今回の南北首脳会談で判断できるものと、できないもの
27日、南北首脳は「板門店宣言」を発表し、朝鮮半島のビジョンを示した。世界中の視線を集める中、朝鮮半島分断の象徴・板門店で行われた南北首脳会談の内容を振り返る。
「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」
事前に韓国政府が何度も繰り返し明かしていた今回の首脳会談の議題は「朝鮮半島の非核化」、「軍事的緊張の緩和を含む恒久的平和の定着」、「南北関係の改善」の3つだった。
会談の成果と課題を振り返る前に、この日、両首脳が署名した「板門店宣言」の内容について簡単に触れておきたい。「板門店宣言」は議題に沿って、下記3つの段落で構成されている。
1.南と北は南北関係の全面的で画期的な改善と発展を成し遂げることにより、途絶えた民族の血脈をつなぎ、共同繁栄と自主統一の未来を引き寄せていく。
・過去の南北宣言とあらゆる合意の徹底的な履行
・高位級会談、赤十字会談など当局間協議の再開
・南北共同連絡事務所を北朝鮮の開城(ケソン)に設置
・南北交流、往来の活性化
・鉄道、道路連結事業を推進
2. 南と北は朝鮮半島で尖鋭な軍事的な緊張状態を緩和し、戦争の危険を実質的に解消するために共同で努力していく。
・相手方に対する一切の敵対行為を全面的に中止。まずは5月1日から軍事境界線一帯で実施。
・西海(黄海)の北方限界線一帯を平和水域に
・接触が活性化することにより起こる軍事的問題を協議解決するため、軍事当局者会談を頻繁に開催。5月に将官級軍事会談
3.南と北は朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制構築のために積極的に協力していく。
・不可侵合意の再確認および遵守
・軍事的緊張解消→軍事的信頼構築→段階的軍縮
・年内に終戦を宣言。停戦協定を平和協定に転換するための南北米、南北米中会談の開催を推進
・完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共通の目標を確認
・首脳会談、ホットラインを定例化。今週に文在寅大統領が平壌訪問
宣言全文はこちらから
[全訳] 「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」(2018年4月27日)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180427-00084545/
「板門店宣言」をどう読むか
この項では、筆者が特に注目する「板門店宣言」のポイントを3点、整理していく。
(1)過去の合意、とりわけ「10.4」の復活
韓国では過去、金大中(キム・デジュン、在任98年2月〜03年2月)、盧武鉉(ノ・ムヒョン、03年2月〜08年2月)という進歩(革新)政権下でそれぞれ一度ずつ南北首脳会談(00年6月、07年10月)が行われた。
他方、李明博(イ・ミョンバク、08年2月〜13年2月)政権、朴槿恵(パク・クネ、13年2月〜17年3月弾劾罷免)政権と続いた保守政権下では、南北首脳会談は行われず、逆に16年以降は南北関係が完全に途絶していた。
こうした「差」がなぜ起きたか、理由は様々で一概に言うことは難しいが、筆者は「北朝鮮をどう見るか」において違いがあったと見る。
進歩政権下では、北朝鮮を「将来的な統一(連合)のパートナー」と見る一方、保守政権下では「韓国より下で、信用ならない相手であり敵」と見た。
李政権の北朝鮮政策は「非核・開放3000」は「核を捨てれば助けてやる」というものであったし、朴政権の「韓(朝鮮)半島信頼プロセス」は「北は信頼できない」という前提に立っていた。
北朝鮮が核実験を初めて行ったのは盧政権下の06年10月のことだった。以降、保守政権下の09年、13年、16年(2度)と続き、文在寅政権下の17年9月に直近の核実験が行われた。
この間、南北間の相互不信は天安艦沈没、延坪島砲撃といった武力衝突を生み、15年8月には互いに砲弾を打ち合い極限まで戦争危機が高まった。
この進歩政権と保守政権の境に「10.4南北首脳宣言」があった。
07年に盧武鉉大統領と金正日国防委員長が平壌で発表したこの宣言には「恒久的平和体制の構築と核問題解決への努力」や「南北相互の尊重」、「経済協力の拡大」などが含まれていたが、保守政権下でことごとく死文化した。
もっとも、長い南北分断の歴史を踏まえると「鶏(北朝鮮の武力挑発)が先か、卵(南北相互不信)が先か」という議論はもちろん可能だ。さらに言うと、進歩政権下でも武力衝突はあった。
だが、保守政権下での一番の問題は、「太陽政策」を破棄したことで、いつでもそこに立ち帰れる「原則」と、事態のエスカレーション時に作動させる「ブレーキ」を失ってしまった点だ。
今回の「板門店宣言」にある、「過去の南北宣言とあらゆる合意の徹底的な履行」という一文からは、進歩政権下での「10.4宣言」や00年の「6.15宣言」、さらにそれ以前に南北の相互尊重を約束した原則が「復活」したことを示している。
(2)「平和と繁栄」と「非核化」、すべてはつながっている
冒頭に挙げたように、首脳会談の議題は3つであり、「板門店宣言」の項目も3つであった。
だが実際には、前述した「南北の相互尊重という原則」を除けば、「北朝鮮の核廃棄が行われなければできないこと」と、「南北独自でできるもの」の2つに分けた方が分かりやすい。
「板門店宣言」にも、27日に南北首脳が行った共同植樹の際の碑石にも刻まれているのが「平和と繁栄」だ。そしてこれは当然、南北だけで実現するには限界がある。
南北関係の未来を語る際、もはやあらゆる所に「北朝鮮の核廃棄」が染み込んでいる。これ抜きに南北の「平和と繁栄」という未来はあり得ない。
例えば、両首脳の対話にもあった「インフラの近代化」や、それを基盤とする共同繁栄を本格化するためには、国連安保理による経済制裁が解かれなければならない。そのためには北朝鮮が完全な核廃棄(完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄、CVID)に向かう必要がある。
一方、終戦宣言さらに平和体制への移行にも核廃棄は欠かせない。南北だけで行う終戦宣言に意味は無い。南北米中による平和協定締結、さらに北朝鮮の体制保障を担保する米朝国交正常化のためには、北朝鮮の核廃棄の「完了」が必須だ。
繰り返すが、バラ色の南北関係、そして明るく豊かな北朝鮮の未来というのは、少なくとも北朝鮮の核廃棄が終わるまでには存在しない。これは筆者ではなく、文大統領が昨年から繰り返し述べてきたことである。
今回の南北首脳会談がこの前提の上に開催されているという点を忘れてはならない。当然、北朝鮮の金正恩氏もそれを折り込み済みだ。28日の朝鮮労働党機関紙・労働新聞が「非核化」が記された「板門店宣言」全文を掲載した点は重要だ。
(3)「非核化」表現をどう読むか
今回の会談結果に「非核化」が明示されるかどうかは、首脳会談が開催される前から注目が集まっていた。結果は「板門店宣言」には入ったものの、その後の共同記者会見では、金正恩委員長の口から「非核化」という言葉を聞くことはできなかった。
こうした点を挙げて、「具体的なプランを明示できなかった」や、「北朝鮮の核廃棄であるべきで、朝鮮半島の非核化はおかしい」といった否定的な見方がある。
だが筆者はこれと異なる見方をしている。
今回の「板門店宣言」において、「非核化」は2つのパターンで言及されている。「完全な非核化を通じ、核の無い朝鮮半島を実現する」というものと、「朝鮮半島の非核化」がそれだ。
そこでまず、「具体的なプランが提示されなかった」という指摘であるが、この点は、トランプ米大統領が「数週間以内に金正恩氏と会う」(27日)と言うように、米朝首脳会談で合意されるものだ。体制保障、平和協定ともつながるものなので、南北では合意できない。
次に、「朝鮮半島の非核化」という表現を取り上げてみる。
何度も繰り返すが、朝鮮半島の平和体制への転換(米朝国交正常化)というのは、「北朝鮮の核廃棄」を前提としている。その「対価」として北朝鮮側が何を望んでくるのかということで「朝鮮半島の非核化」は注目されている。北側が「在韓米軍の撤収や、核の傘からの離脱を求めてくる」という懸念だ。
この点は韓国でも広く議論されているが、韓国の専門家のあいだで「朝鮮半島の非核化」を「米国が北朝鮮への核攻撃ドクトリンを放棄し、核搭載可能な戦略資産を朝鮮半島から撤去する」ともの見る向きがある点を指摘しておきたい。
つまり「韓国が米国の核の傘から離脱する」という東アジアの安全保障を揺るがすような事態ではなく、「米国が北朝鮮だけに限定し、核の使用をやめる」ということだ。今後、この議論はより具体性を持って語られるものと見られる。
まとめ:始まりに過ぎない
今回の首脳会談は11年ぶりという点で劇的ではあったが、今後の厳しい道のりを考えると筆者は身が引き締まる思いだ。
「貴重な出発」
韓国では、今回の南北首脳会談は米朝首脳会談を控えた「実務的なもの」と見てきた。
これと関連し、2007年の南北首脳会談当時、統一部長官を務めた李在禎(イ・ジェジョン)氏は南北会談直前の24日、筆者とのインタビューの中で、「今回は『共同宣言』でなく、ただの『宣言』になる」と語った。
李氏によると、「『共同宣言』はとても根本的で、南北が進むべき里程標を作るもので、『宣言』はそれを履行するための内容」だという。
実際に「板門店宣言」を読み込むと、南北関係において、新たなビジョンを述べている訳ではなく「過去を尊重」する立場にとどまっている。
一方で、今回の「2018南北首脳会談」が、韓国の10代、20代に持つ意味は大きい。筆者が27日夜、ソウル市内でインタビューした28歳の男性は「南北首脳が握手する姿に鳥肌が立った」と語り、別の23歳の男性は「北朝鮮に行けるようになるかもしれない」と期待を語った。
過去の合意を知らない(体験していない)若者世代にとっては、この日の会談が実質的に南北関係を考える「スタート」となるかもしれない。
文大統領が共同会見で語ったように、再び朝鮮半島が未来に向けて進む「貴重な出発」と見ることができる。
釈然としない部分をどう考えるか
筆者は首脳会談前日の記事の中で、「6人の韓国人抑留者(収監者)が今回の会談を期に戻ってくるべきだ」と言及した。もともと宣言に入る内容ではないとしても、良い意味での「サプライズ」が無かった点に失望した。
また、何度か指摘してきたが「北朝鮮の人権問題」が語られたのかも不明だ。南北会談の対話内容は国家機密であるため、公開されない。今後の取材テーマとなるだろう。
恐怖統治を続ける金正恩氏と、韓国の文大統領がにこやかに握手する姿に違和感を覚えたと訴える世論も確実に存在するし、これは無視してよいものではない。筆者もこの感情を捨てることはできない。
だが、韓国政府はどこまでも現実的路線を取っていると見る他にない。
北朝鮮との接点を増やし、北朝鮮社会を改善する空間を増やしてくという「関与」の方法論こそが、進歩派の「太陽政策」の本質であることを忘れてはならない。
同時に、市民団体やメディアなどが、常に金正恩体制が抱える問題を指摘し、改善を南北政府に求め圧迫していくことが望まれる。成果と共に、いろいろな課題を投げかけた南北首脳会談だったと見て、今秋行われるという次の首脳会談を期待したい。