した。これをきっかけにサウスポートで30日、1000人近くの群衆がモスクを襲撃し、制止しようとした警察官にも暴行を働くデモ参加者が続出したのだ。
一部のメディアがフェイクニュースや外国人嫌悪の尻馬に乗ったような報道を展開したこともあり、暴動は各地に飛び火した。
8月1日には国会議事堂も近いホワイトホール周辺でも“Stop the boats(海を超えてやってくる難民を止めろ)”、“Save our kids”と叫ぶ自称“愛国者”たちが警官と衝突し、この時だけで100人以上が逮捕された。
事態の悪化を受けて警察は、きっかけになった女児殺害事件の犯人の身元を明らかにした。それによると、逮捕された17歳の少年は中部アフリカ、ルワンダ出身の両親をもつキリスト教徒だった。
イギリスでは未成年の犯罪は匿名で扱われるが、“犯人はムスリム”というフェイクニュースを抑えるため、特例として氏名を公表したのだ。
市民に渡英自粛を呼びかける国も
しかし、特例の発表も事態の収拾には至らず、一旦広がった暴動の火の手は簡単には収まらなかった。
その敵意の対象はもはやムスリムだけでなく、アジア系でもアフリカ系でも見境がなくなった。そのためインド、オーストラリア、マレーシアなどいくつかの国は市民に渡英自粛を呼びかけるほどだった。
また、敵意はマイノリティだけではなく、その法的権利を擁護する側にも向かった。
抗議活動を取り締まる警察官は“裏切り者”や“ムスリム好き”と罵倒され、攻撃された。
議事堂周辺でさえ治安が悪化したことを受けて、議会下院は議員に自宅で仕事するよう勧告したといわれる。
事態の深刻化を受けて、フェイクニュースが特に目立ったTelegram(XやFacebookより規制が緩いことで知られる)は、英BBCの取材に「暴力を呼びかける投稿は削除した」と応じたという。
住民主体の“反・反移民”デモ
こうした状況を沈静化させる一つの転機になったのが、反移民デモに抗議するデモの拡大だった。
8月7日、反移民デモに抗議するデモが各地で起こり、その多くが反移民デモを圧倒した。
このうちブリストルでは反移民デモが行われる予定だった場所を、数百人の反・反移民デモが占拠した。
それ以外の街でも、(アメリカでは珍しくない)デモ隊同士の衝突はほとんどなく、概ね平和的に行われたと報じられている。
反・反移民デモのほとんどは反移民デモと同じく、全体を統率するようなリーダーや組織もないまま、自然発生的に生まれたとみられる。
その一つの特徴は、それぞれの街の住人が中心になったとみられることだ。
例えばシェフィールドでは反・反移民デモが「彼らの街じゃない、我々の街だ」と連呼し、ストリートで破壊活動を続けた反移民デモを批判した。同じくロンドン北東のウォルサムストーでは「誰の街?」「私たちの街!」と連呼された。
自分たちの街の治安を自分たちで守る意識の強い市民の多かったことが、各地で反移民デモを抑え込む一助になったとみてよい。
とすると、反移民デモが暴徒化したことは、イギリスにおける根深い外国人嫌悪を表面化させた一方、結果的には、反ヘイトの意識が広く浸透していることも浮き彫りにしたといえる。
元警察官で、ジョージ・メイソン大学などで教鞭をとるマイケル・バートン博士は、コミュニティの力が反移民暴動を封じたとして、「感銘を与える」と表現した。
グローバルな社会病理としてのヘイト
「そもそも暴動なんかない方がいいのだから、事後の対応をいい話風にまとめるのはおかしいのではないか」という意見もあるかもしれない。
もちろん、ヘイトも暴動もない方がいいに決まっている。
また、イギリスの反移民デモは一旦沈静化したとはいえ再発しないとは限らないし、今回収束したとしても極右の胎動そのものはもはや止まらないだろう。
しかし、そうであるからこそ、イギリスにおける今回の対応は評価されるべきだろう。
ヘイトや過激主義(あるいは暴動やテロ)は経済停滞などを背景に、程度の差はあれ、イギリスや先進国だけでなく新興国でも広がりをみせていて、いわばグローバルな社会病理とも呼べる。もちろん日本も例外ではない。
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そしてこの社会病理は根治が難しく、対処療法にならざるを得ない。
暴動のきっかけになったフェイクニュースに関しても、ほぼ同じことがいえる。
とすると、こうした社会病理の根治は究極的なゴールかもしれないが、それが大規模に表面化した時にどのように対応するかが実践的な課題になる。
例えばアメリカでは近年、移民反対を掲げる極右デモがこれに反対する極左と衝突して、デモが暴力化しやすくなっている。
アメリカの場合、どちらの勢力のメンバーも居住地から離れた場所に集まることが珍しくない。いわば行きずりであるがゆえに、行きすぎた行動も歯止めが効きにくくなる。
その意味で、イギリスにおける今回の対応は、司法・警察によるとりしまりや厳罰だけでなく、多くの人が「ヘイトは認められない」という意思表示をすることで、それぞれの地域で過激論者が出にくくなることを浮き彫りにしたといえる。
ヘイトや過激主義は社会の歪みが生み出すが、その対策もまた社会のなかからしか生まれないのである。