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フレアの誤解:ロシア戦闘機が放出したのは照明弾ではなく熱囮弾

JSF軍事/生き物ライター
アメリカ軍より7月6日シリア上空。上がロシア戦闘機(フレア放出)、下が米無人機

 7月にシリア上空でアメリカ軍のMQ-9リーパー無人機に対して、ロシア軍のSu-35戦闘機が接近飛行を繰り返しフレア(囮熱源)を放出して進路を妨害する事件が相次いでいます。危険な接近飛行は以前からよくある事例でしたが、最近ではフレアの使用が多発して無人機に衝突し損傷する事例が起きています。

Flare(フレア)の誤訳が多発する理由

 そのフレアについて「照明弾」と報道するメディアが非常に多いのですが、間違った翻訳です。通常、戦闘機の使うフレアは赤外線誘導ミサイルを欺瞞する目的の「囮熱源」であって、これには照明の用途はありません。ロシア戦闘機はフレアを目的外使用してアメリカ無人機に嫌がらせの妨害を行っています。空対空ミサイルや機関砲を使って撃墜すると本格的な戦闘となり戦争に繋がりかねないので、もし衝突して損傷しても偶然の事故でしたと言い訳できるようにするためです。

 では何故メディアはフレアを照明弾と報道してしまうかというと、単語のみの直訳では間違いというわけではないからです。英語のFlare(フレア)という言葉は「燃える」という意味で、そこから派生して照明弾、発炎筒、囮熱源など複数の様々な意味の言葉となっています。しかし機械翻訳で「Flare」は照明弾と出力されてしまい、他の複数の意味があることの説明が無いので気付かれ難いのでしょう。戦闘機の使うフレアが囮熱源であることを知らないと間違えてしまうのです。この場合は照明弾としてしまうと誤訳になります。

様々なFlare(フレア)

  • 照明弾 illuminating flare イルミネイティング・フレア
  • 発炎筒 emergency flare エマージェンシー・フレア
  • 囮熱源 decoy flare デコイ・フレア

 燃えているのは同じなのですが、光で照らすのが目的の照明弾と、熱で欺瞞するのが目的の囮熱源では、全く別の用途の機材です。また発炎筒は光りますが自己位置を知らせる救難信号が目的であり、周囲を照らす目的ではありません。ところがこれらは単にフレアと呼ぶ場合が多く、使用状況を把握していない場合は取り違えが起きてしまいます。そして場合によっては判別が難しい場合もあります。

 たとえば照明弾は長い時間照らし続ける目的でパラシュートが付いておりゆっくり落ちて来ます。一部の発炎筒や囮熱源にもパラシュート付きのものがあります。そして実は戦闘機から囮熱源ではなく照明弾を投下する夜間の使用法も古い戦争では実施されていました。するとパラシュートが付いているからといっても照明弾なのか囮熱源なのか、どちらなのかよく分からない場合があります。

 よく分からない場合はそのまま「フレア」と書いたほうがよいかもしれません。さてこのロシア戦闘機が放出したパラシュート付きフレアは照明弾でしょうか、囮熱源でしょうか。

アメリカ軍より2023年7月5日シリア上空。ロシア戦闘機が放出したパラシュート付きフレア
アメリカ軍より2023年7月5日シリア上空。ロシア戦闘機が放出したパラシュート付きフレア

 実はこのパラシュート付きの光っている物体は訓練用の囮熱源だと推定されています。意図的に狙う訓練用なので囮ではなく標的としたほうがよいでしょう。実際に使用されている様子を間近で撮影した詳細な映像は今回初めて見るので断言はできませんが、おそらく「М-6 мишень самолетная малогабаритная (M-6小型航空機標的)」ないしそれに類する機材である可能性が高そうです。

 M-6小型航空機標的は熱源としてのフレアだけでなく、レーダー反射板も装備しており、赤外線誘導式だけでなくレーダー誘導式の空対空ミサイルの訓練にも対応しています。

 つまりロシア戦闘機はわざわざ訓練用の機材を積んで出撃し、アメリカ無人機に嫌がらせ目的の妨害を行っていた可能性があります。おそらく通常のフレア(パラシュート無し)と訓練用のM-6小型航空機標的(パラシュート付き)の両方を使用したものと思われます。

火炎弾は直訳過ぎて△、閃光弾は誤訳で×

 なおフレアを「火炎弾」と翻訳する報道もあるのですが、直訳では間違っていませんがまるで攻撃用の焼夷兵器のように誤解しかねないので、あまり適切な翻訳ではないようにも思えます。囮熱源ならば「熱囮弾」あたりが適訳だと思いますが、使用例が少なく普及していません。そこで今後は囮熱源としてのフレアについて、フレア(熱囮弾)と書くようにしたいと思います。「囮熱源」や「囮弾」でもよいでしょう。

 またフレアを「閃光弾」と翻訳する報道も一部に見受けられますが、これは誤訳です。警察などが用いる人質奪還用の音響閃光弾(犯人の耳と目を一時的に麻痺させるスタン・グレネード)とは用途も構造も全く違います。

 ちなみにロシア語では戦闘機用のフレアは”ЛТЦ : Ложные тепловые цели”と呼び、意味は「偽熱標的」です。中国語でフレアは「干扰弹(干渉弾)」や「热诱饵弹(熱誘餌弾)」といった表現になります。

2023年7月5日シリア上空:アメリカ軍第9空軍(中央空軍)

2023年7月6日シリア上空:アメリカ軍第9空軍(中央空軍)

2023年7月23日シリア上空:アメリカ軍第9空軍(中央空軍)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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