ウクライナ侵攻「見えない情報戦」でロシアが勝っている? その理由とは
ウクライナ侵攻をめぐる「見えない情報戦」で、ロシアは勝っているかもしれない――そんな指摘がメディアで相次いで取り上げられている。
今回の侵攻では、ウクライナ・ゼレンスキー大統領のコミュニケーション能力とソーシャルメディア巧者ぶりが注目を集め、情報戦におけるウクライナの優位を印象づけてきた。
だが、それは欧米のメディア空間だけを見た印象だ、と専門家は指摘する。
ロシアの主張する「ストーリー」は着実にメディア空間に広がっているが、それが見えていないだけだ、と。
「見えない情報戦」でロシアが勢力を伸ばす、その理由とは?
●アジア、アフリカへの集中
英エコノミストは5月14日付の記事で、そう指摘している。
同誌が調査したのは、2月24日のロシアによるウクライナ侵攻開始から12日間に、「#プーチン支持」「#ロシア支持」のハッシュタグを5回以上投稿した7,756件のツイッターアカウントだ。英国の分析会社「キャズム・テクノロジー」が収集したデータを基に、その実態を探った。
すると、対象アカウントの44%はすでに削除もしくは停止されていたが、現存するアカウント56%のうちの4%が、互いに連携する形で親ロシアの投稿を続けていたという。その親ロシアツイートは、平均して61回リツイートされていた。
特徴的なのは、使われていた言語と地域だ。インドのヒンディー語や英語、スリランカのタミル語、パキスタンのウルドゥー語、シンド語、そしてペルシャ語などを使った南アジアのアカウント、さらに南アフリカなどサハラ以南のアフリカの国々が目立っていたという。
「この活動はアジアやアフリカのオンラインネットワークに集中しているため、欧米のツイッターユーザーからはほとんど見えない」と同誌は指摘する。
「見えない情報戦」が、ソーシャルメディア上で展開されていたということだ。
●ロシア非難決議とハッシュタグ
ハッシュタグ「#プーチン支持」「#ロシア支持」の急増が注目を集めたのは3月2日から3日にかけてだった。
カタールのハマド・ビン・ハリーファ大学助教のマーク・オーウェン・ジョーンズ氏は3月3日、これらのハッシュタグを含む9,600件のアカウントによる2万件のツイートの広がりをビジュアル化し、ツイッターで公開した。
ジョーンズ氏の分析によると、このハッシュタグを含むツイートには、親ロシア、反ロシア、ボットの3つのタイプが見られた。
規模が最大だったのは親ロシアのグループ。最も小さかったのはボットと見られるグループだった。その大半はケニアに関連しており、ハッシュタグ急増に便乗したパソコン販売や求人案内などのスパム(迷惑)投稿も確認された。
ジョーンズ氏がプロフィール欄をもとに、アカウントの「所在地」を集計したところ、ケニア・ナイロビが最多(148)、次いでナイジェリア・ラゴス(137)、ナイジェリア(134)、南アフリカ(94)、インド(89)、米国(89)、ケニア(77)、南アフリカ・ヨハネスブルグ(53)と続き、アフリカが大半を占めた。
ロシアのフェイクニュースの拡散ネットワークがアフリカに拠点を持っていることは、これまでにも指摘されてきた。
フェイスブックは2020年3月、米国を標的とした西アフリカのガーナとナイジェリアのフェイクニュース発信拠点について明らかにしている。
これらの発信拠点は、2016年米大統領選でもフェイクニュース工作を手がけたロシア・サンクトペテルブルクの業者「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」とつながっていたという。
※参照:ロシア発のフェイクニュースがアフリカからやってくる(03/13/2020 新聞紙学的)
今回のハッシュタグが急増した3月2日は、国際世論がロシア非難で足並みを揃えるタイミングだった。
国連総会は3月2日、緊急特別会合を開催し、ロシアに対して軍事行動の即時停止を求める決議案を141カ国の賛成で採択している。
反対はベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、ロシア、シリアの5カ国。新興5カ国(BRICS、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)のうちブラジルは賛成、インド、中国、南アフリカは棄権だった。そして、ハッシュタグのアカウントが「所在地」としたケニア、ナイジェリアは賛成国だ。
さらに3月2日は、欧州連合(EU)がフェイクニュース対策の一環として、ロシア国営メディアのRT、スプートニクについて、域内でのコンテンツ配信を禁止した日でもある。
そんな、ウクライナ侵攻をめぐる情報戦の焦点となる局面で、アフリカやインドに照準を合わせた大量発信が展開されていたことになる。
●親ロシアツイートからわかること
エコノミストの調査のもとになった「キャズム・テクノロジー」の分析の詳細について、同社が報告書を公開している。
報告書では、2月24日から3月9日までの、「#プーチン支持」「#ロシア支持」のハッシュタグを5回以上使った9,907件のアカウントによる166万8,919件のツイッター投稿を分析。また、その概要を同社の共同創業者、カール・ミラー氏が4月5日のアトランティックへの寄稿で紹介している。
エコノミストが紹介したように、ツイートは使用言語とリツイートなどのつながりから、ヒンディー語、タミル語、ウルドゥー語、シンド語、ペルシャ語、さらにはジャワ語、マレーシア語、ネパール語を含む南アジアのグループと、南アフリカなどサハラ以南のアフリカのグループに大別された。
この2つのグループをつなぐ位置にあったのが、「多言語スパム」と呼ばれる1,128件、全体の16%を占めるアカウントのグループだ。
地理的なつながりが不明で、英語、中国語、ヒンディー語が混在。アカウントの約3割は2022年に入ってからつくられていた。侵攻初日の2月24日が最も多く、次いで国連のロシア非難決議が採択された3月2日に集中。フォロワー数は平均7人と極端に少なく、もっぱら他のツイートを拡散していた。投稿数は、3月2日をピークに急減したという。
ウクライナ侵攻に合わせて急遽用意された、アジア、アフリカのツイートを増幅するためのボットアカウントのように見える。
その論点は、「プーチン支持」「ロシア支持」に加えて、西側諸国への批判、そしてBRICSやアフリカの連帯だった、という。
国連総会では、3月2日のロシア非難決議に続いて4月7日、人権理事会におけるロシアの理事国としての資格停止を求める決議を賛成93カ国、反対24カ国、棄権58カ国で採択している。
この決議では、BRICSのうち3月2日のロシア非難決議に賛成したブラジルが棄権、棄権だった中国が反対に回り、インド、南アフリカは引き続き棄権、と対応が分かれた。
また、「#プーチン支持」「#ロシア支持」のハッシュタグが広がったケニア、ナイジェリア、マレーシア、ネパール、インドネシアなどは、前回の非難決議賛成から棄権に転じ、各国の温度差を浮き彫りにした
ミラー氏はアトランティックへの寄稿の中で、フェイクニュースを使ったロシアの介入が指摘された2016年のEU離脱をめぐる英国民投票と同年の米大統領選では、EU残留派、米民主党とも投票前日まで反対派のキャンペーンが視野に入っていなかった、と指摘する。
いずれも「見えない情報戦」に負けた、ということだ。そして、ミラー氏はこう警告している。
●中南米への広がり
ロシアとの軍事的な関わりの深いベトナムでも、ウクライナ侵攻をめぐる親ロシアのフェイクニュースは急速に広がっているという。
カナダ・ビクトリア大学のクオック・タン・チュン・グエン氏がアカデミックメディア「ザ・カンバセーション」への5月3日の寄稿で、その現状を紹介している。
人口9,800万人足らずのベトナムでは、成長著しいティックトックを舞台に、ロシアとウクライナをめぐる動画が拡散。500万から1,000万回の視聴と50万件の「いいね」がつくものもあるという。それらの中には、プーチン大統領を英雄視し、国連人権理事会でのロシア資格停止決議などに対して「西側帝国主義の代理人」といった主張が広がっているという。
ベトナムは3月2日の国連決議では棄権、4月7日の決議では反対の立場をとっている。
アフリカ、アジアに加えて、中南米のスペイン語圏でも、親ロシアの情報拡散が指摘されている。
米シンクタンク「大西洋協議会(アトランティック・カウンシル)」デジタルフォレンジック研究所(DFRLab)のエステバン・ポンセ・デ・レオン氏は3月18日のブログ投稿で、RTとスプートニクのスペイン語版が、ロシア外務省やメキシコ駐在など中南米のロシア大使館のツイッターアカウントによって拡散されている実態を明らかにしている。
EUからは締め出されたが、RTのスペイン語版はソーシャルメディア上で強い影響力を持っている。フェイスブックでのフォロワー数は英語版の2倍超の1,812万人に上り、ツイッターのフォロワー数も英語版より50万人以上多い353万人となっている。
ポンセ・デ・レオン氏は、2月24日から3月11日までの期間で、スペイン語によるウクライナ関連のキーワードと関連ニュースサイトのアドレス(ドメイン)を含む52万アカウントによる260万ツイートを分析した。
その結果、拡散状況をサイトのアドレス別に見ると、ユーチューブ、エルパイス(スペインの代表的メディア)に続いて、RTスペイン語版がトップ3に入っており、スプートニクのスペイン語版も13位に入っていた。
拡散元には、ロシア外務省のスペイン語版、駐メキシコ・ロシア大使館、駐スペイン・ロシア大使館、駐ベネズエラ・ロシア大使館、駐アルゼンチン・ロシア大使館など、ロシア政府の公式ツイッターアカウントが並んだ。
拡散アカウントの中には、1日で500件を超すツイートを投稿するなどボットの可能性があるものも含まれていた、という。
ロシア大使館のアカウントが最も大規模な拡散をしたメキシコは、3月2日の国連決議ではロシア非難に賛成だったが、4月7日の決議では棄権に回っている。
●欧米以外を揺さぶる
これらの分析からうかがえるのは、欧米のメディアなどが把握しづらい、欧米以外の国々への揺さぶりとしての「見えない情報戦」だ。
国際連携組織「国際ファクトチェックネットワーク」の89の加盟メディアが、1,726件(5/23現在)のフェイクニュースの検証結果をまとめて公開するサイト「#ウクライナファクツ」では、国別の判明件数も表示している。
それによると、トップはインドの347件、次いでスペインの330件、ジョージアの285件。これに米国(227件)、ウクライナ(199件)、イタリア(164件)、ポーランド(138件)、ドイツ(117件)、ポルトガル(101件)、ブラジル(90件)などが続く。
この結果には各国のファクトチェックメディアの態勢も影響しており、フェイクニュース拡散の実数を表しているわけではないが、その広がり具合がわかる。
英外務省は5月1日、「トロール(荒らし)工場」と呼ばれるロシアのグループが、各国首脳やメディアなどのアカウントを標的に、コメント欄にロシアのプロパガンダを大量投稿する情報工作を展開している、と発表した。
※参照:ウクライナ侵攻「ロシア・フェイク工場」が各国首脳・メディアを標的に、朝日・読売も(05/02/2022 新聞紙学的)
欧米メディアのファクトチェックを否定する「偽ファクトチェック」の情報発信も3月以来の英語、フランス語、スペイン語、中国語、アラビア語に加えて、5月からはドイツ語でも展開されている。
※参照:ウクライナ侵攻「偽ファクトチェック」5カ国語で発信、大使館が次々に拡散する思惑とは?(03/14/2022 新聞紙学的)
情報戦は、現実の戦況と連動しながら、なお続いている。
(※2022年5月23日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)