Yahoo!ニュース

「保釈金は金持ち優遇」米国で制度見直しの動き

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

米国の各州が保釈制度の見直しに動き始めた。保釈金を積めば刑事裁判の被告が公判まで自由の身になれる現行制度は、結果的に、保釈金を支払う能力のある金持ちを優遇する一方、支払いの能力のない庶民を不必要に長期間拘束し、法の下の平等に反するとの批判が高まっているためだ。ニューヨーク州は今月、新たな保釈制度を導入。カリフォルニア州も今秋に実施する州民投票で新制度の制定を目指す。米国内の動きは、日産自動車元会長、カルロス・ゴーン被告の国外逃亡などで揺れる日本の保釈制度を巡る議論にも一石を投じそうだ。

保釈金制度を廃止

ニューヨーク州の新たな制度は、殺人など凶悪事件の被告を除き、裁判所が保釈の条件として被告に保釈金の支払いを課すことを原則禁止した。要件を満たした被告は、保釈金を支払う代わりに、公判に出廷することを約束する誓約書を裁判所に提出すれば保釈される。ただし、裁判所の判断で監視付きの保釈になったり、出廷の約束を破った場合は保釈金が設定されたりする場合もある。

一方、カリフォルニア州が制定を目指す新制度は、保釈金を全面廃止する。その上で、被告を保釈するかどうかは、罪状や犯罪歴に加え、逃亡や再犯のリスクなどを科学的なリスク評価手法やコンピューターを駆使して評価し、判断する。新制度が実際に実施されれば、米国では初めて保釈金制度のない州となる。

カリフォルニア州では、2018年に州議会が保釈制度改革法案を可決し、2019年10月に施行される予定だった。しかし、保釈金の高利貸しをビジネスとしている保釈金立替業界が猛反発し、署名を集めて州民投票に持ち込んだ。今年11月に行われる州民投票で州法案への賛成票が過半数を占めれば、新制度の実施が決まる。

25万ドルで自由を買った人気女優

米国の各州が保釈制度の見直しに動き始めたのは、従来の保釈制度に対し、金持ち優遇との批判が高まっているためだ。

2019年3月には、人気女優のフェリシティ・ハフマンさんが、長女を名門大学に裏口入学させようとして逮捕され、25万ドル(約2700万円)の保釈金を納めて保釈されたことが、大きなニュースになった。

しかし、高額の保釈金が払えるのは被告の中でもごく少数で、多くは保釈金が払えないために、公判が始まるまで不必要に長期間、勾留されている。

裁判制度の改革に取り組む非営利組織「センター・フォー・コート・イノベーション」の調べでは、ニューヨーク市内の拘置所には、2019年4月時点で、公判を控える被告が5000人近く勾留されているが、ニューヨーク州の新制度が適用されれば、4割以上が保釈される計算だ。

政治ニュースサイトの「ポリティコ」は、ニューヨーク州の新保釈制度を伝える記事の中で、違法薬物所持の疑いで逮捕・勾留された男性の話を紹介。記事によれば、男性は13万5000ドルの保釈金が払えず、最終的に司法取引に応じて釈放されるまで、11カ月間、勾留された。1年近くに及ぶ勾留で、男性は仕事や住んでいたアパートも失ったという。

長期勾留で仕事や家族を失う

保釈金が払えずに公判まで勾留された被告は、保釈金を払って保釈された同じ罪状の被告と比較し、裁判で有罪になったり量刑が重くなったりする確率が高いことが、これまでの調査で明らかになっている。勾留されていると、弁護士との打ち合わせが十分にできなかったり、被告に有利な証言をしてくれる証人を探すのが難しかったりするほか、陪審員の心証を悪くするためと見られている。

また、公判前の長期にわたる勾留は、仮に裁判で無罪になったとしても、仕事や家族を失う可能性が高く、社会復帰を困難にすると専門家は指摘する。

さらに、保釈金を払えないのは黒人などマイノリティーが比較的多いことから、人権団体などは、現行の保釈制度は人種差別に当たるとも主張している。

これに対し、犯罪者をむやみに保釈すれば治安悪化につながるとして、保釈制度の見直しに反対する市民も多い。

治安悪化は杞憂

だが、2017年に保釈制度を見直し、保釈の判断にカリフォルニア州が検討しているのと同じようなリスク評価システムを取り入れたニュージャージー州の実績を見る限り、そうした懸念は杞憂に過ぎないようだ。

連邦捜査局(FBI)によると、ニュージャージー州では2016年には21,914件の凶悪犯罪が起きたが、保釈制度見直し後の2018年は、18,357件と16%減少した。また、裁判所の記録によれば、保釈中に再逮捕された被告の割合は、2014年の13%に対し、2017年は14%と、ほとんど変化がなかった。

日本でも、特別背任などの罪で起訴された日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告を巡る一連の騒動などで、保釈制度への関心が高まっている。

ゴーン被告の3カ月以上に及んだ勾留は、海外から「人質司法」との非難を浴びる一方、15億円の保釈金と引き換えに保釈を認めた東京地裁の判断は、同被告がプライベートジェット機を使って国外逃亡に成功した今となっては、結果的に「金持ちを優遇した」との批判を免れない。

日本と米国では、司法制度も社会状況も大きく異なるため一概に比較はできないが、米国内の保釈制度見直しの動きは、日本の保釈制度の今後を考える上でも参考になりそうだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

猪瀬聖の最近の記事