天才は名監督になった。クリストファー・ノーラン『ダンケルク』
鬼才、異才、天才…etc。優れた監督たちの呼び方はさまざまあります。斬新な表現で独自のスタイルを築いてきたクリストファー・ノーランは、まさに“天才”と呼びたい存在。では、“名監督”と呼ばれるために必要なのはなんなのでしょう。それは多くの観客の胸を揺さぶる感動があるか、いなか。
ノーランは『メメント』や『インセプション』など大胆な世界観で多くの映画ファンを興奮させてきましたが、わかりやすい感動ストーリーとは無縁の印象でした。『インターステラー』というヒューマンな傑作もありますが、この作品にしても高度なSF知識により構築された世界観が大きな魅力。
その彼が、ドイツ軍に包囲された英仏連合軍40万人の兵士のダンケルクからの撤退を描く。ノーランが史実を題材にすること自体が意外に思えた本作ですが、この天才は自分らしいスタイルを貫きつつ、撤退と救出のドラマの中に生きる人間を描いて 胸を熱くさせるのです。
撤退作戦の始まりは1940年5月の終わり。陸と空から敵が迫るなか、生きてイギリスへ帰ることを諦めず、ダンケルクの防波堤から出る病院船になんとか乗り込もうとするトミー(フィン・ホワイトヘッド)と、同じ願いを持つギブソン(アナイリン・バーナード)やアレックス(ハリー・スタイルズ)ら若き兵士たち。
兵士を救出すべくドーバー海峡を渡る、多くの小型民間船の中の一隻の船長であるミスター・ドーソン(マーク・ライランス)とその息子ピーター(トム・グリン=カーニー)と友人ジョージ(バリー・コーガン)。そして、戦闘機スピットファイアで同胞たちの撤退作戦を援護する、ファリア(トム・ハーディー)やコリンズ(ジャック・ロウデン)らの空軍パイロットたち。
3つの物語を交錯させて描く群像劇ですが、〔防波堤:1週間〕〔海:1日〕〔空:1時間〕と、それぞれの物語の異なる時間軸が強調されることで、ノーランらしい構造的な面白さが印象付けられますし、人の気配のない街中を走るトミーに、時を刻むような音が重なるオープニングからして、戦争映画らしからぬシンメトリーな構図とあいまって、緊張感を煽りまくり。そして、実際のダンケルクの浜辺で敢行したロケや全編IMAXでの撮影が、そうしたノーランらしいセンスで構築された世界に没入させるのです。
映像世界はもちろん魅力的ですが、本作が傑作なのは、その撤退&救出物語の中で生きる人間が魅力的だからこそ。とにかく、この『ダンケルク』の男たちがかっこいい! ドーソン父子の英国人としての誇りは言うまでもなく、戦争という極限状況下でショック状態の兵士に彼らが見せる行動からもうかがえる、人としての器の大きさ。全員を脱出させるのは不可能ななか、指揮を執るボルトン中佐(ケネス・ブラナー)やファリアが見せる美学や気概にも惚れぼれせずにいられません。
ノーランは闇や混乱を抱えた人間を描くことに長けた監督だと思っていましたが、まさか彼の映画で登場人物たちの高潔な人柄に心酔せずにいられない日が来るとは! 天才クリストファー・ノーランは、ダンケルクの撤退作戦を通して、英国人の不屈の精神と誇りを描き、名監督になったのです。
もちろん、追い詰められた人間の弱さも描かれておりますが、それを演じるのもまた役者の醍醐味。これが俳優デビュー作として注目が集まっていたハリー・スタイルズが演じるのはそうした負の側面ですが、おかげでこれからの彼の役者としての可能性と選択肢がより広がりそうです。
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『ダンケルク』 9月9日(土)全国ロードショー