Yahoo!ニュース

MAISON&OBJET(メゾン・エ・オブジェ)に見る 日本のものづくりの未来

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
日本各地から出展されたブースの一つ(写真はすべて筆者撮影)

年に2回、恒例となったパリのデザイン見本市MAISON&OBJET(メゾン・エ・オブジェ)が、1月19日から23日まで開催された。

シャルルドゴール国際空港近く、13万平方メートルの見本市会場にインテリア、雑貨、キッチン用品、文具、アクセサリーなど多岐にわたる分野のブランドやクリエーターたちが世界中から集う。

国際的にも有名なインテリアブランドがブティック丸ごと引っ越してきたような豪華な設営も見事だが、新進のクリエーターたちが世界のバイヤーにここで見出され、サクセスストーリーが始まるきっかけになる場所でもある。

出展は全部で3000件にも及ぶが、日本のブランドも多い。見本市のアプリで国別の出展者検索で日本と入れると100のリストが出てくるほどで、その数は数年前から飛躍的に増加している。広い会場の中でも、HALL7に日本ブースが集中しているようだったので、会期2日目にその会場を訪ねた模様をリポートする。

入り口近く、まずは白い家のようなインスタレーションが目を引いた。近づいてみると、そこに長身の男性の姿。日本を代表するデザイナー、建築家である佐藤オオキさんだった。ブースはZENSという中国の雑貨ブランドで、内外の有名デザイナーとコラボレートしたクリエーションを発表しているが、今回の見本市では、佐藤さんのデザインだけに焦点をあてた展示が行われていた。白い家のようなインスタレーションそのものも彼のアイディアで、内側から光が漏れる窓を覗き込むと、中にプロダクトがあるという趣向だ。

「初日には俳優のヒュー・ジャックマンさんが足を止めて、10分ほど一つ一つの窓を覗き込みながらウィンドーショッピングを楽しまれたようでした」

快く撮影に応じてくれながら佐藤さんは言う。

あまたあるブースの中で群を抜いて人を惹きつける彼の表現力はやはりさすがで、セレブリティもまたその世界におもわず引き込まれてしまったらしい。

ZENSのブース
ZENSのブース
デザインオフィス「nendo」主宰、佐藤オオキさん
デザインオフィス「nendo」主宰、佐藤オオキさん
佐藤さんデザインの「stone」シリーズの茶器。丸い蓋はシリコン製の球体。握ってストレス解消の効果も。
佐藤さんデザインの「stone」シリーズの茶器。丸い蓋はシリコン製の球体。握ってストレス解消の効果も。
chirpシリーズ。小鳥がとまっているようなデザインの器には、花を活けたりできて、しかも可動式
chirpシリーズ。小鳥がとまっているようなデザインの器には、花を活けたりできて、しかも可動式

お隣にはさらに人だかりがしているブースが。

天井からぶら下がるステンドグラスのようなオブジェに触れようとした人に、「Sorry, don't touch」と、舞台の黒子のような謙虚さと笑顔で注意を促していたのがこちらの代表の辻陽平さんだった。

「少し離れて見ていただくと水滴の形をしているのがよく分かります」というデコレーション。実はこのブランドMISOKA(ミソカ)の828本の歯ブラシからできているものだった。

大阪発のブランドMISOKAのブース
大阪発のブランドMISOKAのブース
プレミアム歯ブラシMISOKAブランドを創った「夢職人」代表取締役、辻陽平さん
プレミアム歯ブラシMISOKAブランドを創った「夢職人」代表取締役、辻陽平さん

辻さんが2007年に起業してから10年。毛先に施された特殊なミネラルコーティングのために、歯磨き粉を使わず、水だけで歯の清潔を保つことができる歯ブラシは、最低でも1本千円という高級品だが、日本の有名百貨店やセレクトショップで注目され、すでに400万本を売り上げた。本格的に海外展開を始めたのは2015年からで、スイス、イタリア、トルコ、ギリシャなどに販売網ができた。今回の見本市でも初日から国単位の代理店になりたいという人が次々に現れているという。

「ペーストをつけて磨いたらそれは汚染水になりますが、水だけで磨けば魚の餌にだってなれる。快適に使っていることが結果としてエコロジーにつながる次世代の歯ブラシです。海外では日本よりもテクノロジーが高く評価されている印象で、環境に優しいということに共鳴共感してくれる人が多いと感じます。MISOKA for Kidsは今回の展示会が世界初の発表です。パッケージもすべてメイドインジャパン。竹尾の紙を使ったものです。うちの商品はよく高い高いと言われますが、10年前にはなかった歯ブラシのプレミアムという概念を作った自負がありますし、歯ブラシの『エルメス』を目指して頑張っています」

ブースの盛況を見るにつけ、また見本市の代表者自らが辻さんに挨拶に来たというのを聞いても、ますますの快進撃が続くだろうことが想像できる。これから海外展開を意図する人たちにとってみれば、辻さんは憧れの星。その成功に必要なものは何かと尋ねれば、こんな答えが返ってきた。

「日本人て、相手から何か言われるとシュンとするじゃないですか。そうではなくて、俺たちはこういうものを作りたいんだという確固たる自分の主張、目標、夢をきちっと伝えることがすごく大事だと思います。外国の方にははっきり言わないとわかっていただけない。僕らはこういう思いで、こういう風に一生懸命作っている。だからこういう方に使って欲しいときちっと言ってきたので、『わかった。じゃあ、そういう人たちに俺たちは売って行くよ』という反応が返ってきて、結果そういう方々とどんどん出会ってゆくことになります。

何か売れたらいいな、とか、外国にとりあえず行ってみるという気持ちで出展する方も少なくないと思うんです。どんな雰囲気なのか、どんな反応があるか見てみるというふうな。ですが、それでは外国に進出するには甘い。だって、フランスにはフランスの歯ブラシがすでにあるわけです。いわばどうしても必要ではないものを僕らは持ってきているわけですが、それを欲しいと思わせるにどうしなければならないのか? 日本のものづくりで培った技術をもってして、例えばフランス人にはこういう形にすれば受ける、あなたたちにはこれがベストソリューションですよねというものを持って来ないと受け入れられるわけがない。出展する前に視察に来てフランス市場を見たうえで、どういう価値観を打ち出すのか、立ち位置はどこかをはっきりお伝えしていく必要があると思います。また、日本できちんと勝負できていない方が海外でできるわけがない。それも当たり前のことかもしれません」

この見本市でお披露目となったMISOKA for Kids。1本3000円という値付けだが、すでに大量注文が。
この見本市でお披露目となったMISOKA for Kids。1本3000円という値付けだが、すでに大量注文が。
磨き心地を体験できるコーナーは大にぎわい
磨き心地を体験できるコーナーは大にぎわい

もう一つ注目したいのがNAGAE+(ナガエプリュス)というブランド。富山県高岡で60年続いてきた金属加工の会社が母体となり、2015年に鶴本晶子さんをブランドマネージャーに迎えて新たなスタートを切った。早くも昨年には、ここの製品がアメリカ大統領夫人への日本からの贈答品になって話題を呼んでいる。メラニア夫人へ贈られたのは、もともと高岡で盛んだった仏具の金属加工技術をアクセサリーに応用したもの。越前和紙とイタリアの水彩紙のテクスチャーが表面に現れるように加工した鋳造型に錫を流しこみ、ごく薄い板状に成形したものを裁断して銅と金のメッキを施す。自由自在に曲げて形を変えられる錫の特性を生かして、ブレスレットや指輪は好みのサイズに丸めて使えるというオリジナルなアクセサリーだ。

鳥のオブジェのように見える製品は、腕や顔、頭皮などさまざまな部分にカーブを当てて、リンパマッサージができるという器具。鶴本さん自らが会場でデモンストレーションをしてくれた。

NAGAE+(ナガエプリュス)のブース
NAGAE+(ナガエプリュス)のブース
錫をベースにしたアクセサリーシリーズ。メラニア夫人へは、これよりもう一段幅の広い金のバングルが贈られた。
錫をベースにしたアクセサリーシリーズ。メラニア夫人へは、これよりもう一段幅の広い金のバングルが贈られた。
チタン素材のセルフケアリラクゼーションツール。
チタン素材のセルフケアリラクゼーションツール。
ブランドマネージャーの鶴本晶子さん。会場ではバングル、リング、イヤリングを実際に身につけ、セルフケアの方法も指南してくれた
ブランドマネージャーの鶴本晶子さん。会場ではバングル、リング、イヤリングを実際に身につけ、セルフケアの方法も指南してくれた

今回が見本市初出展だが、初日には高田賢三氏が訪れて次につながる反応があったようで、ブース全体を飾っていた和紙などをとても気に入られていたという。壁面装飾やランチョンマットとしても使えるいぶし銀の和紙。この銀の加工は埼玉県で施されたものだそうで、ブランドの製品には日本各地の技が吸い上げられている。

鶴本さんは言う。

「私自身、金属には縁がありませんでしたが、10年ほど前にたまたま魔法瓶の工場と仕事をする機会があって、そこから金属への興味が湧きました。日本各地の工業製品の工場、そして下請けの工房などにはすごい技術があります。そういう先端技術を使って新しいものづくりができたら、という思いで仕事をしています」

ただ、しばしば語られるように、家内制手工業の次世代への継続はなかなか難しいものがある。

「はい。それはもう深刻です。その職人さんが引退してしまったら、技術そのものが途絶えるという事態に直面しているところが方々にあります。できることなら、このブランドのマーケットが世界規模になることによって、若い方が新しく職人さんになって技術が継承されるような、そんなサイクルができたらいいと思っています。使ってくださる人の生活を輝かせながら、作る人も輝く。すべてが循環してゆくようなブランド。商品を作るときには、“美と機能とストーリー”ということを考えています。伝統と先端技術を結びつけることで今の生活を輝かせる。生き残るというより、発展してゆく方法が取れたらいいと思っているのです」

日本各地の手仕事の現場を足繁く訪れてきた鶴本さんならではのこんな話も披露してくれた。

「スプーンの商品開発をしていた時、燕三条の80代の女性たちの磨きの技術に感動しました。口に入れてどこにもひっかかるところのない、トロンとした感触のスプーン。うちの息子はもうそのスプーンしか使わないほどです。金属というと、力仕事のイメージがありますが、繊細な女性の技がものをいう部分もあるのです。この女性たちの仕事ぶりは雑誌に取り上げられて、世界的に注目されると、皆さん若返ってしまって、今も元気に仕事をしていらっしゃいます。そればかりか、当時は80代のこの3人の女性ともう二人、全部で5人体制の仕事場だったのが、今では8人体制。20代、30代の女性がやりたい、と加わっているのです」

人生100年の時代に、なんともいい話ではないか。

「女性って、細かい手仕事にハマるとすごい力を発揮しますよね。今までは趣味で刺繍とかが多かったと思いますが、その代わりに工場で磨きをやってもいい。自分が何か社会のためになれるってプライドが持てる素敵なことです。そんな女性のプレーヤーがどんどん活躍できたら、きっといい社会になるのではないでしょうか?」

リンパマッサージの効果だろうか、間近に見てもシワひとつない鶴本さんのお顔がさらに生き生きと眩しく映った。

次回のメゾン・エ・オブジェ パリは、今年9月7日から11日の開催予定

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

鈴木春恵の最近の記事