「毎年13万人が発症」…北朝鮮で結核治療支援を行うNGOが会見、韓国の無関心を指摘も
20年にわたって北朝鮮で結核の治療支援を行っている医療NGO(非政府組織)代表がソウルで会見を開き、9月の北朝鮮訪問の結果を報告し、北朝鮮の結核と保健事情の今を語った。
●年間16,000人が死亡
北朝鮮で結核が猛威を振るい続けている。17日午前、ソウル市内で会見を開いたNGO「ユージンベル(EugeneBell)財団」のスティーブン・リントン代表は「結核は若いほどかかりやすく、働き手を奪い、一家の生活を破壊する。目に見えない北朝鮮の住民に対しても関心を持つことが大切だ」と力を込めた。
宣教師ユージンベルの韓国宣教100周年を記念し1995年に設立された同財団は、北朝鮮に対する緊急食糧支援活動を経て、1997年から結核退治プロジェクトを同地で始める。それから20年。一時は「北朝鮮結核患者の3分の1は同財団が面倒を見ている」とまで言われるほど、今では北朝鮮の結核治療に欠かせない存在となった。
同財団はここ数年特に、多剤耐性結核(MDR-TB)の治療に力を入れている。これは一般の結核とは異なり、文字通り結核薬への耐性を持った結核だ。空気で感染し、強い伝染性を持つと同時に、致死率も高く北朝鮮で恐れられている。
背景にあるのは、北朝鮮の劣悪な保健医療環境だ。財団の関係者は、17日の会見でこう説明した。
「先進国では咳が数日続けば病院に行くのに、北朝鮮では咳から喀血を経て呼吸困難になってから病院を訪れる人が多い。一般の結核薬を処方されたとしても、それを定期的に完治するまで飲み続けなければならないのに、それが難しい。『結核患者との社会的な烙印』を押されることを恐れたり、栄養状況の悪さなどの理由で治療に失敗し、結核が多剤耐性結核へと変わってしまう人が増えている」。
関係者はまた、こうした環境を踏まえ、北朝鮮の結核治療の重要な要素として「栄養・(医療への)接近性・病棟」を挙げた。18か月と長期にわたる治療を安定して行える環境が大切ということだ。
●北朝鮮での結核治療の今
ユージンベル財団の代表団は今年9月2日から24日にかけて平壌と開城(ケソン)を訪問した。現地で新たに700名の多剤耐性結核患者の治療を開始し、患者は合計で約1800名となり、「北朝鮮で行われる多剤耐性結核治療プログラムのうち最大のものとなった」と同財団は明かした。
同財団の特徴は、国連安保理制裁にもかかわらず最新機器や医薬品などの物資の搬入を特別に許可されている点にある。18年の12月、今年の8月に相次いで国連制裁委員会は同財団の「制裁免除」を承認した。
現在は、12の地域で多剤耐性結核センターおよび専門病院を運営している。支援する北朝鮮の医療陣は500人を越える。だが、地図にあるように、その地域は西側に偏っている。
リントン代表はこの状況について、「東側の地域では『グローバル・ファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金、大きな規模を持つ民間基金)』が一般結核治療を受け持ってきた。このため、この地域ではまだ多剤耐性結核の治療が行われていない。なお、グローバル・ファンドは去年6月に結核支援を中断し、同地域では来年6月までの一般結核薬の備蓄があるに過ぎない」と説明した。
なお今年9月、グローバル・ファンドは2019年10月から2021年9月まで、4170万ドルを北朝鮮の結核(3640万ドル)とマラリア(530万ドル)に使うことを決めた。リントン代表によると、「この内の30%がユージンベル財団による多剤耐性結核の治療に使われる」という。だが現在、北朝鮮当局とグローバル・ファンド側の最終合意が未だ成されておらず、この計画は実行されていない。
●「韓国社会は観衆なのか」と苦言
リントン代表はこの日、これまで紹介したような事業の詳細を説明しつつ、韓国政府や韓国社会に対する苦言を呈した。
まず、「北朝鮮の住民たちは結核を前に生きるか死ぬかの『競技』をしているにもかかわらず、韓国の人々は観衆のように見ているだけだ。政治参加がヨーロッパよりも盛んな韓国でなぜ、患者と一緒に走り支援しないのかが不思議でならない」と語った。
その際、「長官人事をめぐり与野党で分かれてデモをしているが、家に帰ればご飯を食べなければならないだろう。この問題はそれと同じ話だ」とチョ・グク前法務部長官をめぐる昨今の社会情勢を例に挙げた。
また、前述したようなグローバル・ファンドと北朝鮮当局との交渉が決まらない点に言及し、「双方の協議の結果は大事だが、韓国社会にはグローバル・ファンドよりも一歩前に踏み出して、北朝鮮支援の『枠組み』を作る目標を持つべき」と語った。
同代表はさらに、2019年について「朝鮮半島で首脳による会談があったが、韓国では離散家族再会、タミフル支援、食糧支援、結核支援の再稼働もできず人道支援については価値のない一年だった」と振り返った。
続けて、「韓国に来るたび政党関係者や青瓦台(大統領府)の人々と会うが、彼らの関心は『世論』にしかない。だが実際、タミフルを送りたければ中国を通じて送ることもできるし、食糧も国連に寄付をすればよいだけだ。人道支援と国際情勢の関連を否定できないが、人道支援と他の政治的目標をつなげると困難になる。必ずしも物資が軍事境界線を超えて行く必要はない」と、韓国政府の姿勢に疑問を投げかけた。
その上で、「北朝鮮の結核治療における究極の代案は(国連機関とグローバル・ファンドがある)ジュネーブではなくソウルが出すべきだ。責任感と危機感を持つ必要がある。来年6月で備蓄が無くなる一般結核薬を韓国が備えるべき」と、韓国社会の覚醒をうながした。
●日本への呼びかけも
この日、同財団は今回の北朝鮮訪問をまとめた映像を公開した。そこに出てくる結核治療中の女性と医師の「病気の治療というのは、子どもに対して行うようなものだ」といって笑い合うやり取りは、非常に微笑ましいものだった。財団関係者によると多剤耐性結核の治療薬は副作用が重い場合がある上に、胃腸への負担もあり、飲み続けるのが難しいという(記事冒頭の写真)。
映像には治療中の住民が多く登場する。リントン代表は「住民の顔をなるべく韓国の皆さんに見てもらいたかった」と明かした。映像にはまた、治療の甲斐なく亡くなる患者について「泣きたくなるが、私が泣いては治療に来た患者たちの気持ちに悪影響が出るので、心で泣く」と語る医師も出てくる。
このように「死ななくともよい人を救い、家族の元に送り届ける」(同代表)ユージンベル財団の事業であるが、以外なことに、日本ではほとんど知られておらず、日本社会からの支援は皆無に等しいという。
会見終了後、リントン代表は筆者に対し「日本で活動について報告する機会があれば明日にでも飛んでいく」と明かした。関心のある方はコンタクトを取ってみてはいかがだろうか。
同財団のHPはhttps://www.eugenebell.org