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「俳優としてピカソやウォーホールの存在に」と言い放つ。そんなニコケイの愛おしさに、みんなが夢中?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
連続殺人鬼を演じた2024年の新作「Longlegs」のプレミアで(写真:REX/アフロ)

ニコラス・ケイジ。その名前を聞いただけで、テンションが上がる映画ファンは多い。アカデミー賞を受賞し、数多くのアクション映画もヒットさせたスターながら、とにかくツッコミどころがたくさんある。ゆえに「愛される」という事実は否めない。

その愛も込めた「ニコケイ」という呼び名は、「ブラピ」ほどのメジャー認知はないものの、映画好きの間では常識。現在(2024年11月)発売中の雑誌「DVD&動画配信でーた」では、巻頭から24ページにわたる“ニコケイ特集”が組まれるという異常事態も起こっている。

なぜ、ここまで彼が愛されるのか。演技派としての実力、トップスターの実績がありながら、時として超ヘンテコ映画にも出演してしまう。人気俳優としてはありえない顔芸、怪演も平気でこなす。そしてニコケイの場合、それらが自覚的なのか、真剣なのかがよくわからない(たぶん本人もよくわかってない)ところが憎めない。年齢を重ねても、どこか“天然”。真剣ゆえに、何かちょっとズレているのは、仕事を離れた素顔のニコケイからも伝わる。

たとえばこんなエピソード。ある映画のキャンペーンで来日したニコケイは、帰国用の飛行機に乗り込む際、浴衣姿だったという。それもホテルの部屋に置かれていた、ペラペラの薄い浴衣。どうやら彼のスタッフが「これは日本の正装」と浅い知識で教えたらしく、ニコケイは正装だと信じて堂々と飛行機に乗り込んだという。その光景を想像すると、いかにもニコケイらしい…。

1995年の『リービング・ラスベガス』でアカデミー賞主演男優賞を受賞した名優なんです!
1995年の『リービング・ラスベガス』でアカデミー賞主演男優賞を受賞した名優なんです!写真: ロイター/アフロ

一方で大スターならではの“オレ様”ぶりを発揮することもあり、日本に着いて宿泊ホテルへ向かった時、エントランスでホテルの名前を目にした瞬間、「このホテルだと聞いてない。別のところにして」と、その場で変更させたという。今どき、ありえない逸話も、なんだかニコケイだと納得する。

かつて日本の女性誌が、当時、頭髪が薄くなってきたニコケイのプライベートでの写真を掲載したことがあった。それ以降、取材の現場でその雑誌はニコケイ側からNG扱いを受けたという。日本で発売された雑誌(ネットではない)をチェックしたのは、おそらく本人ではなくパブリシストだろうが、ニコケイの妙な神経質さを表しているかのよう。

そして有名なのが、莫大な借金苦。『ザ・ロック』『コン・エアー』『フェイス/オフ』など主演作が次々と大ヒットし、ギャラが爆上がりしたニコケイは、世界各地の豪邸や島、古城、さらに高級車、子供の頃から大好きだったアメコミのコレクション(日本円で数千万円もするスーパーマンの初版本とか!)に費やし大散財。税金の未払いで自宅差し押さえにまで至り、その損失をひたすら仕事で返そうとする。結果的に「なんでもやります」状態で、B級映画のトホホな役でもどんどん出演。その姿勢が、映画ファンに偏愛されたりもした。一時は“ニコケイ映画”というジャンルも確立されたほど。

私生活でも4度の結婚&離婚(4度目は、わずか数日で終了)を経験した彼は、かつてインタビューでこんなことを言っていた。「僕はロマンチックな性格なんだと思う。そのせいで過去に何度もミステイクを犯してしまった」。自分を“ロマンチック”と言ってしまうのも、またニコケイらしい。

『ドリーム・シナリオ』より。大学教授がLOSER=ダメ人間扱いされるのは、なぜか…?
『ドリーム・シナリオ』より。大学教授がLOSER=ダメ人間扱いされるのは、なぜか…?

そんな彼も多額の借金をようやく完済。ここ数年は作品にも恵まれ、日本で劇場公開が始まったばかりの『ドリーム・シナリオ』では、その演技が賞レースで評価されるなど、ニコケイの株は再び上昇カーブを見せている。『ドリーム・シナリオ』で演じた大学教授のポールは、何百万人もの夢に現れて有名人になってしまう役どころ。他人の夢の中での変幻自在な姿、現実での困惑と衝撃的運命に、彼が長いキャリアで培ったテクニックが全開。ニコケイのファンには涙モノの一作になった。

この『ドリーム・シナリオ』のヴァーチャル会見で、今後の俳優としての“夢”を聞かれ、ニコケイはこんなことを語った。

「僕が夢中になったクラシック映画、ビリー・ワイルダーの監督作や、エドワード・G・ロビンソンやフレッド・マクマレイといった名優、それらの“リズム”を体得し、今後の出演作に生かしたい。別の言い方をすれば、もっと演技にシュールレアリズムや抽象性を込めたいんだ。つまり美術の世界でピカソやアンディ・ウォーホールが成し遂げたことを、僕は演技で目指しているんだ」

ちょっとピンとこない部分もあるが、何だかこのコメントもニコケイならではで微笑ましい。

この会見は彼の自宅(あるいは当時、撮影現場だったオーストラリア?)と繋いで行われ、背後からは小さな子供の泣き声が時々聴こえ、そのたびにニコケイは照れくさそうな表情を浮かべた。

5度目の結婚となった日本人の妻、リコとの間に生まれた娘の声だと思われる。この家族関係は順調のようで、これまでいろいろ苦難も多かった私生活もどうやら落ち着いた模様。2024年、60歳を迎えたニコラス・ケイジの、今後の俳優のキャリアはますます上昇志向となるのか。ジェットコースターのようなスター人生には、まだ紆余曲折が待っているのか。さまざまな期待とともに、多くの映画ファンが彼を見守り続けることだけは間違いないだろう。

2024年10月のニューポート映画祭に妻のリコを同伴
2024年10月のニューポート映画祭に妻のリコを同伴写真:REX/アフロ

『ドリーム・シナリオ』全国公開中 配給/クロックワークス
(c) 2023 PAULTERGEIST PICTURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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