日本でも高い人気を誇るフィンランドのアキ・カウリスマキ監督。

　2017年、「希望のかなた」のプロモーション中に突然引退宣言をした彼が、突如監督復帰して6年ぶりに発表した新作が「枯れ葉」だ。

　いわゆる労働者3部作と呼ばれる「パラダイスの夕暮れ」「真夜中の虹」「マッチ工場の少女」に連なる一作とされる本作は、社会の片隅で生きる男女が巡り合い、すれ違うシンプルなラブ・ストーリー。

　ただ、そこはカウリスマキ監督、単なる愛の物語というだけでは片づけられない。

　不条理な理由でスーパーを解雇されたアンサと、酒で工場をクビになったホラッパが求めるささやかな幸福と愛は、それこそいま激しい爆撃にさらされ続けているガザの名もなき人々の大切な日常にもきっとつながっている。

　「無意味でバカげた犯罪である戦争の全てに嫌気がさして、ついに人類に未来をもたらすかもしれないテーマ、すなわち愛を求める心、連帯、希望、そして他人や自然といった全ての生きるものと死んだものへの敬意、そんなことを物語として描くことにしました」と皮肉たっぷりのコメントを寄せているカウリスマキ監督が、主人公のひとりアンサに指名したのはアルマ・ポウスティ。

　ムーミンの生みの親であるトーベ・ヤンソンを演じた「TOVE／トーベ」で注目を集めた彼女に訊く。全六回。

アンサの人としての誇りは尊敬に値する

　前回（第四回はこちら）、脚本について語ってくれたアルマ・ポウスティ。

　「カウリスマキ監督の脚本を信じて演じていけば大丈夫だと思いました」とのことだが、実際に演じながらアンサにどんなことを感じていたのだろうか？

「脚本に書かれている通りのすばらしい女性で。わたしは尊敬すべき女性だなと感じていました。

　わたしがなにより彼女から感じたのは、人としての強さ。

　たとえば物語が始まって早々に彼女はスーパーをクビになってしまう。

　いきなりクビを言い渡されたらふつうは動揺します。明日からどうすればいいか途方に暮れてしまう。

　自分に非がなかったとしてもその場ではいったん詫びて、どうにかクビを考え直してもらえないか懇願する人もいるでしょう。

　アンサも裕福なわけではないですから、いきなりクビになると明日からどうやって食べていけばいいのか困る。

　そのことはわかっているけれども、彼女は自分に非はないと会社にすり寄るようなことはしない。

　仕事をとるのではなく、自分の人間としての誇りをとる。

　なかなかできるようでできないと思います」

彼のために用意した料理皿を捨てることの意味

　それから彼女の他者への優しさと厳しさもすばらしいという。

「たとえば、すれ違いながらも惹かれ合うことになるホラッパは、はたから見ると救いようがないといいますか。

　どうしても酒がやめられず、酒で失敗しては仕事をクビになることを繰り返している。

　ふつうはあきれて、『もう、立ち直ることは無理』とさじを投げられても仕方のないような人物です。

　でも、アンサはそんなホラッパにも優しさと厳しさをもって向き合う。

　彼の不完全なところは受け入れている。

　でも、酒に溺れていてはこの先がない。

　だから、そこは自分たちの関係に持ち込まない。自分で解決しないといけないことを態度で示している。

　でも、ホラッパは裏切ってしまう。

　そのとき、彼女は許さない。自分が大いに失望していることを伝える。

　うやむやにすることなくホラッパを諭す。『このままではダメだ』と。

　厳しいですよね。でも、本人を思ってのことで、そこには立ち直ってほしいという彼女の優しさが垣間見える。

　だから、彼女は大いに失望をしている一方で、彼女自身も深く傷ついている。

　作品をみてもらえればわかるのですが、彼女がホラッパのために用意した料理皿をそのまま捨てるシーンがあります。

　あれは彼女がどれだけ失望していて、傷ついているかを表していて、わたしはいまでも胸が締め付けられます。

　そして、彼女の厳しさと優しさというのは、いずれも深い愛情と結びついているとわたしは思います」

恋に落ちるのに理由はないのではないでしょうか

　ここまで語られてきたようにアンサはひじょうに誇り高い人物。そんな彼女が、落伍者ともいえるホラッパとなぜ恋に落ちたのだろうか？

「う～ん、どうでしょう。恋に落ちるのに理由はないのでは、ないでしょうか。

　二人にとってはどこか運命を感じる出会いだったのではないでしょうか。

　人生というのは時に思いがけない出会いや縁があるものです。

　ですから、アンサとホラッパが恋に落ちるのは、不釣り合いという人もいるかもしれません。

　でも、わたしは不思議だとは思わないし、二人が恋に落ちるのも『ありえること』と感じていました。

　あと、お酒という問題さえなければ、ホラッパも誠実でなかなかいいやつだと思います」

（※第六回に続く）

【「枯れ葉」アルマ・ポウスティ　インタビュー第一回はこちら】

【「枯れ葉」アルマ・ポウスティ　インタビュー第二回はこちら】

【「枯れ葉」アルマ・ポウスティ　インタビュー第三回はこちら】

【「枯れ葉」アルマ・ポウスティ　インタビュー第四回はこちら】

「枯れ葉」

監督：アキ・カウリスマキ

撮影：ティモ・サルミネン

出演：アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴほか

公式サイト：kareha-movie.com

ユーロスペースほかにて全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて（C） Sputnik 　Photo: Malla Hukkanen