野宮真貴、40周年。“師匠”鈴木慶一と語る現在・過去・未来<後編>「新しいことを続けていきたい」
【前編】から続く
「私のスタートに携わって下さった慶一さんが、40年後の私にどういう曲を書いてくれるのかなって期待していました」(野宮)
「こちらもそれを考えてしまいます。演奏はムーンライダーズでやろうと決めて書きました」(鈴木)
――今回のアニバーサリー・アルバム『New Beautiful』には、鈴木さんが「美しい鏡」という曲を提供しています(作詞:佐藤奈々子)。『ピンクの心』に収録されている「ウサギと私」は、野宮さんが30周年の時セルフカバーした際、鈴木さんは「他のアーティストに提供した曲の中で3本の指に入る、自分で言うのは恥ずかしいけどいい曲」とコメントしていました。今回の「美しい鏡」はどうでしょう?
鈴木 もう3本の指が全部真貴ちゃんの曲になる勢いで(笑)。今度の曲は歌詞が先で、歌詞を見ながら少しずつ作っていって、奈々子さんの歌詞は行が空くところが何箇所かあって、行が空くのは何か意味があるんだろうなって思って、じっくり作っていきました。
野宮 いわゆるA→B→Cみたいな歌詞じゃないんですよね。
鈴木 1番2番があって、行が空くのが3箇所くらいあって、ここはちょっと違う形で三拍子にしたり、色々変えていこうと。いただいた歌詞の行変えのセンスに合わせた感じです。
野宮 慶一さんは私のスタートに携わって下さった恩人でもあるので、40年後の私に提供してくれる曲って、一体どういう曲を書いてくれるのかなって期待していました。
鈴木 こちらもそれを考えてしまいます。10年に一回曲を作ってるような感じじゃない?(笑)。演奏はムーンライダーズでやろうと決めて書きました。
野宮 ムーンライダーズの皆さんが変わらず「真貴ちゃん、真貴ちゃん」って言ってくださって、それが嬉しかったです。
「『美しい鏡』のレコーディングでは、慶一さんがかけて下さった言葉にハッとさせられました」(野宮)
――「美しい鏡」を聴いた瞬間はいかがでしたか?
野宮 デビュー曲も音域が広くて自分には難しい曲で、この前ライヴで歌ったけどやっぱり難しくて、まだちゃんと歌いこなせてないかもって思ってしまいました(笑)。今回の曲も3分台の割と短い曲だけど壮大な感じで、歌うのが難しかったです。最近は正確に歌おうという気持ちが強くて、でも慶一さんにボーカルディレクションしていただいて、その時「ピッチとかは気にしないで、ニュアンスを大切に自由に楽しく歌って」って言われて、ハッとさせられました。忘れていたことを思い出させてくれました。慶一さんはデビューの時からずっと本質的で音楽的な大切なことを私にさりげなく伝えてくれる人なんです。
鈴木 昔は何テイクも録っていたけど、そうするとわからなくなっちゃう(笑)。1テイクいいものを録って、念のためもう1テイク録って、それをより自由に歌ってもらって、40年歌っていれば、このメロディはこういう歌い方だなっていうのはすぐに出てくる。出てきたものが真貴ちゃんなんだよ。真貴ちゃんらしさが常に充満してるわけ。
――「美しい鏡」って不思議な感覚を醸し出していて、でもちゃんとポップスというか、その世界にグッと引きこまれる感じです。どこかビートルズっぽい感じもあったり。
野宮 最初に聴いた時は慶一さん節というか、ムーンライダーズだって感じはしました。
鈴木 2コードで曲を作るのは楽しいんだけど、結構難しくて。色々な曲と被ってしまう場合がある。だからそこを歌詞のリズムでうまくメロディを作っていく感じでした。
野宮 歌詞は奈々子さんにお願いして、2人で作って欲しくて。すぐに3つくらい詞が来て、その中の一つが「美しい鏡」でした。慶一さんと奈々子さんにお願いするにあたって、久々に3人で会って打合せをして、その時に奈々子さんに、まだアルバムジャケット撮影前だったのですが、鏡がたくさんある中で撮影するアイディアがあって、というお話をさせていただいて。そうしたら、送られてきた詞の中に「美しい鏡」というタイトルと歌詞がもうできあがっていました。
――今回のアルバムは新曲がどれも素敵です。
鈴木 このアルバム素敵ですよ。
野宮 ずっと「渋谷系を歌う。」とか、セルフカバーとか、カバーをたくさん歌ってきたので、今回40周年では5つの新曲をみなさんに書いていただきました。
「真貴ちゃんの歌で、こういうものが聴きたいという曲が詰まったアルバムになっている」(鈴木)
――鈴木さん、このアルバムを聴いてのアルバム評をお願いできますでしょうか。
鈴木 真貴ちゃんの歌で、こういうものを聴きたいなという作品になっています。過去のアルバムとはまた違っていて、声も変わっているし、その辺がうまく出たアルバムだと思う。例えばポータブル・ロックとの新曲「Portable Love」をやったり、いい選択だったと思います。
――野宮さんの歌、音楽が“更新”できているアルバムだと思います。
野宮 とにかく自分の40年間に深く関わってくださったアーティストの方々に、今の私に曲を書いてもらいたくて。
鈴木 (高浪)敬太郎君の曲「大人の恋、もしくはエチュード」も、カジヒデキ君の歌詞とのマッチングが最高です。
野宮 (高浪)敬太郎君が自分の中でずっと温めていた曲で、ここぞっていう時に出そうと思っていたと言っていました。私が作って欲しいって言ったら、今がここぞという時だと思って出してくれたそうです。
鈴木 横山剣さんとの「おないどし」もとってもいいし、本当に全部いい曲。ライヴもすごくよかった。
「GLIM SPANKYの松尾レミさんとは、ベースにあるものがとても似ている」(野宮)
――GLIM SPANKYの松尾レミさんが書いた「CANDY MOON」も懐かしさと新しさが抜群の塩梅で共存しています。
野宮 両親の影響で、幼い頃からピチカート・ファイヴを聴いていたという松尾レミさんは、渋谷系を聴いて育った人です。でも自分の声質がポップスよりロックの方が合っていると判断して、ロックの方に行って。音楽だけではなくて、私のメイクやファッションも好きでいてくれて、母親と娘ぐらいの年が離れていますが、「野宮さんは私の永遠のバービードール」みたいなフレーズをよく言ってくれて。レミさんと私はボーカルスタイルも音楽の方向性も違うんですけど、好きな音楽やアート、好きなファッションが一緒で、ベースにあるものはとても似ている。そんな女性二人にしか表現できないガーリーでキュートな楽曲が「CANDY MOON」。とても好きな曲ですね。
世界で活躍するネオシティポップアーティストが集結。「ピチカートの曲を“今”の音楽として、海外の若い世代の音楽ファンに聴いて欲しい」(野宮)
――バービードールの最新系、みたいなイメージですよね。野宮真貴というアーティストを形作ったミュージシャンに新曲をオーダーする一方で、<World Tour Mix>と題して、韓国のNight Tempo(ナイト・テンポ)と「東京は夜の七時」、タイのPhum Viphurit(プム・ヴィプリット)と「陽の当たる大通り」、インドネシアのRainych(レイニッチ)と日本のevening cinemaと「スウィート・ソウル・レヴュー」をコラボしています。世界で活躍するネオシティポップアーティストが勢揃いして、注目を集めています。
野宮 やっぱり振り返るということではなく、ここから新しい野宮真貴を出したかったので、新曲と自分の代表曲、ピチカート・ファイヴの曲をSNSで話題になっている若手のアーティストの方々とコラボして、海外の方にも聴いて欲しかったんです。そうすることによってピチカートの名曲が、今の音楽として、海外の若い世代の音楽ファンの耳に留まって欲しいという意味を込めて<World Tour Mix>と呼んでいます。今はまだなかなか海外にも行けないので、少しでもワールドツアーに行ったような気持ちになってもらえたらなっていう思いもありました。
――「東京は夜の七時」って本当に色々なバージョンがあって、曲によって表情が全然違ってきます。今回は90年代のハウスっぽい感じです。
野宮 それを意識したと言っていました。Night Tempoさんは、最初ピチカートではなく「女ともだち」を聴いて、私のことを知ってくれたそうで「80年代と90年代を繋ぐ人として、野宮さんには自分のアルバムに絶対参加してもらわないと困る。断られても何度でもオファーするつもりだった」と言われて、彼のアルバムにも参加しました。
――個人的には「陽に当たる大通り」のチルな雰囲気がいいと思いました。曲が生まれ変わった感じがします。
野宮 この曲はアジアを中心に、海外のプレイリストに次々とピックアップされて、すごく人気があるみたいです。
「こんなにフレッシュなアルバムが、40年経って制作できたことが素晴らしい」(鈴木)
――鈴木さんにお聞きしたいのですが、デビューから携わっている野宮真貴さんが40周年を迎えて、改めてどんなアーティストになったと感じていますか?
鈴木 40年という時間が経ったけど、このアルバムを手に最先端にいるわけで、そして色々なことが混ざり合いつつも、ものすごい新鮮なものになっているので、陳腐な言い方だけどとてもフレッシュで、それが凄く嬉しく、とてもいいなと思います。フレッシュさをどこから持ってくるかというのは、意外と難しいんです。それは人選が大きいかもしれないし、読みも大切だし、だからすごくフレッシュなアルバムが40年経って制作できたというのが、本当に素晴らしいと思います。
「まだまだ歌えそうな気になっちゃってるんですよ(笑)」(野宮)
「重要なのは、とにかく音楽が好きと思えるうちはずっと続けること」(鈴木)
――鈴木さんの言葉が、このアルバムの全てを物語っています。
野宮 だからまだまだ歌えそうな気になっちゃってるんですよ(笑)。つい2年前までは、還暦まで歌うって言っていて、でも還暦ライヴをやったら「あれ?まだ歌えるかな」って思って。慶一さんの元気の秘訣を聞きたいです。
鈴木 やってよかったなと思うけど、まだやりたいなと思う気持ちがある以上は、ずっとやるんだよ。それだけ音楽が好きであれば、いくらでもやれると思う
――今年約11年ぶりのオリジナルアルバム『it's the moooonriders』をリリースしたムーンライダーズがまさにそうですよね。
鈴木 色々な状況はあると思うけど、すごく重要なのはとにかく音楽が好きと思えるうちはやればいいし、聴く人がいて、真貴ちゃんいいなって思ってくれる人がいれば、ずっとやれるんですよ。秘訣なんてそんなもんです。
「若い世代に何かを残すということも、少しはできていると思えるので、私はまだ新しいことを続けたい」(野宮)
――ちゃんと未来を照らすようなアルバムになっています。
野宮 40年もやっていると、確かに次の若い世代の人に何かを残す、みたいな考えになってしまいます。でもそういうことも少しはできているかなと思えるので、私はまだ新しいことを続けていきたいです。
鈴木 40周年でこういうアルバムを作って、でもまた数年後にアルバム作りますってなったら、また新しいことを考えるし、考えざるを得ない。また違うものをやろうというこだわりがとても重要だと思う。