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NHK女性記者の過労死はなぜ4年間も伏せられていたのか

篠田博之月刊『創』編集長
佐戸未和さんの遺影(筆者撮影)右手前が仕事用の携帯電話

 都内に住む佐戸守さん恵美子さん夫妻の住まいを訪ねた。2013年に過労死したことが昨年10月になって報道された元NHK記者・佐戸未和さんのご両親だ。おふたりが語った娘の過労死についてのインタビューは月刊『創』1月号に掲載した。浅野健一さんがインタビューを行ったものだが、私は締切時期に両親にお会いできなかったので、日を改めて訪問しものだ。その『創』に掲載したインタビュー記事は今回、ヤフーニュース雑誌に全文公開することにした。

 未和さんの過労死については報道されたものを一通り見てはいたのだが、両親の生の言葉は衝撃的だった。新聞やテレビで報道されたものよりその悲しみや怒りははるかに激烈だったからだ。

 仕事のために支給された携帯を握ったまま亡くなっていたという未和さんの死は、同じメディアに携わる者として胸が痛むが、それ以上に衝撃だったのは、母親のこんな言葉だった。

《2013年7月25日午後2時半(現地時間)、当時、重機メーカーに勤める夫の仕事の関係で駐在していたブラジルのサンパウロで、私たち夫婦は悲報を受けました。職場である首都圏放送センターの上司の方から、夫の携帯に「未和さんが亡くなられた」という電話がありました。半狂乱になった私は主人に引きずられるようにしてその日の最短便に乗り、2日後に帰国し、死後4日目の変わり果てた娘と対面しました。》

《私は放心状態のまま家にこもり、毎日毎日、娘の遺骨を抱きながらずっと娘の後を追って死ぬことしか考えていませんでした。

 主人や子どもたちが、家の中からロープや包丁などはすべて隠しました。悲しみに暮れ、未和と同じ年代の女性やお腹の大きい女性を見るのは正直辛かった。未和もこんな人生を送れていたかもしれない、と思うと悲しくて見ていられませんでした。心の病にかかり、16年秋から数カ月入院もしました。でも、娘をこのままNHKに見殺しされたままにしておくわけにはいかない、という怒りのエネルギーで今は自分を奮い立たすことができています。》

《未和が亡くなった後、上司から娘に対して、「都議選と参議院選での正確、迅速な当確を打ち出したことにより選挙報道の成果を高めた」として報道局長特賞が届けられました。災害や事件事故で一刻の猶予もならぬ人の生死に関わるような取材活動に奔走した結果ならともかく、選挙の当確を一刻、一秒早く打ち出すために200時間を超える時間外労働までして娘が命を落としたかと思うと、私は込み上げてくる怒りを抑えることができません。》

 過労による死といえば電通の事件を思い出すが、その電通の事件を最も多く報道していたのがNHKだった。しかし、実際には、そのNHKで4年以上前に記者の過労死がありながら、昨年秋までそれが伏せられていた。当初NHKはそれが遺族の意向だったかのような説明を行ったが、実際には両親は「自分たちから公表を望まないと伝えたことは一度もない」と言っている。

 

 ではいったい未和さんの死はなぜ4年余も伏せられていたのだろうか。未和さんの父親はこう話している。

《私たちから、公表を望まないと伝えたことは一度もなく、事実ではありません。私たちが会見などでそう言った後、NHKは、「公表を控えたのは遺族の意思」と言わなくなった。事実上、訂正していると解釈しています。》

《NHK側は公表に関して、時間帯や時期なども考えたようです。視聴率の下がる夜9時のニュース、さらに総選挙告示直前に公表を行うことで、選挙報道の中へ未和の事件を紛れ込ませようとしていたのではないでしょうか。

 私たちは、当初、未和の急死のショックや妻の心身の不調や入院で、対外的な公表のことなど考える心の余裕もありませんでした。ただ私達は未和の一周忌の時も、三周忌の時も参列された方全員に未和の死が過労死による労災であることをお話ししており、その中にはNHKの職員の方も多数参列されていたので当然局内では周知されているだろうと思い込んでいました。NHKは未和の過労死の事実を意図的に伏せようとしているのではないかと思ったのは2017年3月以降です。

 NHKとしては両親が騒がなければ内部で処分などをする必要もないし、時間が過ぎれば風化していくことを蒸し返したくない、という気持ちがあったと思います。》

 事実上封印されていた娘の死について、このままではいけないと思ったのは昨年だったという。父親の守さんがこう語っている。

《心身不調で入院していた家内が2017年3月に退院後、過労死関係のシンポジウムや集会等に参加し始めたが、そこで取材に来ていたNHK関係者に「自分の娘もNHKの記者だったが、過労死で亡くなった」と打ち明けたところ、「そんなことがあったのか」と初めて聞く話に驚愕していました。それも一カ所ではなく行く先々で同じような目にあいました。労働問題の解説委員さえ知りませんでした。

 命日の焼香に我が家にいらした未和の多くの同僚の方からも「NHKで進められている働き方改革の背後に未和の過労死の事実があることが局内に伝わっていない、若い人や新しく入ってくる人は事実を何も知らないまま」という声を聞きました。

 一方で、NHKは電通の事件を大きく取り上げ、長時間労働を問題にした特番も組んでいます。「NHKで長時間労働を取材する報道現場の人でさえ自分の社内で起こったことを知らない。声を上げなければ未和のことはNHKで埋もれてしまう。それは許せない」と感じました。また、2017年の命日には、連絡が4日前になってもなく、こちらから弁護士経由で連絡してはじめて首都圏放送センターから焼香に来た。自らに起こったことは棚上げにし、過労死の事実も風化させられると強い危機感と不信感を持ちました》

 私は月刊『創』のほかに『マスコミ就職読本』編集長を兼務しているために、毎年相当数のマスコミ志望者と接している。『創』の取材で新聞社やテレビ局の社員に会うたびに「学生の時は『マスコミ就職読本』にお世話になりました」と言われる。佐戸未和さんは私の出身大学である一橋大からNHKへ入ったという経歴であり、もしかすると就活の時期には顔を合わせていたかもしれない。そんなふうに志を抱いて憧れのマスコミに入った人が、入社後絶望したり不幸な状況に至るというケースは本当に残念だ。そんな思いから佐戸未和さんのケースもとても他人事として見ていられなかった。

 両親にとって、期待していた我が子がこんなふうに志半ばで命を落としてしまうというのは、耐えがたいことだろう。

 佐戸さんのご自宅を訪れて未和さんの遺影に手をあわせ、冥福を祈った。一時期、あまりの悲しい出来事に精神的に耐え切れず入院したという母親は、娘を失った悲しみは今も、今から先も癒えることはない、と語る。しかし、昨年来、いろいろな場所で娘について語る機会が増えたことが自分にとっても励みになり、生き甲斐になっているという。

 電通の高橋まつりさんの自殺も大きな社会的波紋を広げた。そしてこのNHKの佐戸未和さんの過労死についても、多くの人が、特にメディア界に籍を置く人が、自分の問題として考えなければいけないと思う。以下、ヤフーニュース雑誌に公開した両親のインタビュー記事全文をぜひ読んでほしい。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180207-00010000-tsukuru-soci 

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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