ノルウェーの「マルカ」で忘れていた感覚と時間を取り戻す
8月中旬に開催されたオスロ・ジャズフェスティバルで筆者は貴重な体験をした。多くのライブが屋内で開催されるなか、「森コンサートとハイキング」という気になるプログラムが目に留まった。
オスロ中央駅の集合場所に集まったのは約30人。登山靴やリュックサックを背負って、「楽しみだ」という空気が溢れていた。メトロで乗り換えなしで約30分で到着したヴォクセンコーレン駅を降りると、目の前に広がるのは緑の森林。
ノルウェーにはこのような「マルカ」(marka)と呼ばれる森林・丘エリアがある。
「森林の国」とも言われるノルウェーならではの言葉で、日本語には翻訳が難しい。オスロ自治体が所有する土地のうち三分の二は「マルカ」となる。市民はここで森林浴、ハイキング、釣り、クロスカントリースキーなどを楽しむ。
ノルウェーの人にとって「マルカ」との暮らしは切り離すことができない。このような自然を享受する権利を認める権利を「自然享受権」(Allemannsretten)といい、自然と共存するライフスタイルは「フリルフツリヴ」(firiluftsliv)と言われている。
今回の森コンサートはまさに、「マルカ」で「自然享受権」が保証されていることを実感し、「フリルフツリヴ」を満喫する遠足でもあった。
北欧諸国の幸福度の高さには、都市に住んでいても自然にすぐアクセスできる環境、森で鳥の鳴き声を聴くなどの自然と触れ合う時間の多さも関係している。
このような体験は日本の都市で暮らしているとなかなか難しい。だがノルウェーでも何もせずにこのような自然との暮らしが実現できているわけではない。
自然地区を保護し、都市での緑を増やそうという自然政策や都市開発計画の重要性を市民や政治家が理解して熱心に取り組み続けた結果ともいえる。だから国政選挙や統一地方選挙でも、自然と開発のバランスを以下に保つかという政党の価値観や政策も注目を浴びる。
また音楽祭のイベントに自然の有難みを改めて感じるプログラムが紛れ込んでいることにも、自然の貴重さを再認識する工夫ともいえる。
スマホやSNSを見つめ、忙しい生活に追われる現代生活。だからこそ今の我々には自然でボーっとする時間、黙々とキノコやベリー狩りに楽しむ時間、森を歩く「マインドフルネス」な時間が必要だ。
多忙を極め、開発が進む社会に住んでいるからこそ、「ネイチャーフルネス」な感覚を体験できる「マルカ」のような場所を大切にしていきたいものだ。
Photo&Text: Asaki Abumi