なぜレアルは“324億円”でもヴィニシウスを売却しないのか?エムバペ獲得の噂とプロジェクトの中心。
議論の余地は、ない。
ビッグオファーが届いても、譲渡不可能な選手というのがいる。レアル・マドリーにとって、ヴィニシウス・ジュニオールがその一人だ。
ヴィニシウスは今季、公式戦28試合18得点8アシストをマークしている。名実ともに、マドリーのエースに成長してきた印象だ。
だがそのヴィニシウスをビッグクラブが狙っている。パリ・サンジェルマンが移籍金2億ユーロ(約324億円)を準備して、ブラジル代表のアタッカー獲得を検討しているという。
■エムバペの移籍の影響
パリSGはキリアン・エムバペの去就に注目が集まっている。今季終了時にパリSGとの契約が満了するエムバペだが、契約延長の意思はなく、移籍に傾いていると言われている。そして、エムバペの移籍先筆頭候補がマドリーだ。
マドリーはこの数年、エムバペの獲得に挑戦してきた。悉(ことごと)く失敗してきたが、次の夏、年俸1400万ユーロ(約22億円)を用意して、フリートランスファーで迎え入れる手筈を整えている。
パリSGはエムバペの後釜を探している。そこで、マドリーからヴィニシウスを引き抜き、欧州のマーケットで存在感を示すというのが彼らの狙いだ。
実際、パリSGは以前、似たような状況でネイマールの獲得を決めている。当時、数年にわたって、マルキーニョス、マルコ・ヴェッラッティらを追跡していたバルセロナに対して、カウンターを打ったのだ。
2017年夏、パリSGは契約解除金2億2200万ユーロ(約359億円)を支払い、ネイマールを獲得した。バルセロナ幹部が「200%ない」と明言していたオペレーションが、まとまってしまったのである。
■バイアウトのルール
あまり語られていない事実がある。フロレンティーノ・ペレス会長は、あの“ネイマール事件”の後、マドリーの選手たちの契約解除金を引き上げるようになった。
スペインには、バイアウト制度がある。これは元々、スペインで労働者の権利を守るために適用されたものだ。つまり、雇用側(クラブ)が被雇用側(選手)に対して絶対的な位置にいるのではなく、第三者からある一定の額が支払われた場合、被雇用側が自由に解き放たれるというルールだ。
ただ、いまでは、このルールは逆利用されてしまっている。ビッグクラブやプレミアリーグの資金潤沢なクラブが、契約解除金を準備して、ラ・リーガの選手を引っ張ってくるというのは、近年のマーケットでは日常的な出来事になっている。
しかし、マドリーは、ペレス会長は、そのルールの逆利用を許さない。例えば、ヴィニシウスは2027年夏までマドリーとの契約を残している。契約解除金は10億ユーロ(1620億円)に設定されている。この法外な額は、いかにパリ・サンジェルマンといえど、簡単に用意できるものではない。
■ヴィニシウスの成長
ヴィニシウスは2018年夏に、マドリーに正式加入した。加入当初こそ、決定力不足に悩まされた。だが2020年夏にカルロ・アンチェロッティ監督が復帰して以降、徐々に改善。マドリー加入後、253試合で77得点72アシストを記録している。
また、この数年、ヴィニシウスは差別と戦ってきた。先日、国際親善試合のスペイン対ブラジルの一戦の前には、公式会見で涙ながらに差別の撲滅を訴えた。
ヴィニシウス自身、時に過度なテクニック披露とドリブル、ピッチ上の発言で相手選手やサポーターを煽ってしまうところがある。
「落ち着いて、試合に集中するように努めている。でも、僕一人でプレーしているわけじゃない。ピッチ上で過剰に喋ってしまったり、するべきではないドリブルをしてしまったりする。だけど、僕は向上するために、ここにいる。アンチェロッティやチームメートが、僕に多くを教えてくれている」
本人が認める通り、改善の余地はある。だが、いまやヴィニシウスが世界最高峰のプレーヤーであることに、異論を挟む者はいないだろう。
マドリーにとって、ヴィニシウスは重要な選手だ。彼とロドリゴ・ゴエスは、近年、クラブが進める世代交代と若手推進プロジェクトの象徴的な存在である。
マドリーは、まだ10代で、ブラジルでプレーしていた折、移籍金4500万ユーロ(約72億円)を支払って、ヴィニシウスとロドリゴを確保した。敏腕スカウトのフニ・カラファト氏が暗躍した。彼らの成功がなければ、エドゥアルド・カマヴィンガ、オウレリアン・チュアメニ、ジュード・ベリンガムの獲得に踏み切っていなかったかも知れない。
ヴィニシウスは売却不可能――。新たな時代を白く染めるために、レアル・マドリーの考えは一貫している。