渡辺明名人、盤石の防衛!タイトル戦番勝負で藤井聡太竜王以外に4年半負けなしの理由とは
29日に2日目が指し継がれた第80期名人戦七番勝負第5局は、渡辺明名人(38)が斎藤慎太郎八段(29)に97手で勝利し、通算成績を4勝1敗として防衛を決めた。
渡辺名人はこれで名人3連覇となり、永世名人まであと2期としている。
また、渡辺名人は2017年12月の第30期竜王戦七番勝負で羽生善治九段(51)にタイトルを奪われてから、藤井聡太竜王(19)以外にタイトル戦の番勝負では負けなしが続いている。
リードを保つ唯一の手
互いの研究がぶつかる序盤戦、難解な中盤戦、際どい終盤戦と、現代将棋らしい展開に進んだ。
渡辺名人がリードを確立した場面。ABEMA将棋チャンネルで表示される勝率では、渡辺名人がリードを保てるのはたった一つしかないと示していた。
リアルタイムで観戦していた筆者は渡辺名人の指し手を固唾を呑んで待った。
実際にその局面を筆者のPCで検証させた結果が下図である。
▲7一角だけは+評価(渡辺名人優勢)だが、他の手は-評価(斎藤八段優勢)となっている。ABEMAで表示されたものと同じ結果となった。
この場面での▲7一角は自然な手ではあるが、
・▲3三桂(第2候補)
・▲5二銀(第5候補、意味合い的には第3候補と同じ)
この2つも人間的にパッと浮かぶ手でかなり迷うところだ。
実際、ABEMAでの解説では▲3三桂も有力とみて検討されていた。
この場面で渡辺名人は32分の考慮で▲7一角を決行した。
ここで大切なのは、「32分使えた」ことにある。残りが約2時間あったので32分投入することができたのだ。
結果としてここで時間を投入できたことで正解を導き出し、勝利を手繰り寄せた。
元々9時間という大量の持ち時間があるのだが、難解な局面が続く対局では9時間あっても意識していないと足りなくなる。
あの場面で偶然2時間残っていたのではない。それこそが渡辺名人の戦略だったのである。
タイムマネジメント
これは終局後に筆者がツイートしたもの。ここで書いた戦略性が「タイムマネジメント」である。
なお、「地雷だらけ」と書いたのは先日の記事を意識したもので、こちらも読んでいただくと終盤の機微が見えてくると思う。
際どい終盤戦を制した藤井聡太叡王が初防衛。挑戦者が超えられなかった2つ目の関門
七番勝負を通じて、渡辺名人は残り時間にゆとりをもって終盤戦を迎えて、リードを確立するための一手に時間を投入して斎藤八段の終盤力を封じた。
この戦略を実行するためには、
- 序盤でリードする、もしくは互角で進める
- 序盤でほとんど時間を使わない
- 中盤で時間を使いすぎない
この3点が必要である。
研究家として名高い渡辺名人にとって、1は得意分野である。そして事前の準備がうまくいけば2も自然と達成できる。
3はまた違った要素があり、難解な局面が続く中で持ち時間が多く残っていれば、考えてしまうのが人間の性である。
「終盤戦は残り時間の少ない中で指すもの」という意識は、羽生九段の世代によって作られたものだと思う。
しかし現代ではその考え方が変わり、その旗振り役が渡辺名人といえる。
渡辺名人は40歳に近づき、終盤での反射神経が落ちてくる年齢になっている(40を過ぎた筆者の体感でもある)。
だからこそ、この「タイムマネジメント」が重要となり、それがうまくいっている結果として4年半もの間、藤井竜王以外からタイトル戦番勝負で負けなしなのだと筆者は考える。
来期に向けて
名人戦七番勝負が終わると順位戦の幕開けだ。来期の順位戦A級には「あの男」が入る。
気が早いファンは、名人戦で無類の強さを誇る渡辺名人に藤井竜王が挑戦する姿を想像してワクワクしていることだろう。
ただA級は他のクラスとは訳が違う。皆目の色を変えて藤井竜王を止めにくる。
今回悔しい思いをした斎藤八段も、雪辱を胸にA級順位戦を戦うだろう。
A級には猛者しかいない。このメンバーをみればよく分かるだろう。
藤井竜王といえども、挑戦権を握るのは簡単なことではない。
来期は、藤井竜王が名人獲得の最年少記録を更新するラストチャンスである。
また、もし来期渡辺名人が防衛を果たせば、再来期は永世名人をかけての名人戦となる。
渡辺名人と藤井竜王の名人戦が実現した時、物語が生まれるのは間違いない。その時が楽しみなのは筆者もファンと同じ気持ちである。