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SNSで広がる先住民・北極圏・若者の連帯

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
サーミの仲間が警察に連行される様子をSNSで中継するエッラさん 筆者撮影

かつては他国の先住民に関して得られる情報は限られていた。しかし、今はSNSを有効活用すれば、筆者は北欧の先住民の情報網につながりっぱなしになることができる。今年はフィンランド・スウェーデン・ノルウェー・ロシアに住むサーミ人とデンマーク領グリーンランドに住むイヌイット人の取材が続いている。首都オスロでの抗議活動を現地取材していて驚いたのは、「スマホ」と「SNS」の影響力、そして「若い世代」「若い女性」の存在だった。

Z世代とミレニアル世代×フェミニズム

「若い世代」はここでは主にZ世代とミレニアル世代を示す。トナカイ放牧地に風力発電建設を許可したノルウェー政府に対する抗議活動は今年大きく2度あった。省庁封鎖など、「市民的不服従」という違法行為で抗議の意思を示していた活動の中心は若者たちだった。もちろん上の世代のサーミ人も連携していたが、食事を用意するなどの裏方に回っていた。外での長時間の座り込みは体力も必要なので、若者が担っていた。

「若い世代」はサーミ人だけではなく、連帯を示したノルウェー人市民も含まれる。特にノルウェー最大の環境青年団体「自然と青年」は実行役をサーミのコミュニティと共同で担い、若いノルウェー人も共に闘った。

サーミの人々を取材して受けたカルチャーショックは「女性たちの強さ」だった。現場を取り仕切るのは若い女性たちだ。国会前で座り込み野宿をしていた男性をケアしていたのは有名なサーミ人活動家・俳優・アーティストでもあるエッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンさんだ(冒頭写真)。エッラさんは他の女性と共に「私たちが彼を守るのよ」と戦略を立てていて、筆者は衝撃を受けた。

オンラインでもオフラインでも、とにかく指揮をとり、現場を盛り上げるのは圧倒的に女性たち。そのことを話題にすると、サーミの人たちは「ああ、そうだね」という反応をし、「ジェンダー平等はノルウェーより進んでいると思う」という感想が相次いだ。

スマホ×SNS

サーミ人がかつて市民不服従をする時に必要不可欠だった「ツール」といえば、トナカイの毛皮、自分たちを工事車両などとつなぐ「鎖」、「民族衣装」などだ。今はそこに「スマホ」が入る。

抗議場所や移動中、若者たちが手にしていたのは「スマホ」だ。SNSを常に更新して、活動内容を拡散していた。各地には常に現地メディアもいたが、メディアが報じる映像やストーリーは、活動家たちが拡散するものとは質が異なる。また政治家とやり取りできることもあれば、議論が注目されることに可能な「公共空間」にもアクセスできる。スマホがなかった時代には不可能だったことが現代の抗議活動では可能だ。

エッラさんは活動の中心人物のひとりであり、インスタグラムなどのフォロワーに現地の様子を中継していた。他にもサーミ団体など、多くの人が自分たちのアカウント経由で「今何が起きているのか」「ノルウェーで今も続く植民地主義」を伝え続けた。たとえ大手メディアや政治家に無視されても、SNSで現状は拡散し続けることができる。スマホは新たな「鎖」として、活動に必要な武器となった。

サーミ人にはアーティストが多く、作品には抑圧の歴史や政府への抗議が何らかの形で取り込まれやすい。写真はエッラさんのコンサート 筆者撮影
サーミ人にはアーティストが多く、作品には抑圧の歴史や政府への抗議が何らかの形で取り込まれやすい。写真はエッラさんのコンサート 筆者撮影

エッラさんのバンド「ISÁK」のコンサートも同時期に開催され、サーミ人の観客も多く、舞台はノルウェー政府に対する抗議メッセージが詰まったパフォーマンスだった。ここでも政府や大臣に対するメッセージが「音楽」という形で拡張され、観客はそのメッセージを動画撮影し、SNSで広めていた。音楽・詩・アートなどはサーミの心の声を「別の形で考えてもらう」ために有効な手段であり、SNSでも再生産しやすい。

TikTok×英語×国際社会×educate yourself

フィンランドやスウェーデンからもサーミは応援に駆け付け、ノルウェー語、スウェーデン語、フィンランド語、英語、サーミ語といくつもの言語でSNSで情報発信がされる。注目すべきは「英語」という言語での投稿の多さ。そしてサーミの若者が英語で発信するのは「普通」であるという現状だ。

なぜ、英語なのか。国際社会に「植民地主義はまだ続いている」ことを伝え、「世界各国の先住民とも連帯するため」だ。北欧はそもそも「幸福な国」「平等な国」など、「良いいイメージ」が強い。「そんな国でまさか先住民が未だに差別を受け、現代版の植民地主義が続いている」ことを知らない人はとても多い。

特にTikTokとなると英語での発信がさらに増える特長もある。インスタグラムはより自分と距離が近い人に届けるためにサーミ語やスカンジナヴィア言語が多くなるが、TikTokでは「世界のどこかにいる誰か」に届くことが意識されている。

自分を教育する「educate me」「educate yourself」はTikTokで多くの若いユーザーが使う言葉だ。TikTokには学校や大手メディアでは学べないことを「学びたい」と、TikTokを「教育の場」「学ぶ場」として捉えている人も多い。そのような人たちにとって、北欧や北極圏の先住民の現状は、学校や既存メディアでは「知ることができなかったであろう、驚きが連続する勉強内容」なのだ。

だからカナダ、グリーンランド、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンなどからイヌイットやサーミの若者が発信する情報には「学びたい」「もっと知りたい」という意思のあるフォロワーが多い。「私をeducate(教育してくれて)ありがとう」や「Educate yourself(もっと自分を教育して)」は両者の間ではよく発せられるメッセージだ。

Ida Helene Benonisenさんはノルウェーがいかにサーミを同化しようとしてきたか、差別は今いかに継続しているのかを英語で情報発信している。イーダさんのフォロワーは「教えてくれてありがとう」「知らなかった」と学ぶことに熱心な人が多い。

サーミ人の闘いは常に「警察」がセットでもある。「警察に連行される」という「毎日のドラマの証人」にもなることができるSNSから目が離せず、英語圏のフォロワーは増え続けている。

世界のどこかにいる「TikTokで新しいことを学びたい」人に届けるために英語での投稿がこうして増え、北欧の先住民を知らなかった人との距離を徐々に・確実に縮めている。

サーミの連帯×先住民の連帯×グレタ

スマホとSNSを自由に操る若い世代の登場によって、先住民の間では新しいムーブメントが起きている。抑圧の歴史を国は掘り起こしたくはないだろうが、SNSの登場でサーミ言論のコントロールはより難しくなり、サーミの叫びは国外へと広まっている。

各国のサーミの連携の強化や続く抗議活動は、極右や先住民の権利を重要視しない人を不安にさせる。北欧には各国のサーミ人が連帯して「サーミ国家を建国しようとしている」という「陰謀論」まであるほどだ。

先住民は「自分たちはマイノリティ側」であるという自覚やできることの制限の自覚があるために、「サーミ」という民族の垣根を越えて「先住民」「北極圏」「マイノリティ」という「同一性」でつながろうとしている。

TikTokでは他国の先住民を発見しやすく、「他のおすすめの先住民のアカウントをシェアして」という互いの背中を後押しする動きもある。ノルウェーでの抗議活動にはデンマーク領グリーンランドからもイヌイットの人々が駆け付けた。

また各国の青年環境団体とサーミ人がつながる輪には、さらに協力な助っ人も現れた。スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥーンベリさんだ。彼女は再生可能エネルギーを隠れ蓑にして先住民の人権が踏みにじられる「グリーン・コロニアリズム」「グリーンウォッシング」を嫌う。莫大なメッセージ拡散能力がある彼女のおかげで、ノルウェーでのサーミ人の抗議活動は他国にも広まり、国際ニュースでもグレタさんがきっかけで取り上げられている。

このようにサーミ人の抵抗運動にはオフライン・オンラインの両方で新た味方が次々と参戦している。ちなみにノルウェーでのフォーセン地域の案件には若い弁護士たちも味方についている。団結・連帯・つながりという様々な要素で力学が変わってきているのは明らかだ。

分かる人にだけ伝わる文化的記号

抗議現場やSNSで何度も眼にする「ČSV」 筆者撮影
抗議現場やSNSで何度も眼にする「ČSV」 筆者撮影

「ČSV」はサーミの抗議の場で嫌でも目にする文字だ。だが発音も意味も知らない人は知らないだろう。「チェーエスヴェー」は「Čájet Sámi Vuoiŋŋa」の訳で「サーミのスピリットを示そう」という意味だ。サーミ人が抗議活動をする際の掛け声として定着しており、国会前での抗議、座り込み中、警察に担がれて運び出される時などに、「仲間と一緒に」この言葉を叫ぶ。

サーミ人の若者のSNSでの投稿には「ČSV」が何度も登場するが、その意味をあえて説明する投稿は筆者は見たことがない。「分かる人には分かる」サーミの連帯の言葉であり暗号ともいえる。

そのメッセージを解釈し文脈化するのに必要な文化的知識や記号の理解が必要とされる。「生地を裏表にして着た民族衣装」(抗議の意味を示す)、「トナカイの毛皮」(トナカイはサーミ人にとってのアイデンティティ、生業であり、抗議活動の場にも必ずある)、サーミ国旗、サーミ独特の歌唱法「ヨイク」などは、SNSや抗議の現場で絶対見聞きする。

同じことは「サーミ語」にも言える。抗議の場やSNSでしばしば登場するサーミ語を理解できるものは少ない。プライバシー設定は「公開」となっているが、一瞬しかスクリーンに出ないサーミ語をわざわざ翻訳しようと思う人はほとんどいないだろう。それなのになぜ、若いサーミ人たちはいくつもの言語を切り分けて投稿するのだろうか。

政府の「同化政策」は効果があったために、サーミ語は「恥」だと思い込まされ、サーミ語を話すのをやめてしまった・サーミ語は話せ(さ)ない人は多い。それでもサーミ語をできるだけ使うのは「サーミ語」という「アイデンティティ」を消滅させないため、分かる人同志間での連帯をさらに強化し、「サーミ語は恥ではなく、公の場で堂々と話していい誇り」だと仲間たちに伝えるためだ。

孤独を減らす×メンタルヘルス対策

先住民サーミ人たちは普段はそれぞれが遠隔地に住んでいる。北極圏といっても広く、仲間たちと会うには飛行機や電車などで長距離移動を余儀なくされ、コストもかかる。日常的に差別や偏見のマイクロアグレッションを浴びる先住民にとって、仲間との連帯を確認することは生きる糧となる。

首都オスロでの大規模な抗議活動中のサーミ人の連帯は協力だった。常に一緒に行動し、共に悲しみ怒った仲間たち。首都に住むサーミ人は多いので、首都在住の人たちは抗議後も会えるが、た多くがそれぞれの地に戻る。抗議終了後に仲間たちと離れ離れになる孤独感と焦燥感に向き合わなければならない。

ノルウェーのサーミ人であるRamona Linneaさん(25)は抗議終了後の岐路、電車内からTikTokこう投稿した。

「Back to reality。現実に戻る。マイノリティのサーミだから、自分を守るために民族衣装を脱いで。サーミであると周囲に見せることは、ひとりだと難しいから。サーミであることは誇りだけれど、ヘイトに溢れたコメントから自分を守るために時に民族衣装を脱ぐのはOK」

他にも抗議終了後に「民族衣装をどうしても脱ぎたくないの」など、「オスロでみんなで抗議していた頃に感じていたコミュニティと連帯の強さ」から、「またひとり」という先住民ならではの状況に戻ることに「ホームシック」を感じている投稿はTikTokには多くみられる。

インスタグラムとTikTokは投稿内容が明らかに振り分けられている。インスタグラムはより身近な距離にいるコミュニティや支持者に向けての有益な情報拡散・政府や政治家に対する抗議・怒りなどの感情が多く、TikTokは国際社会に向けてのシグナル・ここでだからこそ打ち明けられる孤独や空虚感などの「感情発散」の場であるようだ。

若い世代はメンタルヘルス問題が重要な関心事でもあるため、「先住民としての闘いで背負うことになる感情」を隠そうとはせず、SNSというチャンネルを使い分けてフォロワーに共有している。また仲間にも思いを共有することで「つながった状態」でいられる。

植民地や差別の歴史を背負う先住民だからこそ、「負の感情は受け継がれている」ことを第三者に理解してもらうためにも、感情発散は必要な手段だ。エモーショナルであればあるほど、SNSでは共鳴の輪も拡大しやすい。

ムーブメントを封鎖しようとするサーミ人

全てのサーミが今のムーブメントに同調しているわけではない。ノルウェー政府の同化政策と社会の差別によって抑圧されてきたサーミ人たちの中には「これ以上事を荒立てないように」「どうしてそんなに一生懸命に抗議するの」と理解できない人もいる。抑圧・同化されてきたこうしたサーミの社会構造はネット社会にも反映されている。

抗議活動の末に、国王と謁見したサーミの若者たちは、民族衣装を裏表にしたまま登場した。抗議の意思を示すためにずっと裏表にして着ていた彼らだったが、その写真を見て憤慨した世代もいる。

サーミもイヌイットも、コミュニティ内での親密な交流やコミュニケーションはフェイスブックで行う傾向がある。裏表にした民族衣装で国王に面会した若者を「恥ずかしい」と喝をいれるコメントもあった。フェイスブックで起きている内密なやり取りをみていると、抑圧されて静かにしていた側が、今起きている「抵抗の世代」によるムーブメントに「動揺」している様子も伝わってくる。

差別も、つながりも、ネットワーク化された場では新しい形で現れる。ネットでもヘイトや批判は受けるが、もともと先住民は長い間ヘイトされてきた・コミュニティ内からも「黙っていたほうがいい」と押さえつけられてきた世代だ。それがネット社会で形を変えて持続しているのであって、警察に連行される覚悟もあるこの世代は簡単には引き下がらない。

抵抗の世代のムーブメントは止まらない

オスロ国会内での座り込みで警察から担ぎ出されて強制退去させたらたサーミ人の若者たち。その様子を仲間たちは国会ドア前で見守り、SNSで中継し続けた 筆者撮影
オスロ国会内での座り込みで警察から担ぎ出されて強制退去させたらたサーミ人の若者たち。その様子を仲間たちは国会ドア前で見守り、SNSで中継し続けた 筆者撮影

「サーミのアイデンティティを残したい・守りたい」「次の世代に抑圧空間の構造や負の遺産を受け継ぎたくない」と今の先住民の若い世代は必死だ。

抑圧されていた・消えかけていた民族は、今「生き残るための必死の抵抗」をしている。SNSで現状が解決されるわけではないが、SNSを操る若い世代の連帯は先住民の信念を強化し、互いの孤立と消滅を防いでいる。

最近サーミ人を身近で取材していて、先住民アクティビズムにスマホとSNSがこれほど強固に結びついていたことに筆者は驚いた。それは白人たちのものとは違い、支配されてきた少数派の先住民だからこそ、スマホとSNSが異なるレイヤーで力を発揮していたのだ。

サーミの若者がSNSをどのように使っているかを知らないままの政治家は、なぜ批判の声が大きくなり続けるのか、ずっと分からないままだろう。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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