「関東の水がめ」群馬でのナショナル・トラストは水源林の荒廃を止められるか
関東の水源域は荒廃した人工林
8月1日は「水の日」。7日までの1週間は「水の週間」である。
「日本は、水が手に入りやすい国と言われています。その理由の1つに、豊かな森に恵まれていることがあげられます」
これは小学校社会科の教科書にある記述だ。小学4年生に「水はどこから」「水道の水はどこからくるの」という単元がある。
ここでは、安全な水がどのようにつくられるかを学ぶ。蛇口をさかのぼると浄水場がある。川の水や地下水などがある。さらにさかのぼると、「森に降った雨こそが飲み水の源」であるとされ、この説明が登場する。
「森に雨が降る。大部分の水は森の土にしみこむ。スポンジのようにやわらかな森の土は水を蓄える。地面に浸透して地下水となり、その地下水はやがて湧水となって川に流れ出す。このため森は、天然の浄水場と呼ばれる」
こちらは、ペットボトル水のCMなどでおなじみのフレーズだ。
子どもの頃の教育や宣伝文句によって「森は豊か」と思っている人が多い。
ところが実際に出かけてみると、森の様子に驚く。
下草のない剥き出しの地面にやせ細ったスギ、ヒノキがぎっしり立ち並んでいる。晴れた日なのに夕暮れ時のように薄暗い。スギ、ヒノキの直径は細く、切り株を見ると年輪は外側ほど窮屈になっていて、あまり成長していない。
あるいは一定の面積がすべて伐られ、禿山になっているところもある。
冒頭の図は、関東地方の河川と人工林の分布を示している。
関東地方を流れる利根川、荒川、多摩川の上流域に赤い部分が目立つ。源流域が人工林になっている。林野庁の発表によるとこうした人工林の3分の2が荒廃し、放置されているという。関東の水源域が荒廃した人工林である確率は高い。
人工林は1950〜60年代にぐんと増えた。
それまであった天然林を伐採し、戦後の復興資材としてスギ、ヒノキ、カラマツがさかんに植えられた。1ヘクタール(100メートル×100メートル)の林地に3000、4000本ほど。急斜面など、本来は植林に適さない場所にも苗木が植えられた。
だが、狭い土地にすし詰め状態では、枝葉が重なりあって地面まで日光が届かなくなる。土の栄養もすべての木には行き渡らない。大きく育てるには、適当な間隔で木を伐採していく。
これを間伐という。
木材が燃料に使われているうちは、間伐材もすべて高値で取引された。
ところが1960年半ばに木材の輸入がはじまった。燃料は炭から石油に変わった。
国産の木材は安い外国産の木材に価格競争で敗れてしまう。国産の木材の需要は減り、次第に間伐も行われなくなった。保水力に乏しく、いきものもすめない放置人工林が各地に広がっていった。
ナショナル・トラストで天然林を守る
7月31日、群馬県庁で公益財団法人奥山保全トラスト(理事長・米田真理子氏)が記者発表を行った。
同財団は、これまで全国17箇所、2100ヘクタールの森林を買い取り、保全を行ってきた(2018年10月11日現在)。
そもそもナショナル・トラストとは、自然環境や歴史環境を保護するために、住民がその土地を買い取り、保存していく制度、運動のこと。史跡や美しい自然は国民(ナショナル)の共有財産であり、広く一般からの寄付でこれを保存することは国民の信託(トラスト)であることから「ナショナル・トラスト」と名づけられた。
先進地であるイギリスでは 1907年「ナショナル・トラスト法」が制定され、買取った資産の保全や寄付行為に便宜をはかるための譲渡不能原則、公開の原則、非課税措置などが認められており、現在の保有資産面積は18万ヘクタールを超えている。
7月31日に発表されたのは群馬県多野郡上野村(15.7ヘクタール)のナショナル・トラストで、同財団にとっては関東初。水源の森を市民の寄付金で購入し、永久保全する。
群馬県でも下の図のように、人工林が広がっている。群馬県の人工林は4割ほどだが中山間地に限ると6割程度と比率が高くなる。ここで水涸れ、豪雨時に崩れるなどの問題が発生している。
上野村の山林は、首都圏の水源である利根川の上流域にある。
上野村は森林の60パーセントをケヤキやシオジ、トチなどの広葉樹林が占め、熊をはじめとする多様な生物が生息する貴重なエリア。トラスト地は財団と日本熊森協会関東地区会員が協力して管理・保全を行う。人工林部分は、天然林化し、水源の森として、動植物の貴重な生息地として次世代に引き継いでいく。
米田理事長は、
「首都圏の水源県である群馬でのトラスト成功は大変意義深い。首都圏の人が豊かな水の恩恵を受けられるのは群馬の森が豊かであることが重要。水の大切さ、森の大切さを普及啓発しつつ、関東地方でトラスト運動を進めることができればと考えている」
と語った。
森林環境税をつかって天然林の保全を
こうした市民の動きとともに行政の動きにも注目したい。
今年から森林環境税という新たな税金が創られ、住民税に1000円上乗せされた。現在、個人住民税を納めている人は約6200万人なので年間620億円の税収となる。
納めた620億円はどのように使われるのか。
いったん国に納められた森林環境税は、市町村と都道府県に対し、森林環境譲与税として配られる。森林環境譲与税は今年から配られている。
分配方法は、自治体の森林面積、林業従業者数に応じて決まり、使い方は各自治体に任されている。
群馬県内の自治体の場合、森林環境税の使途、今後のプランともに「検討中」というところが多く、天然林化の事業を計画しているケースは現時点ではない。
たとえば、前橋市は今年度2500万円を取得しているが、使途は「意向調査」であり、今後の計画は「検討中」である。
だが、森林環境税を活用して上流域の森林を保全すれば、安全な水が飲め、豪雨災害などから身の危険を守れる。健全な水循環をつくる税として活用されるといい。