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プラス1秒の余裕が生んだ劇的ブザービーター! B1渋谷の首位を支えるシューター石井講祐

大島和人スポーツライター
3日の三河戦で劇的な勝利を飾った渋谷 写真=B.LEAGUE

三河に連勝して現在8勝2敗

早いものでB1開幕から1ヶ月が過ぎた。台風による順延で各チームの試合数に差はあるが、サンロッカーズ渋谷はシーズンのちょうど6分の1を終えている。

開幕前は東地区の三強に注目が集まっていた。千葉ジェッツは52勝8敗と圧倒的な勝率で昨季のレギュラーシーズンを終えた。アルバルク東京は大一番に強く、チャンピオンシップ2連覇中だ。加えて東地区には2018-19シーズンの全体勝率2位を記録した宇都宮ブレックスもいる。

しかし東地区のダークホース渋谷が、第7節の時点で8勝2敗とB1全体の最高勝率を記録している。2日、3日とウィングアリーナ刈谷で開催されたシーホース三河戦に連勝。特に3日は最大15点差をひっくり返す91-89の劇的な逆転勝利を果たした。勝負を決めたのは石井講祐が試合終了と同時に決めた究極のタフショットだった。

「その瞬間」を振り返る前に、試合展開に触れておく。2日は104-85と快勝していた渋谷だが、翌日のリターンマッチは後手を踏んでしまう。キャプテンでポイントガードのベンドラメ礼生は振り返る。

「出だしから三河が凄いプレッシャーをかけて、昨日よりもタフなディフェンス(DF)をやってきた。入りはまずまずだったけれどそこに押されて、前半はオフェンスが上手く機能しなかった」

後半の渋谷はボールをシェアしてテンポ良く攻める持ち味を取り戻す。第4クォーターの残り5分を切ってからは、いわゆる「シーソーゲーム」の展開となった。

残り17秒の「トラップ」が奏功するも

試合はお互いのエースが決め合う展開だった。渋谷はライアン・ケリーが35得点、三河もダバンテ・ガードナーが43得点を記録している。ガードナーは昨季のB1得点王で、彼の1オン1をファウルなしに止められる選手はこのリーグにいない。

渋谷の伊佐勉ヘッドコーチ(HC)はこう説明する。

「先週は(ガードナーに対する)ダブルチームの練習ばかりしましたけれど、僕の中では使いたくなかった。彼を20点以下に抑えるのは不可能です」

ただし終盤に何度か、彼らはダブルチームを使った。これにはガードナーを止める「以上」の狙いがあった。伊佐HCは明かす。

「最後の方はメンタル勝負でした。向こうの熊谷(航)くんがどれくらい思い切り打てるのかと。(インサイドの)ファウルも込んでいましたし、ヘルプに行ってキックアウト(外へのパス)をさせて、ノーローテーションで対応しました」

第4クォーター残り17秒のダブルチームは、キャリアの浅い熊谷に敢えて打たせる狙いだった。渋谷が88-87と1点リードした中で、ずっとガードナーの対応をしていたチャールズ・ジャクソンに加えて、ベンドラメ礼生がヘルプに動く。文字通り「トラップ」だった。

ベンドラメは振り返る。

「ガードナー選手に攻められて、ウチの外国人がファウルをする、もしくはエンド1で3点取られることは避けたかった。川村さんと金丸さんがいたので、そこも絶対に空けちゃいけない。ガードナーからボールを離させようという狙いで、(熊谷を空けて)ダブルチームに行きました」

熊谷の3ポイントシュートは、渋谷の狙い通りに外れた。しかしリバウンドがガードナーの懐に収まってしまう。ジャクソンがファウルを犯して三河にフリースローが与えられ、ガードナーは2ショットをいずれも成功。渋谷は88-89と1点のビハインドを負うことになった。

「オールスイッチ」でラストに臨んだ三河

試合の残り時間は12秒4。三河はラインアップからガードを抜き、190センチ以上の選手を5枚並べた。「オールスイッチ」で受け渡し、目の前の選手に付いてフリーの選手を作らせない作戦だ。

三河の鈴木貴美一HCは説明する。

「(渋谷が)システムを当然使ってくるし、しかも12秒しかない。簡単にボールマンをノーマークにさせないためでした」

渋谷のファーストオプションは好調のケリーだった。一方でプレーの選択権を与えられたのはベンドラメだ。

伊佐HCは述べる。

「(ベンドラメ)レオの判断に任せていました。根来(新之助)くんが(ケリーの)DFについた時点でスイッチしてくるなと言う予測がついて、あとはレオの強いメンタルで1回アタックに行って……。シュートは外れましたけれど、キャプテンとしてチームの正ポイントガードとして、いいアタックだったと思います」

残り4秒で冷静な判断を見せた二人

ベンドラメは説明する。

「ケリー選手が当たっていたので、パスを出して決めさせようと思ったんですけれど、相手もしっかり付いていました。僕に付いていたのがビッグマンだったので、そこは1対1を仕掛けたほうがいいと思って行きました」

ベンドラメが残り6秒から放ったシュートはリングに弾かれてしまう。ただしゴール下の強さがあるガードナーは、ケリーに引っ張られて重心を外にかけていた。これがインサイドにわずかなスキを作った。

渋谷はジャクソンがボックスアウトの動きで相手を背中で抑え、必死にタップする。ボールは再びベンドラメの手元に戻り、彼らは再び攻撃権を得た。

このとき残り時間は4秒弱。ベンドラメは言う。

「CJ(チャールズ・ジャクソン)がしっかり絡んで弾いてくれて、それが僕のところに転がってきた。そのままシュートを打とうと思ったんですけれど、顔を上げたときにタイマーが見えた。まだ時間があったし、そのとき石井さんの声が聞こえたので、我慢をして振り向いて石井さんに託しました」

その瞬間が来た。石井は振り返る。

「レオがボールを取ったとき、3人くらい囲まれていて、僕のマークマンもそこに行っていた。自分が空くと思って。『レオ!』と名前を呼びました」

残り2秒で入れたフェイク

石井も冷静だった。

「パスが来るときにまだ2,3秒あった。フェイクしてちゃんと体勢を整えて打つことができました。落ち着いて時間と場面を判断して、しっかり自分のシュートになった。打った瞬間入ったなと思いました」

中継をコマ送りで見返すと、石井がパスを受けた時点で残り2.0秒の表示が出ている。これが残り1秒なら、石井は最初にアプローチに来ていた根来の上から強引に打つ必要があった。しかし彼はその“プラス1秒”を利用して一度ボールを突き、マークをいなしてからフリーでシュートを放てた。そして終了のブザーが鳴った直後に、3Pシュートがリングを通過。落ち着きがシュートの期待値を上げ、逆転勝利につながった。

三河の鈴木HCは悔しそうにこう語っていた。

「いいDFをしたんですけれど、リバウンドを取らせて(外にパスを)飛ばされて、スリーをやられてしまった。大きく跳ねたやつをベンドラメ選手が……。DFは上手くいったんですけれど、肝心のリバウンドを取らないとDF成功にはならない」

どちらも最終局面のDFを成功させたが、スポーツは偶然性にも左右される。この日の両チームも、リバウンドの行方まではコントロールできなかった。

「コートを広く使える」理由

32歳の石井は昨季のB1で3Pシュートの成功率1位(45.2%)を記録したシューティングガード。182センチと大柄ではないし、プロ契約が26歳という遅咲きでもある。今日のブザービーターはB1通算300本目の3Pシュートだった。しかもクォーターでなく試合終了時に決める“本物”は、彼にとって人生初だった。

渋谷は三河を逆転して2点差で勝利。悪い流れで我慢して最後に押し返す戦いぶりは、単なる先行逃げ切り以上に「強さ」を感じる展開だった。

今季の渋谷は登録13選手中7名が新加入選手。一般的に考えるとチーム作りには時間がかかるものだが、開幕1ヶ月で想像以上の成果が出ている。チームのよき化学変化を生んでいるのが石井、田渡修人の新加入シューター陣だ。

ベンドラメは言う。

「去年であれば僕はリバウンドを取った時点で打っていたかもしれない。でも今年は色んなところから点数を取れるし、どこにボールを預けてもギャップを作ることができる。それはすごい強みだと思います」

伊佐HCは述べる。

「彼らがシュートを打たないまでも、いるだけでコートが広く使える。ビッグマンのポップ(外へ開く動き)とダイブ(飛び込む動き)に対して、向こうのヘルプが行きづらくなっています。それだけでも全然違います」

石井はここまで1試合平均9.4得点、田渡は5.9点だが、二人は40%台中盤の3Pシュート成功率を記録している。その脅威があるから、外国籍選手への対応は薄くなる。渋谷のコートにはそういう相関関係が起こっている。

「1勝以上」の価値を持つ劇的勝利

石井のブザービーターが生み出した3日の逆転勝利は、渋谷にとって「1勝以上」の価値を持つ。

伊佐HCはこう述べていた。

「爆発力のある三河さん相手に、最大15点のビハインドを追い上げた。そこから自分たちのミスでまた流れを持っていかれて、でもそこからカムバックできた。今年は選手がガラッと変わって、やっていることを確認しながらですが、成功体験が必ず次につながる。とても大きな一勝だと思います」

単なる快進撃の勢いでなく、本物の強さを感じる渋谷の逆転勝利だった。そしてバスケットボールの醍醐味が詰まったラスト17秒間の攻防だった。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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