死後も貶められる親日女性-遺族「法相はおかしい」、訂正も謝罪もなく
日本の子ども達に英語を教えることを夢見て来日したが、名古屋入管の収容施設に拘束され、著しい健康状態の悪化にもかかわらず適切な治療も受けられないまま、今年3月に死亡した、スリランカ人ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)。ウィシュマさん死亡の経緯について、法務省/出入国在留管理庁(入管)は、現在も最終報告のための調査を行っているが、先んじてまとめられた中間報告は、医療記録やウィシュマさんとの面会記録と大きく食い違い、入管に不利な情報が掲載されていない。そのため、面会を重ねていた支援団体やウィシュマさんの遺族を支援する弁護士らは中間報告の撤回を求めている。また、法務省/入管側の恣意的な情報が、右派系まとめサイトなどによるウィシュマさんや支援団体へ誹謗中傷を招いているが、上川陽子法務大臣は中間報告を訂正しない姿勢。ウィシュマさんを死なしてしまったことに対しても、これまで一言も謝罪しておらず、現在まとめられている最終報告の信頼性は、発表以前から揺らいでいる。
◯無かったことにされた医師の指示
吐血・嘔吐を繰り返し、食事はおろか水分を摂ることすら困難になり、体重が約20キロも激減するなど、ウィシュマさんは今年1月中旬頃から著しく健康状態が悪化していた。本人や支援団体が再三、外部病院での適切な治療を求めていたが、それがなされないまま、ウィシュマさんは今年3月6日、亡くなった。だが、法務省/入管による中間報告では、今年2月5日の外部病院での診察の際に、点滴や入院について、ウィシュマさん本人の求めや医師から指示がなかったことにされているのである。
しかし、実際には、この外部病院の診察記録には、「(薬を)内服できないなら点滴、入院」との記載がはっきりとある。
さらに、ウィシュマさんと面会していた支援団体「START」が入管職員から、"点滴を打つことについても話があったが、入管側は「長い時間がかかる」「入院と同じ状態になる」として、点滴をうたずにウィシュマさんを連れ帰った"との経緯を聞き出しているのだ。この時点で入院ないしは点滴を受ける等の対応がなされていれば、ウィシュマさんは助かっていたかもしれないだけに、調査の中でも最も重要な部分であるのだが、中間報告の記載は「全く信頼できないもの」と、ウィシュマさんの遺族を支援する有志の弁護士らは批判している。
◯「詐病」扱いで名誉を傷つけ誹謗中傷を煽る
入管側が、ウィシュマさんの健康状態の悪化を「詐病」だと疑っていたことも、最悪の結果を招いた大きな要因なのかもしれない。STARTのウィシュマさんへの聞き取りによれば、今年1月名古屋入管内の医務室でウィシュマさんが診察を受けた際に、診察した医師が「病気だから専門の病院に行った方がいい」と言ったのに対し、職員が「病気じゃない」と言い、医師がびっくりしていた、ということがあったそうだ。また、今年3月4日、名古屋入管はウィシュマさんを外部病院の精神科にて受診させており、この時に診察した医師は、診療情報提供書で"支援者から「病気になれば仮釈放してもらえる」と言われた頃から心身の不調を生じさせており、詐病の可能性もある"と書いている。だが、初対面の医師にウィシュマさんが上述のようなことを話すわけもなく、START側も「"病気になれば仮釈放してもらえる"などとは一切言っていない」と明確に否定。「(診療情報提供書での「詐病」の記述は)入管側から事前に医師に伝えられたことではないか」「誤った先入観を医師に与え、判断を鈍らせ、結果的にウィシュマさんの生死を分けたのではないか」とSTARTは今年5月6日の会見で指摘しているのだ。
「支援者がウィシュマさんに"病気になれば仮釈放してもらえる"と言った」との言説は、主に右派・保守系のまとめサイトやその読者層に広がり、STARTに対する誹謗中傷を招いている。ウィシュマさん死亡の経緯についての法務省/入管の中間報告は、名古屋入管職員らがウィシュマさんに対し「詐病」と決めつけるような言動を繰り返していたことや、外部病院の精神科医に名古屋入管側がどのような情報を提供したかについては、全く説明していない。そのことが、ウィシュマさんやSTART等の支援者の名誉を傷つけ、誹謗中傷を煽っていることを、法務省や入管は認識すべきではないか。
◯修正されない中間報告
筆者は、法務大臣会見に参加。上川法相と以下のようなやり取りをした。
筆者:
「中間報告の中で特に論議のあるところを修正するとか、あるいは中間報告そのもの自体に非常に多くの問題があることは、これまでいくつもの報道で明らかになっていることですので、中間報告そのもの自体を一旦引き下げるとか、そういったことを御検討いただけないでしょうか?」
上川法相:
「中間報告につきましては,それまでの調査により把握に至った診療経過などの事実関係を速やかにお示しする趣旨で公表したものでございます。その内容に対し、様々な御指摘をいただいていることは承知しているところでございます。出入国在留管理庁に対しては、そうした中間報告に対する様々な御指摘を受け止め、調査に加わっている第三者の方々とともに、飽くまで公平・客観的な観点に徹して、最終報告に向けて評価・検討を進めるよう指示しているところでございます」
一見、もっともそうな回答であるが、要するに上川法相は、中間報告の修正や撤回はしないということである。ウィシュマさんの遺族を支援する有志の弁護士達の一人、駒井知会弁護士は「中間報告は全く信用できません」「最終報告にむけ、外部の第三者5名を調査に加えているとのことですが、結局、入管庁が選んだ5名。入管庁の内部調査では絶対に真相は究明できません」と指摘する。駒井弁護士らや前述のSTARTは、中間報告が入管にとって都合悪いことを隠すものだと評しており、最終報告も入管側の責任を免罪するものになるのではと危惧しているのだ。
◯遺族への謝罪もない
そもそも、ウィシュマさんを死なせてしまったことを、法務省や入管はどの程度、重く考えているのか。本当に驚くべきことであるが、ウィシュマさんの遺族である妹二人がスリランカから来日後、上川法相以下、法務省/入管関係の誰一人として、ウィシュマさんを死なせてしまったことについて、謝罪していない、というのである。ウィシュマさんは留学先の日本語学校の学費が払えなくなり、在留資格を失った上、コロナ禍で母国スリランカへのチャーター便の運行がなくなってしまったなど、帰国が難しい状況になり、名古屋入管の収容施設に収容された。本件について右派・保守系のまとめサイト等やSNS利用者の一部には「不法滞在者は収容して当然」と法務省/入管側の対応を擁護する意見もあるが、入管の施設での被収容者の健康維持は、法務省令で定められた入管の責務であることは、上川法務大臣も認めていることだ。だが、名古屋入管は、嘔吐・吐血をくり返し、衰弱し続けたウィシュマさんを、まるで拷問*のように適切な治療を受けさせず(外部病院では診察のみ)、また支援団体が引き取って外部病院に入院させることを申し出たにもかかわらず、収容を続けた挙げ句に死なせてしまったのだ。これだけのことをしておいて謝罪しないとは「上川法相は人としておかしい」とウィシュマさんの遺族が憤るのも、無理もないことだろう。せめて、本当の意味での独立した調査が行われることに、法務省/入管は協力するべきなのだろう。
(了)
*入管による長期収容における適切な医療へのアクセス欠如は、国連の拷問禁止委員会も懸念し日本政府に対し改善勧告していた(2007年)。