遊漁船海難事故の原因?プロペラ点検口を閉めてなかった
今年3月に岩手県で発生した遊漁船の転覆事故では3人が亡くなりました。転覆した船の底にあるプロペラ点検口が開いていて、そこから浸水した可能性があります。船の浸水原因にはどのような種類があるのでしょうか。
遊漁船海難事故
事故の概要
遊漁船は岩手大教授を含めて3人が乗船しホヤ調査のために午後2時頃に漁港を出港しています。アメダス(普代)によると午後2時の気温は6.3度、風は東北東で秒速2.1 mで穏やかでした。その後17時にかけても同じような風で、突然の気象の変化があったようには見受けられません。近くの宮古港におけるナウファス有義波高もこの日の午後は1 m以下で海象も穏やかだったようです。
ただし、近くの久慈港における海水温はこの数日でほぼ6度でした。海に浸かったらすぐに身体が動かなくなり、命が1時間もつかどうかという厳しい水温でした。
浸水はプロペラ点検口から?
気象・海象が穏やかだったとすれば、一般的に転覆の主な原因となるのは船の浸水です。
プロペラ点検口。初めてこの言葉を聞く方は多いかと思います。船を推進させるプロペラの状態を船内から確認するための窓です。図1にプロペラ点検口とその周辺を示します。
左図は船上から見た様子で、人の手の先にある丸い円盤状のものが点検口です。中央に透明な窓があります。右図はプロペラ側から点検口を見た様子です。プロペラのすぐ上にあります。
航行中にプロペラにロープが絡まったなどのアクシデントが発生した時に、この窓で船底からその状態を確認します。例えばロープが絡まっていれば、この窓の止め金具を解除して窓を開いてロープを取り除いて、プロペラが元のように動くようにします。
窓を開ければ当然海水が窓から船内に浸水していきます。図1の左図にある、点検口の周辺の高さのある隔壁によって浸水を止めることができます。カバーイラストのように船の喫水線がこの壁より低い位置にあれば、海水がこの隔壁を越えることはありません。隔壁内側の海水中に手を入れたり、道具を入れたりして、ロープなどを取り除くのです。
図1に示すような点検口は、漁船や観光船でよく使われる船内機(インボード・エンジン、船体内部にエンジンがある)の船によく見られます。
宮古海上保安署によれば、太田名部漁港を出港した遊漁船のプロペラ点検口は「閉まっていなかった」ということでした。プロペラ点検口を開けたまま航行することは、ボートメーカーによって「してはいけない」こととして注意喚起されています。航行中に喫水線が上下し、それによって点検口周囲の隔壁を海水が越えて、船内の浸水区域が広がるためです。これが船の転覆や沈没につながります。
国土交通省運輸安全委員会が発行する船舶事故調査報告書によれば、2008年からこれまでの間に、プロペラ点検口からの浸水が発端となった事故は20トン未満の船舶で17件ありました。筆者の住む新潟県では2008年に新潟県佐渡島東方沖で発生した、船長及び遊漁客2人が溺死した遊漁船海難事故を挙げることができます。
点検口の窓の止め金具には、真鍮(銅ー亜鉛)にスズを含有した合金を使います。これは海水の腐食に強い合金です。とは言っても、金具に犠牲電極と呼ばれる亜鉛をしっかり接触させてないとなりません。でも整備を怠ってこの亜鉛が腐食してボロボロになるまで気が付かないと、止め金具にも腐食が徐々に進行していきます。亜鉛の犠牲電極は定期的に交換しなければならないのです。
海水温が低ければ、開けた点検口の止め金具をかじかんだ手でしっかりと閉められないこともあります。
結果として、点検口はしっかりと閉まっておらず、航行中にここから浸水が続いて転覆につながりました。
点検・整備を怠ると浸水して海難事故につながる
船の点検・整備に対する普通の船長の気の入れようは半端ではありません。筆者の個人的な感想としては、自家用車以上の気の使いようです。あちこちの金属部品は海水で腐食していきます。ゴムホースを止める金具一個にも気を付けて点検しなければなりません。亜鉛の犠牲電極はありとあらゆる金具にくっついていて、そのありかを全部頭に入れておかなければ、点検漏れにつながりかねません。
船舶事故調査報告書に検索をかけて、5トン未満(2020年1月からこれまで)、5トンから20トン未満(2018年からこれまで)の船に限定して、「浸水」のキーワードで事故の抽出を行いました。総数64件をおおよその浸水原因で分けると次のようになります。
浸水原因 件数
海水打ち込み 24
冷却水系統 14
船体亀裂 7
シャフト周り 6
プロペラ点検口 2
その他 11
もっとも多かった「海水打ち込み」は、船室や機関室に直接海水が入り込むタイプの浸水です。大きな波を船首や船尾から受けて、例えばたまたま開いていた甲板上のハッチ(開閉式窓、図2)などから海水が船内に入り込む浸水です。このハッチを開けっ放しにして高い波の中を航行することはないでしょうが、このハッチを閉じ締める金具が損傷していれば、航行中の波の振動でパカパカ開くことも十分あり得ます。
次の「冷却水系統」は、エンジンを冷却するための冷却水を回すホース等の不具合による浸水です。船ではエンジンを冷やすのに主に海水が使われます。その海水は船外から吸い取ってゴムホースによりエンジンに運ばれます。このゴムホースが劣化して亀裂が入ったり、ゴムホースを金具口に固定する金属バンドが緩んでホースが外れたりすると、これらから海水が噴き出して、機関室が浸水します。
暗礁に乗り上げるなどして船体に穴が開く「船体亀裂」によって浸水する事故の件数は、上述の原因よりは少ないことがわかります。
エンジンの動力をプロペラに伝えるシャフトの周辺でも海水が船内に漏れないようにする工夫がなされています。ただ、シャフトの回転に異常が発生するなどして、遮水が破れると浸水する原因となります。
あわや筆者も遭難一歩前
昨日の5月15日、新潟県柏崎マリーナ周辺は穏やかな日となりました。午前10時の天候はアメダス(柏崎)によると曇りで気温16.3度、西の風で風速は秒速2.6 mでした。波の高さは0.8 mで海水温は14度でした。
筆者、機関長、学生合計11人が乗り組み、柏崎マリーナを38ftヨットで午前10時に出航。10時半にはセールをあげて、帆走となりました。マリーナ沖3海里(およそ5.5 km)で新入生の訓練を行い、11時半頃反転しマリーナに向かいました。そしてマリーナ沖1.3海里(およそ2.4 km)の海域にて帆走からエンジン航行への切り替え準備をしていました。
その際に突然エンジンが停止し、再起動不能となりました。まだメインセールを下げていなかったので、帆走を続けながらエンジンの点検と応急処置を行いました。機関長がエンジン整備に慣れていたため、20分後にはエンジン再起動に成功しましたが、機関長が同乗していなかったら、帰港することができず、遭難信号を出さざるを得ませんでした。
エンジン始動に手間取り、もし海象が悪くなり波が急に高くなったら、学生ともども全員が海水温14度の海に投げ出されたかもしれません、救命胴衣を着装しているとは言え、この日の海水温では命が2時間もつかどうかです。
おわりに
海難事故を防止するのに、船の点検・整備は怠ることができません。これは操縦技能の優劣にも勝ることです。とは言っても、人間の行うことですからどこかに抜けがあり、筆者らのように突然のトラブルに巻き込まれるのも船の宿命です。
最悪の状態に進み、船が転覆あるいは沈没したなら、これまでの長い船の歴史に倣い、着装した救命胴衣で浮いて呼吸を確保し、緊急通報を行って海面で救助を待つことができます。
でも、どうしてもダメな場合があります。それは低い海水温条件での事故です。7度以下では全身着ぐるみタイプのイマーションスーツを着る以外、何をやってもダメなのです。手はかじかみ、身体はすぐに動かなくなります。せめて7度。できれば10度以上の海水温があれば、救命ラフト(いかだ)に這い上がることができるし、僚船から差し出された救助の手をつかむこともできます。
「低い海水温」これが抜け落ちた議論が行われるならば、こういった死亡事故はこれからも続くことになるでしょう。