波乱なき天皇杯と中村憲剛の等々力ラストゲーム【準決勝】川崎フロンターレ vs ブラウブリッツ秋田
■「中村憲剛一色」となっていた地元商店街
12月27日、天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の準決勝2試合が開催された。この日は13時から等々力陸上競技場にて川崎フロンターレvsブラウブリッツ秋田が、そして16時から吹田スタジアムにてガンバ大阪vs徳島ヴォルティスが行われる。今年の天皇杯は、5回戦から準決勝までは、ずっと2試合ずつという変則レギュレーション。アマチュア2強に勝利したJ3とJ2覇者が、決勝進出を懸けてJ1の1位・2位と対戦する。
今回は迷うことなく、等々力でのゲームをチョイス。残念ながら、アマチュア勢がベスト4に名乗りを挙げることは叶わず、ここから先はJクラブ勢同士の対戦となる。それでもカップ戦の醍醐味である「ジャイキリ(ジャイアント・キリング)」の楽しみが消えたわけではない。果たして、28戦無敗でJ3優勝とJ2昇格を決めた秋田が、今季のJ1で無双状態だった川崎を相手に、どこまで戦えるのだろうか。それを確認するのが、今回の取材での一番の目的であった。
そんな思いを抱きながら、JR武蔵中原駅で下車。徒歩で20分かけて試合会場に向かう。驚いたのは、地元商店街が「中村憲剛一色」になっていたことだ。「フロンターレ一色」なら、まだわかる。でなくて「憲剛一色」。今季限りで現役引退を表明した、川崎のバンディエラを盛大に送り出すべく、憲剛の勇姿がプリントされたノボリやポスターをあちこちで目にする。そしてこの日は、憲剛が等々力のピッチでプレーする、ラストゲームとなることが予想されていた。
誤解を恐れずに言えば、この準決勝での秋田の立ち位置は「脇役」でしかない。ただし、単なる「やられ役」で終わるとも思えない。川崎との対戦が決まった準々決勝の試合後、指揮官である吉田謙監督は「秋田にしかできないこと、秋田だからできることを、執念をもってぶつけるだけ」と語っている。今シーズンを通して磨き上げられたフィジカルと走力、そして球際の強さとゴールに向かう姿勢。それらがJ1王者に対して、どれだけ通用するのか(あるいは、しないのか)見極めたいところだ。
■わずかな勝機を見出したい秋田だったが…
試合は序盤こそ秋田が仕掛けてきたが、10分を過ぎてからは川崎が終始ペースを握る展開となる。攻撃の口火を切ったのは、MFの守田英正。8分と17分、立て続けに際どいシュートを放ち、秋田は完全に自陣に釘付けとなってしまう。膠着した時間帯が続くも、川崎には焦りの様子はまったく見られない。そして39分、怪我から復帰した大島僚太のパスから三笘薫が勢いよく抜け出し、右足でゴール右隅にボールを流し込む。今季の強さが凝縮されたような、川崎の先制ゴールであった。
失点するまでの秋田は、相手の攻撃に対して強固なブロックを形成しながら何とか耐えてきた。「失点したら難しい展開になるのはわかっていましたが、相手の上手さでゴールを割られてしまいました」と語るのは、キャプテンの山田尚幸。そして「相手の背後をとって、セットプレーやこぼれ球からチャンスができれればと考えていましたが、カウンターを仕掛けても(川崎の)戻りが速くて……」と続ける。前半は、川崎の1点リードで終了。
エンドが替わった54分、秋田に数少ないチャンスが訪れる。自陣からのロングボールに、谷口彰悟とGKチョン・ソンリョンが譲り合う形となり、井上直輝が滑り込みながらゴールを狙う。この試合で唯一の秋田のシュートは、しかしチョン・ソンリョンがセーブ。そして83分には、ペナルティーエリアのわずかに外側から、田中碧が見事な直接FKを右足で決めて、川崎が決定的な追加点を挙げた。
この試合、最後の見せ場となったのは86分。川崎のベンチは4枚目の交代で大島を下げ、中村憲剛をピッチに送り込む。この日、9772人の観客を集めた等々力のスタンドは、温かい拍手で包まれた。アディショナルタイム4分を含む限られた時間で、川崎のバンディエラが決定機を演出することはなかった。それでも、等々力のピッチで躍動する中村の姿に、その場にいた誰もが自身の目に焼き付けようとしていた。そしてタイムアップ。川崎が4年ぶりとなる、天皇杯決勝進出を決めた。
■今大会は「ジャイキリ」が起こりにくい?
試合後の監督会見はリモートで行われた。秋田の吉田監督の受け答えは、清々しいくらいにシンプルである。今日はファウルが多かったのではないか?「挑んだ結果だと思う」。今年一年を振り返ると?「言葉では表現できません」。秋田にしかできないことは、どういった場面で実現できたか?「守備の一体感と縦パスに対する強烈な意識」。その上で指揮官は「この経験を糧に、さらに強くなれるように、ひたむきに努力していきたいです」と締めくくった。
川崎の強さばかりが記憶に残った、2020年のJリーグ。だがJ3に視線を移すと、無敗のまま6試合を残して優勝した、秋田の勢いもまた図抜けていた。やっているサッカーは、極めてシンプル。全員が誠実、かつひたむきに走って前に向かい、愚直に泥臭くゴールを目指す。ある意味、川崎とは対局にあるスタイルであり、あるいは苦手なタイプと言えるのかもしれない──。しかし結果は、相手にシュート1本しか許さない、川崎の抜かりのなさばかりが目立つ試合内容となった。
その後、大阪で行われた準決勝のもう1試合も、J1・2位のG大阪が徳島に勝利。スコアは同じく2−0であった。等々力での試合に比べれば接戦ではあったものの、最後は地力の差が結果に表れた格好。考えてみれば、秋田も徳島も準決勝まで中3日であった。一方のJ1勢は中7日。不慣れな相手に対しても、十分にスカウティングをすることができた。今回のクラブワールドカップ型のトーナメント方式は、ある意味「ジャイキリ」が起こりにくいフォーマットであると言える。が、今さらそれに異を唱えるつもりはない。
思えば当初、今大会のJクラブの参加チームは、J1の1位と2位のみが出場することになっていた。さすがにJ2とJ3のクラブを排除するのはよろしくない、ということで各リーグ1位も加えて、新たに試合日を増やす形にしたのが今大会のトーナメントである。多少の不公平感は否めないが、それでも優先されるべきは、記念すべき第100回大会が無事にフィナーレを迎えられること。コロナ禍の危機に何度も翻弄された2020年であったが、来年の元日には、晴れがましい雰囲気の中で決勝が開催されることを願いたい。
<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>
【付記】今大会の1回戦から決勝までのコラムを再編集してnoteにて発売します。詳しくは《100回目の天皇杯漫遊記》で検索を。