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ノルウェーの「マルカ」で忘れていた感覚と時間を取り戻す

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
ノルウェーが大切にする森林・丘エリア「マルカ」 筆者撮影

8月中旬に開催されたオスロ・ジャズフェスティバルで筆者は貴重な体験をした。多くのライブが屋内で開催されるなか、「森コンサートとハイキング」という気になるプログラムが目に留まった。

オスロ中央駅の集合場所に集まったのは約30人。登山靴やリュックサックを背負って、「楽しみだ」という空気が溢れていた。メトロで乗り換えなしで約30分で到着したヴォクセンコーレン駅を降りると、目の前に広がるのは緑の森林。

「ジャズ・フェス」の旗を持ったスタッフと一緒にメトロに乗り出発 筆者撮影
「ジャズ・フェス」の旗を持ったスタッフと一緒にメトロに乗り出発 筆者撮影

ノルウェーにはこのような「マルカ」(marka)と呼ばれる森林・丘エリアがある。

「森林の国」とも言われるノルウェーならではの言葉で、日本語には翻訳が難しい。オスロ自治体が所有する土地のうち三分の二は「マルカ」となる。市民はここで森林浴、ハイキング、釣り、クロスカントリースキーなどを楽しむ。

駅から下りて、道路を進む。ノルウェーでは有名なクロスカントリースキー選手にも道端で偶然出会う 筆者撮影
駅から下りて、道路を進む。ノルウェーでは有名なクロスカントリースキー選手にも道端で偶然出会う 筆者撮影

ノルウェーの人にとって「マルカ」との暮らしは切り離すことができない。このような自然を享受する権利を認める権利を「自然享受権」(Allemannsretten)といい、自然と共存するライフスタイルは「フリルフツリヴ」(firiluftsliv)と言われている。

駅から5分ほどで森を抜けると、目の前には湖が広がり、市民が泳いでいた 筆者撮影
駅から5分ほどで森を抜けると、目の前には湖が広がり、市民が泳いでいた 筆者撮影

雪が積もるとマルカは無料のスキー会場になる。王様のお気に入りのクロスカントリースキーのスポットもあり、ここを歩きながら目的地へと向かう
雪が積もるとマルカは無料のスキー会場になる。王様のお気に入りのクロスカントリースキーのスポットもあり、ここを歩きながら目的地へと向かう

今回の森コンサートはまさに、「マルカ」で「自然享受権」が保証されていることを実感し、「フリルフツリヴ」を満喫する遠足でもあった。

倒れているシラカバの木。このように寿命を迎えた木々はかつては自治体がすぐに撤去していた。木は死んでも鳥や虫の巣などになり、生物の多様性を守っていることが判明し、今ではそのままにされている 筆撮影
倒れているシラカバの木。このように寿命を迎えた木々はかつては自治体がすぐに撤去していた。木は死んでも鳥や虫の巣などになり、生物の多様性を守っていることが判明し、今ではそのままにされている 筆撮影

北欧諸国の幸福度の高さには、都市に住んでいても自然にすぐアクセスできる環境、森で鳥の鳴き声を聴くなどの自然と触れ合う時間の多さも関係している。

かつてのスキージャンプ台がライブ会場。ここでは王様もスキージャンプをしたエピソードがある 筆者撮影
かつてのスキージャンプ台がライブ会場。ここでは王様もスキージャンプをしたエピソードがある 筆者撮影

ベース奏者で作曲家でもあるEllen Andrea Wang 筆者撮影
ベース奏者で作曲家でもあるEllen Andrea Wang 筆者撮影

このような体験は日本の都市で暮らしているとなかなか難しい。だがノルウェーでも何もせずにこのような自然との暮らしが実現できているわけではない。

自然地区を保護し、都市での緑を増やそうという自然政策や都市開発計画の重要性を市民や政治家が理解して熱心に取り組み続けた結果ともいえる。だから国政選挙や統一地方選挙でも、自然と開発のバランスを以下に保つかという政党の価値観や政策も注目を浴びる。

また音楽祭のイベントに自然の有難みを改めて感じるプログラムが紛れ込んでいることにも、自然の貴重さを再認識する工夫ともいえる。

甘酸っぱい大量のラズベリーが実っていた 筆者撮影
甘酸っぱい大量のラズベリーが実っていた 筆者撮影

スマホやSNSを見つめ、忙しい生活に追われる現代生活。だからこそ今の我々には自然でボーっとする時間、黙々とキノコやベリー狩りに楽しむ時間、森を歩く「マインドフルネス」な時間が必要だ。

多忙を極め、開発が進む社会に住んでいるからこそ、「ネイチャーフルネス」な感覚を体験できる「マルカ」のような場所を大切にしていきたいものだ。

至る所にブルーベリーも実っていた。自然にあるベリーやきのこを採取する権利も自然享受権によって保証されている 筆者撮影
至る所にブルーベリーも実っていた。自然にあるベリーやきのこを採取する権利も自然享受権によって保証されている 筆者撮影

筆者撮影
筆者撮影

食用可能なキノコかを見定めるアプリなども発展しており、市民は仕事が終わった夕方や週末にキノコやベリー狩りに集中する。スマホを見ている時間よりも心身にずっと健康的だ 筆者撮影
食用可能なキノコかを見定めるアプリなども発展しており、市民は仕事が終わった夕方や週末にキノコやベリー狩りに集中する。スマホを見ている時間よりも心身にずっと健康的だ 筆者撮影

筆者撮影
筆者撮影

筆者撮影
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Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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